GREAT TRACKS

12/27 吉田美奈子『MONOCHROME』アナログ盤リリース

吉田保がバーニー・グランドマンに訊く
「アナログ制作の極意」

バーニー・グランドマン(左)の作業を見つめる吉田保(右)バーニー・グランドマン(左)の作業を見つめる吉田保(右)

2017年8月にリリースされた吉田美奈子『愛は思うまま LET’S DO IT』、12月にリリースされた『MONOCHROME』の2作のアナログ盤は、実兄でオリジナル制作時のエンジニアも務めた吉田保が2015年に手掛けたリマスタリング音源を用い、ロサンゼルスにてバーニー・グランドマンがカッティングを行っている。このカッティング作業の現場に吉田も立ち会い、バーニーと吉田の久々の再会が実現している。「いい音」「いいマスタリング」とは何か、そして今、再び脚光を浴びているアナログ・ディスクの魅力とその制作工程におけるさまざまな苦労について、スタジオでふたりに言葉を交わしてもらった。

音楽がどこの国のものかはそれほど重要ではありません。いい楽曲を耳にすれば必ず感銘を受けるものです。音楽というのはある意味世界の共通言語ですから。

MONOCHROME /吉田美奈子
MONOCHROME /吉田美奈子
ご購入はこちらから
Sony Music Shop

吉田  今回僕の妹(吉田美奈子)の作品やピチカート・ファイヴなんかをこうしてバーニーさんに新たにカッティングしてもらいましたが、作業してみていかがでしたか。

バーニー  どれも非常によくできた作品です。歴史的に見て特別なアルバムだと思います。みんなが欲しがるでしょうね。すでに持っているという人でもヴァイナルで新しくマスタリングされたとなれば買うと思います。アメリカでも今、同じようなことが起こっていますよ。ザ・ドアーズやU2などの重要なアルバムをヴァイナルで出し直しています。最初はメインどころの作品が売れていましたが、今はいろいろなものが出せば売れる状態になっています。

吉田  今までご自身が携わった作品でいちばん気に入っているものはありますか?

バーニー  際立った作品がいくつかありますね。たとえばスティーリー・ダンの『彩(エイジャ)』。あれはとても特別な作品でした。素晴らしいものに仕上がったと思います。もちろんマイケル・ジャクソンも。音の印象の強さという意味では『オフ・ザ・ウォール』を挙げたいと思います。マイケルの『スリラー』やプリンスの『パープル・レイン』も、何か特別なものを感じます。素晴らしいパフォーマンスと素晴らしい音作りが合わさったときに最高のものが生まれるんです。両方が揃って初めて可能なんですよ。収録の際にどんなに音作りがうまくいっても、音楽そのものがイマイチだったら……。もちろん、音楽そのものに魅力がなければ素晴らしいものにはなりません。私がこの仕事に従事しているのは、音の愛好家だからです。私は、音というものに強い興味を持っています。音質や録音といった、音そのものが好きなんです。自分がその場にいるかのような音を作りたいんです。吉田さんはご自身が手がけた作品で印象に残っているものはありますか?

吉田  そうですね。やはり妹のアルバム『MONOCHROME』でしょうか。30年ほど前の古い作品ですけど。

バーニー  ああ、実に素晴らしいですね。最高傑作のひとつだと思いますよ。私たちはたくさんのレコーディングをしてきましたが、あれは飛び抜けています。ボトムが効いたいいミックスで、環境的/空間的にも優れています。それに、音楽的な要素にも光るものがありますね。彼女はいい歌手です。

吉田  ありがとうございます。妹はなかなか手に負えないところもあるんですけどね(笑)。

バーニー  兄と妹というのは得てしてそういうものなのかもしれませんよ(笑)。

吉田  妹の一連の作品もそうですが、バーニーさんはこれまで多くの日本のポップスをマスタリングされてきました。そもそも日本のポップスに興味を持ったポイントを挙げてもらえますか?

バーニー  音楽がどこの国のものかはそれほど重要ではありません。いい楽曲を耳にすれば必ず感銘を受けるものです。音楽というのはある意味世界の共通言語ですから。感情的に経験を描写するものであって、私たちは誰でも似たような経験や感情を持っているのです。ですから、誰がそれを表現しているかによらず、その感情が心に刺さるのです。必ずしも言葉を理解できるわけではありませんが、感情は伝わります。ただ、いちばん好きなのは、やはりビバップ・ジャズです。それなのに、私が手掛けて評価されているのがポップス全般であるというのは、ある意味皮肉ですけどね。もちろん、ジャズでも評価を受けています。何百といジャズの古典的アルバムを手がけてきました。まあ、すべて同じことなんです。どんな音楽も人間の感情を表現したものですから。

バーニー・グランドマン作業

ほとんど知らない人からも問い合わせが来るんです。「テストプレスの盤が届いたんですが、ノイズがあるんです」ってね。私は「それがヴァイナルです」と答えるんです。

バーニー・グランドマン作業

吉田  今日作業したアルバムの2番目の曲のときに、彼が少しだけレベルをいじったんです。アナログ用にほんの少し上げたんですが、それが良かったですね。日本では有名なマスタリング・エンジニアでも、なかなかそういうことをやる人がいなくて。

バーニー  ええ、たまにそういうこともありますね。ミックスするときは、曲順どおりに聴くわけではありません。ある楽曲と別の楽曲、個別に聴けばどちらもいいんです。でも、続けて聴くときにダイナミックで盛り上がる曲が多い中に、静かすぎる曲が入ってくると、リスナーにとってなんとなく座りが悪いんです。ですから、主な目的はソースの座りの悪さを軽減することです。ボリュームをちょっと上げたりしないで済むようにするんです。でも、楽曲自体のダイナミック・バランスは変えたくありません。それは音楽の中にあります。ですから、いじったなとわかるほどには触りません。それでも聴きやすくなるものなのです。調整前後の曲を続けて聴いたらわかりますけれど。十分だけれどもやりすぎない、というのには気を遣っています。少し上げて、そこから戻していく、というようなことをやります。

吉田  聴く人のことをちゃんと考えてマスタリングしているところがいちばんすごいと思いますよ。

バーニー  ええ、それがいちばん大事なことだと思っています。今回の吉田美奈子さんのケースでは、すでにある程度のマスタリングが施された状態になっています。私はそれをより良くしよう、補強しようとするのです。すでにある程度まとまりがあります。シークエンスとしても、空間的な広がりも。でも、今日作業した最初のアルバムはそうでもありませんでしたが。オリジナルのサウンドではないようでしたね。何かがおかしかった。だから、それをイコライザーの調整で克服しようとしたんです。結構うまくいったと思います。良くないのであれば手を入れるべきだと私は思っています。こもってクリアではないと音が活き活きしません。やりすぎもまたよくありませんが、聴いたときに興奮したいですよね。私は、音があるべき位置に収まるように心がけているのです。全体的な音が、大半のプレーヤーで聴きやすくなるように、合理的な判断を下します。それは多くの音を聴いてきた経験に基づく判断です。鈍いなと感じる音があるなら、それは鈍すぎるのです。死んだ音です。元々の音がああだったとは思わないですけれどね。

吉田  確かにハイエンドがなかったね。

バーニー  不思議でしたね。ミックスは良かったんですが、均質的にトップ部分が欠如していた感じで。ラジオのトーン・コントロールに失敗したときのように、楽器の一部とかではなく全体がこもっていました。逆にその分調整しやすかったですけどね。トップエンドを正しく調整すれば音が生き返るから、それほど難しくはありませんでした。正しいスポットを見つけてあげるだけですから。ハイエンドを上げ過ぎてもエッジが効きすぎて聴きにくくなりますからね。

バーニー・グランドマン作業

吉田  最近アナログ・ディスクの人気が高まっていますが、どう思いますか? いいことだと思います?

バーニー  多くの人が新しいものを発見しているんですよ。アナログ・ディスクはこれまでずっとあったものですが、若い人たちにとっては新しいんです。過去にはひどいプレスが横行していた時代もありました。やり方がまずかったり、スタンパーを酷使して音が劣化して、みんなが音質に不満を抱いたり……。現在はオーディオ・ファイル市場が発達したことと比例して、アナログのプレスの工程にも細心の注意を払っていますから、そこは良くなっていますよね。ただ、アナログ・ディスクには多くの制約があります。アナログ・ディスクの場合は、たくさんの劣化する要因があります。たとえば、スタンパーも摩耗しますし、そうなれば音がクリーンではなくなります。それに、ターンテーブルを10個並べて、50ドルのカートリッジから10,000ドルのカートリッジまで並べて比べれば、全部違う音がするでしょう。おそらく10,000ドルのカートリッジがいちばんクリーンな音がするでしょう。非常に原始的でメカニカルな構造です。小さな針に複雑な溝のシグナルを読み取らせているのですから当然です。でも、その溝のシグナルは、実際のところいちばん高価なカートリッジでも読み取り切れないでしょう。特に直径が問題です。実際の直径によって変わるのです。音質はレーベルに届くまで下がり続けます。それを改善しようと技術は発達してきました。音声ファイルを4つに分けたり、回転速度が速ければ音質も上がるとして45回転盤を作り出したり。それでも、レーベル側に行けば行くほど音質が下がる、というのはどうしようもないのです。

吉田  ずっと昔、レコーディング・エンジニアになりたての頃、カッティング・エンジニアも10か月ほど経験しました。その頃の私のミックスはカッティングを意識したものになっていました。逆位相に悩まされたり、さまざまな障害があって。80年代にCDが出たことで、そんな制約が取り除かれてハッピーな気分になったのをよく覚えています。

バーニー  位相に影響を受けるというのはありましたね。位相というのは……ひとつの溝にふたつのシグナルがあるので、左右のチャンネルの内容によっては干渉が起きるんです。左右の位相が少しずれると、レコード針が横ではなく上下に動いてしまうことがあって……左右が均等なら横に動いていくんですが。たとえば、バスドラムが右に、他の音が左にあったりすると上下に動いてしまうので、気を付けなくてはいけませんでした。

バーニー・グランドマン作業

吉田  アナログ盤のレコーディングをしていたときは、冬にリリースするものはバスドラムを小さめに、夏に出すのは普通のバランスにして、というふうにミキシングに気を遣っていました。そういうことまでやらないとエンジニアとしての仕事の査定に響いていたんです。日本の場合なのか、バスドラムが大きいと冬場は針飛びしやすくなるから、返品されやすくなるんです。そういうのってアメリカではあったのかな。

バーニー  本当ですか。レコードを作る時に難しいのは、ちゃんと手入れがされていない安物のプレーヤーというものが存在する点です。針を交換しなかったり、トラッキングが適切でなかったり、正しくセットアップされていなかったり。アナログ・レコードではそういうことが重要なのですが、そういうもので再生してスキップするからといって返品されるというのは、それは不公平な話です。たくさんの人がレコードを買うと、たとえば『スリラー』のときですが、返品がたくさんありました。それは、もう何年もレコードを買っていなかったような人たちが買ったからです。カッティングは良いものだったんですが、物置の片隅で眠っていたようなプレーヤーを引っ張り出して再生してみたら、レコードの針飛びが起きたわけです。そこで、私たちはレベルを下げてマスタリングをやり直しました。返品を避けるためにね。

吉田  同じようなことがあるんですね。

バーニー   ええ、それがヴァイナルの問題です。私はこの問題を“移動する的”と表現しています。ターゲットにするプレーヤーによって、目標とするところが変わるからです。頭痛の種ですよ。最近のプレーヤーの平均値は、カートリッジも含めて非常に良いと思います。ただし、一部の非常に安価なものは別です。100ドルくらいのものもありますからね。若い子でも手が届くプレーヤーですが、チープなんです。そういうプレーヤーでは問題が起きるかもしれませんが、一般的なプレーヤー、たとえばエントリーレベルの400ドルくらいのターンテーブルでも、トラッキングできないということはほとんどないでしょう。高周波帯域では高価なものに敵わないでしょうが、それなりに再生できるはずです。

吉田  今、日本ではネットオークションで1980年代のプレーヤーがすごく売れているんです。DENONとか。

バーニー  いいものが作られていたんでしょうね。今では10万ドル以上のターンテーブルもあります。信じられない話ですよ。ターンテーブルだけですよ! アームやカートリッジも買わなくちゃいけないんです。でも、最大のファクターは、いつだって変換器です。つまり、いちばん影響するのはカートリッジです。ターンテーブルに10万ドルかけるのも構いませんが、いちばん大事なのはカートリッジです。トレースするのは針とカートリッジですからね。

吉田  最後に改めて、現在のヴァイナル制作の難しさをお話しいただけますか。

バーニー  アナログ・レコードは、値段も高いですからね。それに見合った価値が提供できるように願うばかりです。プレス工場がちゃんとやって、擦り切れたスタンパーを使ったりしないといいんですが。とにかく、劣化の要因が多すぎるのです。人気が再燃したおかげで頭痛の種も増えますよ。アナログ・ディスクについてほとんど知らない人からも問い合わせが来るんです。「テストプレスの盤が届いたんですが、ノイズがあるんです」ってね。私は「それがヴァイナルです」と答えるんです。そこで、問題となるのが「ラッカー盤ほど良い音ではない」というのを大前提に、どれだけ音質が下がっても許容されるのか、ということです。許容できる範囲より音質が下がっているのかどうか。そこの判断が難しいのです。工場によって、音質にバラつきがあったりします。比較して良かったり悪かったりはしますが、いずれにせよ劣化はするものなのです。これにダメ出しして、作業をイチからやり直させるのか、そこの判断は本当に難しいところです。

バーニー・グランドマン作業

インタビュー:吉田保

構成・文:鮎澤裕之(otonano編集部)

協力:UMEJUN、Nadeshiko Nakahara (Antinos Management America, Inc.)、中林もも


吉田 保

1946年生まれ。68年に東芝EMI 録音部でレコーディング・エンジニアとしてのキャリアをスタート。RCA/RVC(当時)を経て、79年よりCBS・ソニー(現ソニーミュージック)六本木スタジオのチーフ・エンジニアに就任。89年にはサウンド・マジック・コーポレーションを設立している。これまで大滝詠一『A Long Vacation』『Each Time』、山下達郎『For You』『Molodies』、浜田省吾『君が人生の時…』のほか、竹内まりや、松田聖子、稲垣潤一、山崎ハコ、郷ひろみ、ゴスペラーズ、渡辺満里奈、市川実和子、KinKi Kids、近藤真彦、T-SQUAREなど、多数&多彩なアーティストの作品のミックスを手がけている。現在はミキサーズラボ所属。

吉田美奈子『愛は思うままLET’S DO IT』、『MONOCHROME』に続き、『MONSTERS IN TOWN』も2018年アナログ復刻盤発売予定!

吉田美奈子『愛は思うままLET’S DO IT』、『MONOCHROME』アナログ復刻スペシャルサイトはこちら

Bernie Grundman Mastering HollywoodBernie Grundman Mastering Hollywood
代表:バーニー・グランドマン(Bernie Grundman)
オフィシャルサイトはこちらから▶


BERNIE GRUNDMAN

BERNIE GRUNDMAN(バーニー・グランドマン)
カッティング・エンジニア

●アメリカ合衆国のオーディオ・マスタリングエンジニア。1966年からロサンゼルスのコンテンポラリー・レコード 、そして1968年からA&Mレコードのマスタリング部門での活躍を通じ、キャロル・キングやマイケル・ジャクソン、スティーリー・ダン等名盤の数々にエンジニアとして貢献する。 1984年にはハリウッドで自身の名を冠したマスタリングスタジオ、「バーニー・グランドマン・マスタリング」を開業し、グラミー賞ノミネートをはじめ数々の権威ある賞を受賞している。


Bernie Grundman MASTERING紹介▶

Mr.vinal