■発売日:2025年12月17日(水)
■品番:SICP 31784〜31786 (2CD+1DVD)
■税込価格:4,950円


その節目の年に日本でリリースされたシングル曲と貴重なMVを収録した、まさに彼らの輝かしい歴史が詰まったベスト盤。
日本でのファースト・シングルとなる1972年の「朝まで踊ろう」から1978年の「雨のニューヨーク」までの全シングルAB面曲を収録。シングル盤のジャケットを掲載したカラーブックレットも封入。そして、MVは2004年に日本のみでリリースされた『B.C.R.ビデオ・ヒッツ』を復刻収録。
メンバーのスチュアート・ウディ・ウッドから今回のリリースについて、 “That's great news!! Hopefully we will come to Japan again...thanks”という短いコメントを寄せている。

ベイ・シティ・ローラーズは1974~1978年にかけて、タータンチェックの衣装を身に纏い、“タータンハリケーン”と呼ばれた一大旋風を巻き起こし、社会現象になるほどの人気を集めた英国出身のポップ/ロック・アイドル・グループ。
1971年にデビュー。1974年にヴォーカリストがレスリー・マッコーエンに代わってから大ブレイク。1975年に「バイ・バイ・ベイビー」で初の全英1位を獲得。以降「サタデイ・ナイト」、「二人だけのデート」など、ヒット曲を連発。
1976年には初来日公演が実現し、日本でもタータン旋風が吹き荒れた。
1978年にレスリー・マッコーエンが脱退し、ベイ・シティ・ローラーズとしての活動に終止符を打つことになった。その後、残ったメンバーを中心にザ・ローラーズというグループ名で活動をしたり、何度か再結成をしている。

■CD : 1972~1978年にベイ・シティ・ローラーズ名義でリリースした日本盤シングルAB面を収録
[高品質Blu-spec CD2仕様 / 2025年最新リマスター]
■DVD : 貴重な6曲のビデオ・クリップを収録(※2005年リリースした『B.C.R.ビデオ・ヒッツ』の復刻)
■カラー24Pブックレット(『朝まで踊ろう』から『雨のニューヨーク』までの日本盤シングル盤のジャケットを12cm CDサイズで復刻掲載)
■モノクロ60Pブックレット(解説・対訳:山本さゆり、歌詞、日本盤シングル・ディスコグラフィ)
■初回仕様特典:三方背スリーブケース、2026年カレンダー(12cm CDサイズ、2枚4面)、
シングル・ジャケット・ステッカー封入

1975年当時、ベイ・シティ・ローラーズの「バイ・バイ・ベイビー」が日本のあちこちのラジオから流れ始め、そのキラメキをいち早く本能で感じ取った少女たちが、我を忘れて彼らに熱狂するまで、さほど時間はかかりませんでした。そして社会現象にまでなったローラーズ旋風が日本中に巻き起こり、タータンチェックの波がうねり、悲鳴にも似た歓声が轟いた1976年の初来日。12月11日の未明、羽田空港に彼らを乗せたカンタス航空21便がタッチダウンしたその瞬間から、日本はまさにタータンハリケーンにすっぽり飲み込まれたのです。
「少女殺到!”パニック羽田”」「嵐を呼ぶ少年たち・泣き叫ぶ黄色い歓声」「貴公子上陸」「日本初上陸 B・C・ローラーズ台風猛威」「失神パニック」「BCRに”赤い熱気”」などなど、どれも彼らが到着した翌日の一般紙やスポーツ紙の一面を飾った見出しでした。
あれから50年…。
長いようで、あっという間だった?!
アラン、イアン、レスリーは旅立ってしまったけれど、ベイ・シティ・ローラーズは数えきれないほど多くの純粋な少女たち(もちろんその陰に隠れていた少年たちも)に、かけがえのない青春の夢を与えてくれました。今またこうして楽しそうに歌う彼らの歌声を聴き、時に無邪気に、時に思わせぶりに微笑む彼らの姿を見ると、あの頃の感動、情熱、そして恋慕が何の躊躇もなくストレートによみがえってきます。半世紀もの時が経っても彼らはキラキラ輝いています。これが本物の“アイドルの力”なのだと思います。この50年間、みなさんは(私も含めて)それぞれに、楽しいことも辛いこともたくさん経験し、いくつもの山を登り谷を越え、まさかの坂も上ったり下ったりして、これまで人生を歩んできたのではないでしょうか。そしてその折々にローラーズがそばにいて、歌で励ましてくれたり、背中を押してくれたり、一緒に跳びはねてくれたりしたのではないでしょうか。
山本さゆり <ライナーノーツより一部抜粋>