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第170回 萩原健太のotonanoラジオ#52

2020/09/29 公開

西寺郷太(NONA REEVES)さんをゲストに迎えて(その1)

今週のオンエア曲

西寺郷太(NONA REEVES)さんをゲストに迎えて(その1)

1.

西寺郷太

BODYMOVES!

『Funkvision』 2020年

西寺郷太(NONA REEVES)さんをゲストに迎えて(その1)

2.

西寺郷太

BLUEJEAN

『Funkvision』 2020年

西寺郷太(NONA REEVES)さんをゲストに迎えて(その1)

3.

西寺郷太

Decade

『Funkvision』 2020年

萩原健太 選曲|otonanoラジオ プレイリスト#52

『バンド活動と並行してソロ・アルバムをリリースした洋邦アーティスト』

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各社ストリーミング事情によってリスト内容や表記が異なる可能性があります。予めご了承ください。

1. ステイ・ハイ / ブリタニー・ハワード

今週のゲスト、西寺郷太くんはノーナ・リーヴスの一員としての活動と並行して、このほどセカンド・ソロ・アルバムをリリースしたばかり。ということで、それにあやかって、バンド活動をしながらそれと並行してソロ・アルバムをリリースした洋邦アーティストの曲を集めてみました。解散してからソロを出した…というパターンは入れていません。まずはアラバマ・シェイクスのフロントウーマンであり、サンダービッチとかバミューダ・トライアングルとか、それぞれ特定のコンセプトを掲げた別バンドでの活動も積極的に続けているブリタニー・ハワードが去年リリースした初ソロ・アルバム『ジェイミー』より。バンドでは発揮しづらい、思い切りパーソナルな手触りが特に歌詞の面で炸裂した1枚でした。
2. メイク・ノー・ミステイク / キース・リチャーズ

泣く子も黙るローリング・ストーンズの中心メンバーが1988年に放ったソロ・アルバム『トーク・イズ・チープ』からのナンバー。ストーンズのメンバーは他にもミック・ジャガーも、チャーリー・ワッツも、ロン・ウッドも、やめちゃったビル・ワイマンも、みんなそれぞれ個性的なソロ・アルバムを出しているけれど、中でもごきげんだったのがこのキースの1枚。メンフィス・ホーンズを従えたソウルフルな1曲です。
3. AROUND THE CORNER〜曲がり角のところで / 忌野清志郎

鉄壁のジャパニーズ・ロックンロール・バンド、RCサクセションの忌野清志郎が、1986年、単身イギリスへと渡り、イアン・デューリーのバック・バンド、ブロックヘッズら現地のミュージシャンとのコラボレーションで作り上げたアルバム『レザー・シャープ』より。RCとはちょっと違うバンド・サウンドが実に新鮮だった。
4. ドリームタイム / ダリル・ホール

ダリル・ホール&ジョン・オーツは1972年にデビューして以来、1980年代前半に黄金時代を築いて、やがて1991年にいったん解散を宣言、その後95年に再びタッグを組んで現在もなお活動を継続中…という紆余曲折を経ているのだけれど。解散が宣言されるちょっと前、デュオとしての活動が停滞気味だった1986年にダリル・ホールがリリースしたセカンド・ソロ・アルバム『スリー・ハーツ・イン・ザ・ハッピー・エンディング・マシーン』からのシングル・カット曲がこれ。日本でこの曲、マルっとパクったヒットも生まれました(笑)。
5. アイ・ノウ・ホワット・イッツ・ライク / ジェフ・トゥイーディ

ある時期以降、いろいろとバンドの方向性に関して実験的な試行錯誤を繰り広げてきたウィルコだけれど。そうしたある種の“迷い”の途上、中心メンバーのジェフ・トウィーディは2018年に『ウォーム』、2019年に『ウォーマー』という2枚のソロ・アルバムをリリース。わりとまっすぐ歌へとアプローチしてみせた。そんなソロ活動によって、バンドとして向かうべき方向性のほうもちょっとリセットできた、みたいな。そんな効能もソロ・アルバムにはあるのかも。というわけで、『ウォーム』のほうから1曲。
6. Hard Luck Woman〜Makin' Love / 野宮真貴

現在はソロ・アーティストとして意識的な活動を着実に続けている野宮真貴が、ピチカート・ファイヴのヴォーカリストとして大活躍していた時期、2000年にリリースしたソロ・アルバム『miss maki nomiya sings』より。興味深い顔ぶれのプロデューサーたちと組んでピチカートではできなかった多彩な音楽性に挑んだ1枚だった。そこから今回は、THE YELLOW MONKEYのHEESEYと組んでキッスのレパートリーをカヴァーしたこの曲を。
7. ジャスト・ア・ジゴロ〜アイ・エイント・ガット・ノーバディ / デヴィッド・リー・ロス

ヴァン・ヘイレンのリード・ヴォーカリストとしておなじみ、ダイアモンド・デイヴ様。ヴァン・ヘイレンをやめたり、また加入したり、なんとも落ち着きませんが。最初に脱退を宣言する前、まだばりばりフロントを張っていた1985年に初めてソロ名義で放ったミニ・アルバム『クレイジー・フロム・ザ・ヒート』より、往年のキング・オヴ・ザ・スウィング、ルイ・プリマが1950年代に放ったヒットのカヴァーを。
8. シャイン・オン・ミー / ダン・オーバック

ブラック・キーズのメンバーとして、あるいはマニアックなプロデューサーとして、ごきげんな活動を続けているダン・オーバックが2017年に放ったセカンド・ソロ・アルバム『ウェイティング・オン・ア・ソング』より。多忙すぎる彼が、なんとか休暇をとってナッシュヴィルで久々にのんびりしようと目論んでいたとき、しかし、休暇先でふと思いつき急遽レコーディングを開始。一気に作り上げてしまった1枚なのだとか。多才な人は休まないってことっすね。
9. グッバイ・ワルツ / 桑田佳祐

サザンオールスターズは確かに解散はしていないものの、しょっちゅう活動休止しているので、今回のセレクトに入れていいのかどうか微妙ですが(笑)。そんなサザンの中心メンバー、桑田佳祐が2011年にリリースした4作目のソロ・アルバム『ミュージックマン』より。サザンではたぶんやりそうにないトム・ウェイツっぽい退廃的な世界観がなんとも印象的な1曲だ。
10. リーズン・トゥ・ビリーヴ / ロッド・スチュワート

あの時期以降はもう鉄壁のソロ・ロック・シンガーという感じのロッドですが。これは彼がフェイセズに在籍中だった1971年にリリースされた3作目のソロ・アルバム『エヴリ・ピクチャー・テルズ・ア・ストーリー』の収録曲。フォーク系シンガー・ソングライターのティム・ハーディン作品のカヴァーだった。
11. トゥナイト・ユー・ビロング・トゥ・ミー / エディ・ヴェダー

グランジ最後の生き残りとも言われるパール・ジャムのフロントマン、エディ・ヴェダーが2011年にリリースしたセカンド・ソロ・アルバム『ウクレレ・ソングズ』より。タイトル通り、パール・ジャムでありえない全編ウクレレの弾き語りアルバム。その中から、日本では“イチゴの片思い”という邦題でもおなじみ、ペイシェンス&プルーデンスやナンシー・シナトラの懐かしいレパートリー「トゥナイト・ユー・ビロング・トゥ・ミー」のカヴァーを。デュエット・パートナーはキャット・パワーです。
12. SCHOOLGIRL / 西寺郷太

そして、今週のプレイリストのラストは、番組ゲストの西寺郷太が2014年にリリースした初のソロ・アルバム『Temple St.(テンプル・ストリート)』からの曲を。

解説:萩原健太

西寺郷太(NONA REEVES)さんをゲストに迎えて(その1)

●萩原健太プロフィール
萩原健太(はぎわら・けんた)。1956年生まれ。 早稲田大学法学部卒。 早川書房に入社後、 フリーに。 TBS系『三宅裕司のいかすバンド天国』(’89~’90年)の審査員として出演。 テレビ朝日系『タモリ倶楽部』の「空耳アワード」(’93年~)審査員も担当。 また、 音楽評論の傍ら、 音楽プロデュース、 コンサート演出、 作曲等も手がける。 主なプロデュース作品に米米CLUB『Go Funk』『米米CLUB』、 山崎まさよし『HOME』、 憂歌団『知ってるかい!?』、 鈴木雅之『ファンキー・フラッグ』など。 また、 自らもギタリストとして多くのユニット楽曲にも参加している。

Kenta's...Nothing But Pop!

第169回 萩原健太のotonanoラジオ#51

2020/09/22 公開

佐橋佳幸さんをゲストに迎えて(その2)

今週のオンエア曲

佐橋佳幸さんをゲストに迎えて(その2)

1.

竹内まりや

Don't It Make My Brown Eyes Blue ~瞳のささやき

『Turntable』 2019年

佐橋佳幸さんをゲストに迎えて(その2)

2.

スターダスト☆レビュー

偶然の再会

『年中模索』 2020年

佐橋佳幸さんをゲストに迎えて(その2)

3.

大滝詠一

陽気に行こうぜ~恋にしびれて(2015 村松2世登場!version)

『佐橋佳幸の仕事(1983-2015)~Time Passes On~』 2015年

萩原健太 選曲|otonanoラジオ プレイリスト#51

『佐橋佳幸ワークス~ソングライター編~』

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1. Cause Of Life(夢を抱きしめて) / UGUISS

先週・今週とお迎えしたゲスト、佐橋佳幸くんといえばギタリスト、アレンジャー、プロデューサーとしての顔がおなじみだけれど。彼にはソングライターとしての一面もある。ということで、今回は佐橋くんのソングライターとしての魅力にスポットを当てたプレイリストを作ってみました。佐橋ワークスを集めて2015年にコンパイルされた『佐橋佳幸の仕事(1983-2015)~Time Passes On~』には収録されていない曲を中心にセレクト。まずは彼の出発点となったバンド、UGUISSが1984年にリリースしたセカンド・シングルから。作詞作曲はもちろん佐橋佳幸です。
2. パイナップル・ロマンス / 渡辺美里

続いては佐橋くんが長年にわたってバック・バンドのリーダーとしてサポートし続けた渡辺美里のナンバー。伊秩弘将、岡村靖幸、小室哲哉、大江千里らに交じって、佐橋くんがも楽曲を提供した1989年のアルバム『Flower bed』の収録曲だ。アルバム中3曲の佐橋作品のうちのひとつ。作詞は渡辺美里。ジェフ・ポーカロとマイク・ポーカロという強力なリズム隊をバックに、ごきげんなギターを聞かせているのも、もちろん佐橋佳幸だ。
3. Life Line / 桐島かれん

桐島かれんの初ソロ・アルバム、1990年リリースの『かれん』より。全10曲中4曲のプロデュースを高橋幸宏&鈴木慶一のビートニクスが、別の4曲を藤井丈司が、残る2曲を加藤和彦が手がけた1枚だが、その藤井丈司プロデュース4曲中3曲に佐橋佳幸がギター、マンドリン、ベースなどで参加。しかも2曲では作曲も担当している。そのうちの1曲がこれだ。作詞は尾上文&藤井丈司。
4. Little Love / 鈴木祥子

鈴木祥子が1990年にリリースした4作目のアルバム『Long Long Way Home』より。先行シングルとしてもカットされた。クリスマスを連想させる季節ものなので、ちょっと今の時期には微妙ではあるけれど、佐橋佳幸らしいメロウなソウル・フレイヴァー漂う1曲としてピックアップ。作詞は西尾佐栄子。
5. 1992年、夏 / 小泉今日子

文字通り、1992年に「自分を見つめて」と両A面シングルとしてリリースされたナンバー。作詞・小泉今日子、作曲・佐橋佳幸。キョンキョン&サハシ。なんだかやけにうらやましいソングライター・コンビです(笑)。発売時、ビールのCMイメージ・ソングとしても起用された。
6. 憂鬱なパルス / 沢田研二

1993年にリリースされた沢田研二、30作目のオリジナル・アルバム『REALLY LOVE YA!!』より。吉田建のプロデュースのもと、マルコシアス・バンプの秋間経夫、高野寛、森若香織、シャムロックの高橋一路、村松邦男らが作家として関わった1枚だった。佐橋佳幸は2曲を提供しているが、そのうちの1曲がこれ。作詞は森雪之丞。
7. 僕とロージーとみんな / 佐橋佳幸

1994年、山下達郎がエグゼクティヴ・プロデューサーをつとめて佐橋佳幸くんがリリースしたファースト・ソロ・アルバム『TRUST ME』より。フィフス・アヴェニュー・バンドやラヴィン・スプーンフルなどを彷彿させるグッド・タイム・ミュージックふうの名曲です。もちろん作詞作曲も、ヴォーカルも、佐橋佳幸。
8. Pleasure Skin / 氷室京介

氷室京介が1996年にリリースした6作目のアルバム『MISSING PIECE』の収録曲。先行シングル「スコール」のカップリング曲でもあった。全曲の作曲を氷室自身が手がけているが、うち2曲が佐橋佳幸との共作。そのうちのひとつが本曲だ。ごきげんなホーン・セクションをフィーチャーした躍動的なナンバー。作詞は松井五郎。
9. 春が来りゃ 乙女じゃなくても 夢見がち / Darjeeling

で、佐橋くんは小倉博和くんとのアコースティック・ギター・デュオ“山弦”とか、そこに平松八千代がヴォーカルで加わった“SOY”とか、いくつかバンドもやっているのだけれど。その辺の音がサブスクに入っていないもので。ここから2曲はキーボードのDr.kyOnと組んだユニット、ダージリンの音源で。まずは2017年のミニ・アルバム『8芯二葉〜WinterBlend』より、高野寛のヴォーカルと細野晴臣のベースをフィーチャーしたこの曲を。作詞は高野くん。
10. ユーラシア万歳 / Darjeeling

次は2018年の『8芯二葉~月団扇Blend』より、曽我部恵一が作詞とヴォーカルを担当したこの曲。ちなみに、ダージリンの場合、作曲は常にDr.kyOnと佐橋くんの連名になっているので、どっちがメインで作っているのか微妙だけれど、今回はきっと佐橋くん中心なんだろうなぁ…とぼくが勝手に推測した曲をセレクトしております。間違っていたらすみません(笑)。でも、間違いなく佐橋くんがギターは弾いているわけで。まあ、いいか。
11. Seasickness Blues / Darjeeling

2019年の『8芯二葉~雪あかりBlend』からは、KERAが作詞、山下久美子がヴォーカルを担当したこの曲を。変拍子をものともせずグルーヴする様子がたまらない。
12. J. Tea / Darjeeling

ラストは2018年の『8芯二葉〜梅鶯Blend』より。ヴォーカルをフィーチャーせず、佐橋佳幸の重要なルーツのひとり、ジェイムス・テイラーへの敬愛を表現したインスト曲を。Dr.kyOnのキーボード、屋敷豪太のドラム、高桑圭のベース、三沢またろうのパーカッションをバックに、佐橋くんがアコースティック・ギターのジェイムス・テイラー役と、エレキ・ギターのダニー・コーチマー役を両方こなしております。

解説:萩原健太

佐橋佳幸さんをゲストに迎えて(その2)

●萩原健太プロフィール
萩原健太(はぎわら・けんた)。1956年生まれ。 早稲田大学法学部卒。 早川書房に入社後、 フリーに。 TBS系『三宅裕司のいかすバンド天国』(’89~’90年)の審査員として出演。 テレビ朝日系『タモリ倶楽部』の「空耳アワード」(’93年~)審査員も担当。 また、 音楽評論の傍ら、 音楽プロデュース、 コンサート演出、 作曲等も手がける。 主なプロデュース作品に米米CLUB『Go Funk』『米米CLUB』、 山崎まさよし『HOME』、 憂歌団『知ってるかい!?』、 鈴木雅之『ファンキー・フラッグ』など。 また、 自らもギタリストとして多くのユニット楽曲にも参加している。

Kenta's...Nothing But Pop!

第168回 萩原健太のotonanoラジオ#50

2020/09/15 公開

佐橋佳幸さんをゲストに迎えて(その1)

今週のオンエア曲

佐橋佳幸さんをゲストに迎えて(その1)

1.

ヴァレリー・カーター&佐橋佳幸

OOH CHILD

『ライヴ・イン・トーキョー1994』 2020年2月5日発売

佐橋佳幸さんをゲストに迎えて(その1)

2.

ヴァレリー・カーター&佐橋佳幸

LONG DISTANCE LOVE

『ライヴ・イン・トーキョー1994』 2020年2月5日発売

佐橋佳幸さんをゲストに迎えて(その1)

3.

ザ・ウェイト・バンド

Remedy

『ライヴ・イン・ジャパン』 2020年7月22日発売

萩原健太 選曲|otonanoラジオ プレイリスト#50

『佐橋佳幸のルーツを探して~洋楽編~』

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1. ホーム・アット・ラスト / ジョン・ホール

今回はゲストの佐橋佳幸くんのルーツとなっているであろう様々な洋楽ミュージシャンの楽曲をセレクトしてみました。佐橋くんにちゃんと確かめたわけではないのですが、なんとなく普段彼と話していて、きっとこのあたりのミュージシャンのこのあたりの曲が好きなんだろうな…という、ぼくの勝手な推測をもとに選んでいます。テキトーですみません(笑)。でも、結果、なかなか心地よいプレイリストができたと思います。ということで、まずはオーリアンズの中心メンバーだったジョン・ホールが1979年にリリースしたソロ・アルバム『パワー』からの曲を。
2そよ風のきみ / アンドリュー・ゴールド

1970年代後半の西海岸ポップ・シーンを裏方としてがっちり支えた重要人物が自らソロ・パフォーマーとしてリリースした1975年のアルバム『アンドリュー・ゴールド』より。聞いた話によると、佐橋くん、いまだライヴ前のアコースティック・ギターのサウンドチェックなどではこの曲のイントロ弾いているらしいです。
3きみの笑顔 / ジェイムス・テイラー

佐橋くんのアコースティック・ギターのスタイルを確立するうえで、特に大きな影響を与えたと思われる存在が、この人、JTことジェイムス・テイラーです。今なお現役ばりばりで活動を続ける彼が1977年にリリースしたアルバム『JT』より、シングルとしても大ヒットしたこの曲を。
4ホワット・ウッド・イット・テイク / ジェフ・リン

言わずと知れたエレクトリック・ライト・オーケストラの中心メンバー。番組の中でもちらっと話題に出ましたが、佐橋くんがアレンジを手がけた曲が一時期、ほぼすべてこの人、ジェフ・リンっぽいサウンドに仕上がっていたことがあって、その影響の強さに驚かされたものです。というわけで、彼がソロ名義で放った1990年のアルバム『アームチェア・シアター』から1曲。
5ダンシング・イン・ザ・ムーンライト / キング・ハーヴェスト

これは佐橋くんが影響を受けたアーティストというより、影響を受けた楽曲…という感じかな。のちにビーチ・ボーイズ人脈とも組んで多くの仕事をこなすロン・アルトバックを含む米仏混合バンド、キング・ハーヴェストが1972年に放ったヒット曲です。アルトバックがイントロで弾いているウーリッツァのエレクトリック・ピアノのサウンドがとても印象的な1曲。
6ハートをください / リンダ・ロンシュタット

佐橋くんはすでに登場しているアンドリュー・ゴールドとか、あとから出てくるイーグルスとか、他にもJ.D.サウザーとか、ウォーレン・ジヴォンとか、ジャクソン・ブラウンとか、1970年代半ばあたりのアサイラム・レコードに在籍していたアーティストたから大いに影響を受けていて。そんなアサイラムの歌姫だったのがリンダ・ロンシュタット。この曲は1976年のアルバム『風にさらわれた恋』の収録曲で。これまた佐橋くんを触発したであろうギタリスト、ワディ・ワクテルの参加作品でもあります。
7サンデイ・バスケットボール / ピーター・ゴールウェイ

フィフス・アヴェニュー・バンド、オハイオ・ノックスといった“通好み”のポップ・バンドでの活動でもおなじみ、ピーター・ゴールウェイと佐橋くんは彼の来日公演の際に共演したりもしている仲。そんなゴールウェイさんが1978年、日本先行でリリースしたセカンド・ソロ・アルバム『オン・ザ・バンドスタンド』より、この曲を。
8レイン・オー・レイン / フールズ・ゴールド

1970年代半ばごろのアメリカでは、イーグルスが切り拓いたアダルトな西海岸カントリー・ポップ・シーンで多くの注目バンドが活躍していたのだけれど。そのうちのひとつがこのフールズ・ゴールド。もともとダン・フォーゲルバーグのバック・バンドとして活動していた連中で、佐橋くんも大好きなはず。1976年、初期イーグルスのプロデュースを手がけたグリン・ジョンズの下で制作したファースト・アルバムから。
9デイドリーム / ラヴィン・スプーンフル

佐野元春&ザ・ホーボー・キング・バンドの一員として佐橋くんがアメリカのウッドストックでレコーディングした際に、ゲスト・ミュージシャンとしてスタジオにやってきてくれたのがジョン・セバスチャン。この曲は彼が1960年代に結成していたバンド、ラヴィン・スプーンフルの大ヒット・シングルですが、佐橋くんはこの曲のギターの弾き方をウッドストックで直々にご本人から教えてもらったのだとか。うらやましい。
10ドゥーイング・ザ・ミートボール / ザ・セクション

佐橋くんが自身のレコーディングでも共演していたクレイグ・ダーギ(キーボード)、リーランド・スクラー(ベース)、ラス・カンケル(ドラム)らに加えて、ライヴでの共演経験のあるダニー・コーチマー(ギター)というそうそうたる顔ぶれで結成されたバンド、ザ・セクションが1972年にリリースしたファースト・アルバムより。サックスはマイケル・ブレッカー。
11スロウ・ダンシング / ファンキー・キングズ

ジャック・テンプチン、リチャード・ステコル、そしてジュールズ・シアーという、たぶん全員が佐橋くんに影響を与えたと思われる3人のミュージシャンがタッグを組んだバンドが1976年に残した唯一のアルバム『ファンキー・キングス』より。プロデュースを手がけたのは、これまたドアーズやフレッド・ニール、トム・ラッシュらといい仕事をしてきたポール・ロスチャイルド。そこからテンプチン作の名曲を。
12マイ・マン / イーグルス

で、ラストを飾るのは佐橋くんに多大なる影響を与えたアサイラム・レコードを大メジャー・レーベルへと押し上げた立役者、イーグルスの曲を。1974年のサード・アルバム『オン・ザ・ボーダー』から、バンドの創設メンバーのひとりだったギタリスト、バーニー・レドン作の隠れた名曲です。カントリー・ロックという新たなジャンルを確立するうえで大きな役割を果たしたグラム・パーソンズに捧げられています。

解説:萩原健太

佐橋佳幸さんをゲストに迎えて(その1)

●萩原健太プロフィール
萩原健太(はぎわら・けんた)。1956年生まれ。 早稲田大学法学部卒。 早川書房に入社後、 フリーに。 TBS系『三宅裕司のいかすバンド天国』(’89~’90年)の審査員として出演。 テレビ朝日系『タモリ倶楽部』の「空耳アワード」(’93年~)審査員も担当。 また、 音楽評論の傍ら、 音楽プロデュース、 コンサート演出、 作曲等も手がける。 主なプロデュース作品に米米CLUB『Go Funk』『米米CLUB』、 山崎まさよし『HOME』、 憂歌団『知ってるかい!?』、 鈴木雅之『ファンキー・フラッグ』など。 また、 自らもギタリストとして多くのユニット楽曲にも参加している。

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第167回 萩原健太のotonanoラジオ#49

2020/09/08 公開

小西康陽さんをゲストに迎えて(その2)

今週のオンエア曲

小西康陽さんをゲストに迎えて(その2)

1.

PIZZICATO ONE

神の御業

『前夜 ピチカート・ワン・イン・パースン』 2020年6月24日発売

小西康陽さんをゲストに迎えて(その2)

2.

PIZZICATO ONE

地球最後の日

『前夜 ピチカート・ワン・イン・パースン』 2020年6月24日発売

小西康陽さんをゲストに迎えて(その2)

3.

PIZZICATO ONE

涙もろくなった。

『前夜 ピチカート・ワン・イン・パースン』 2020年6月24日発売

萩原健太 選曲|otonanoラジオ プレイリスト#49

『“セルフ・カヴァー”~邦楽編~』

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1. 瞳はダイアモンド / 松田 聖子

先週予告した通り、今回のプレイリストは他アーティストに提供した楽曲をソングライター自らが後からカヴァーしたヴァージョン、その邦楽編。シンガー・ソングライターのヴァージョンがもともとあって、それを他のシンガーがカヴァーするという通常のパターンではなく、あくまでも誰か他のシンガーへの提供を目的に作られた楽曲を、後になってソングライター自身も取り上げたというヴァージョンを基本にセレクトしております。まずはわれらが聖子ちゃん、1983年の大ヒット曲から。
2. 瞳はダイアモンド / 松任谷由実

この曲、作詞はもちろん、この時期の聖子ナンバーすべてを手がけていた松本隆。作曲は他にも聖子ちゃんに「赤いスイートピー」「渚のバルコニー」「小麦色のマーメイド」「秘密の花園」「Rock'n Rouge」など多くのヒット・メロディを提供してきた“呉田軽穂”こと松任谷由実。2003年、ソングライターとして他アーティストへの提供曲を集めてリリースしたアルバム『Yuming Compositions: FACES』でこの曲を自らカヴァーした。
3. So Young / 山下久美子

1980年代、“総立ちの久美子”として大活躍。日本のロック・シーンと歌謡ポップ・シーンとの橋渡し的役割を担った山下久美子が1981年のアルバム『雨の日は家にいて』でとりあげたスピーディなロック・チューンだ。作者は、当時、久美子が所属していたナベプロの先輩だった沢田研二のアルバム『G.S.アイ・ラヴ・ユー』に「彼女はデリケート」「I'M IN BLUE」「THE VANITY FACTORY」という3曲のオリジナル・ナンバーを提供していた若きシンガー・ソングライター。その名は…?
4. ソー・ヤング / 佐野元春

そう。前年、1980年にソロ・デビューを果たしたばかりの佐野元春。山下久美子のためにこの曲の仮歌をレコーディングする際、仮歌にもかかわらずスタジオのブースに入った佐野は飛んだり跳ねたりしながらシャウト! スタッフを大いにたじろがせたそうだ。その勢いをそのまま持ち込んで自らもレコーディング。翌1982年、シングル「スターダスト・キッズ」のB面に収めて世に出した。
5. ダンスはうまく踊れない / 石川セリ

ぼくのような1970年代に青春を過ごした世代にとっては抗うことができないシンガーのひとりが石川セリ。映画化もされた「8月の濡れた砂」を含む1972年のファースト・アルバム『パセリと野の花』は隠れたポップ名盤として一部ファン(含・ハギワラ)から熱狂的に支持されている。そんなセリさんが1977年にリリースしたヒット・シングルがこの曲。1982年には高木澪もカヴァーしたこの名曲を作詞作曲したのは…。
6. ダンスはうまく踊れない / 井上陽水

石川セリの旦那さまでもある井上陽水。ソングライターとして作詞作曲を手がけた沢田研二への提供曲「A.B.C.D.」、中森明菜の「飾りじゃないのよ涙は」、作曲のみ手がけた水谷豊の「はーばーらいと」、樋口可南子の「からたちの花」、小林麻美の「TRANSIT」、そして作詞だけ手がけた安全地帯の「ワインレッドの心」と「恋の予感」などを収めた1984年のアルバム『9.5カラット』に、この「ダンスは…」の本人自演ヴァージョンも収められていた。
7. リンダ / アン・ルイス

1970〜80年代、歌謡ポップスのクイーンとして大活躍したアン・ルイス。ご存じの通り、彼女は1980年に桑名正博と結婚したのだけれど、その際、お祝いとして親友でもある女性シンガー・ソングライターが書き下ろした必殺のスロー・バラードが本曲だ。1980年に同名アルバムに収められたほか、シングルとしてもリリースされた。ちなみに、“リンダ”というのはアンさんのミドル・ネーム。で、その曲を書いた女性シンガー・ソングライターは…。
8. リンダ / 竹内まりや

これまたご存じ、竹内まりやだ。まりやさんもほどなく、1982年に山下達郎と結婚することになるのだが、その直前、1981年にリリースされたアルバム『ポートレイト』でこの曲を自らカヴァーした。強力な多重コーラスを含め、すべてのアレンジを手がけているのはもちろん未来の旦那さま、達郎さんだ。
9. ルームライト / 由紀さおり

ポップス系シンガー・ソングライターによる歌謡曲歌手への楽曲提供というのは、1980年代以降、ごく当たり前のことになっていくのだが、まだ歌謡曲と、当時“ニュー・ミュージック”などと呼ばれていたロック〜フォーク系のポップスとの間に厳然たる垣根が存在していた1970年代前半、そうした交流はなかなか実現しなかった。そんな中、その先駆けとなった画期的な1曲が1973年にリリースされたこの曲だった。
10. ルームライト / 吉田拓郎

作詞は岡本おさみ、作曲は吉田拓郎。翌年、この同じコンビで森進一に提供した「襟裳岬」も大ヒットし、ロック/ポップス系のアーティストによる歌謡曲歌手への楽曲提供が徐々にシーンに定着していくことになった。さらにそうした提供楽曲を集めて自らカヴァーしたアルバムを出すというのも、日本では吉田拓郎が先駆。小坂一也、中村雅俊、森山良子、キャンディーズ、小柳ルミ子らに提供した楽曲の自演ヴァージョンを中心に構成されたアルバム『ぷらいべえと』を1977年にリリースしている。本曲もそこに収められていたものだ。
11. メッセージ・ソング / ピチカート・ファイヴ

そして最後は今週のゲスト、小西さんもの。先週、番組でもオンエアしたこの曲のオリジナル・ヴァージョンからどうぞ。もちろん、ヴォーカルはわれらがマイティ・シンガー、野宮真紀。1996年から97年にかけて、NHK『みんなのうた』でオンエアされた名曲です。
12. メッセージ・ソング / PIZZICATO ONE

それを作者である小西さん自身が“ピチカート・ワン”名義で歌ったこのライヴ音源を改めて味わいながら、今回のストリーミング・プレイリストは幕。

解説:萩原健太

小西康陽さんをゲストに迎えて(その2)

●萩原健太プロフィール
萩原健太(はぎわら・けんた)。1956年生まれ。 早稲田大学法学部卒。 早川書房に入社後、 フリーに。 TBS系『三宅裕司のいかすバンド天国』(’89~’90年)の審査員として出演。 テレビ朝日系『タモリ倶楽部』の「空耳アワード」(’93年~)審査員も担当。 また、 音楽評論の傍ら、 音楽プロデュース、 コンサート演出、 作曲等も手がける。 主なプロデュース作品に米米CLUB『Go Funk』『米米CLUB』、 山崎まさよし『HOME』、 憂歌団『知ってるかい!?』、 鈴木雅之『ファンキー・フラッグ』など。 また、 自らもギタリストとして多くのユニット楽曲にも参加している。

Kenta's...Nothing But Pop!

第166回 萩原健太のotonanoラジオ#48

2020/09/01 公開

小西康陽さんをゲストに迎えて(その1)

今週のオンエア曲

小西康陽さんをゲストに迎えて(その1)

1.

PIZZICATO ONE

きみになりたい

『前夜 ピチカート・ワン・イン・パースン』 2020年6月24日発売

小西康陽さんをゲストに迎えて(その1)

2.

PIZZICATO ONE

メッセージ・ソング

『前夜 ピチカート・ワン・イン・パースン』 2020年6月24日発売

小西康陽さんをゲストに迎えて(その1)

3.

PIZZICATO ONE

また恋におちてしまった

『前夜 ピチカート・ワン・イン・パースン』 2020年6月24日発売

萩原健太 選曲|otonanoラジオ プレイリスト#48

『“セルフ・カヴァー”~洋楽編~』

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各社ストリーミング事情によってリスト内容や表記が異なる可能性があります。予めご了承ください。

1. 涙でさようなら / ジェリー・バトラー

小西さんとの会話に触発されたプレイリスト。今回はあるソングライターが誰かに歌ってもらうために書いた曲を後になって自ら歌った、まあ、和製英語で言うところの“セルフ・カヴァー”ものを集めてみました。今週はその洋楽編です。来週は小西さんも含めて邦楽編をお届けする予定。ということで、まずは1962年にジェリー・バトラーの歌で全米20位のヒットを記録したこの曲から。
2. 涙でさようなら / バート・バカラック

ジェリー・バトラー盤に続いて、1965年にはウォーカー・ブラザーズがカヴァーして全米16位、全英1位に輝くヒットとなったこの曲。作詞はハル・デヴィッド、作曲はバート・バカラックだ。というわけで、作曲者バカラックが1969年、自身の同名アルバムでヴォーカルも担当しながらレコーディングしたヴァージョンを。
3. ロックン・ロール・ララバイ / B.J.トーマス

1969年に、前曲同様のデヴィッド&バカラック作品「雨に濡れても」の特大ヒットで一気に人気シンガーの座を手に入れたB.J.トーマス。そんな彼が1972年に放った全米ナンバーワン・ヒットが本曲「ロックン・ロール・ララバイ」だ。デュアン・エディのトゥワンギー・ギターやダーレン・ラヴの強力なコーラスをフィーチャーした名曲です。
4. ロックン・ロール・ララバイ / バリー・マン

で、それを書いたのがニューヨークのいわゆる“ブリル・ビルディング・サウンド”を代表する夫婦ソングライター・コンビ、バリー・マン&シンシア・ワイルだ。作曲を手がけたのは自らもパフォーマーとして傑作アルバムを何作もリリースしているバリー・マン。ということで、今回は過去、他シンガーに提供してきた多くのヒット曲を自ら歌った2000年のアルバム『ソウル&インスピレーション』に収められていた自演ヴァージョンを。
5. ウイチタ・ラインマン / グレン・キャンベル

“レッキング・クルー”と呼ばれる西海岸の腕ききセッション・ミュージシャン集団の重要な一員として1960年代、無数のヒット曲のギター演奏を担ってきたグレン・キャンベル。自身、ソロ・アーティストとしても早くから活動しており、1960年代半ば以降、チャートイン・シングル80曲、ナンバーワン・シングル9曲、レコード総売上4500万枚以上。そんな中の1曲が1969年に全米3位に輝いた本曲だ。
6. ウイチタ・ラインマン / ジミー・ウェッブ

この名曲を書いたのは、他にもグレン・キャンベルに「恋はフェニックス」「ガルベストン」といった名曲を提供してきたソングライター、ジミー・ウェッブ。今回はのちに発掘リリースされた1972年、英ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでのコンサートのライヴ音源で。
7. 歌の贈りもの / バリー・マニロウ

現在はラスヴェガスを拠点に着実な活動を続けるバリー・マニロウ。彼の初期を代表するヒット曲がこれ。1975年から76年にかけて全米ナンバーワンに輝き、グラミー賞最優秀歌曲賞も獲得した名曲だ。マニロウならではの伸びやかな歌声が活かされた美しく壮大なバラードなのだけれど…。
8. 歌の贈りもの / ブルース・ジョンストン

その曲を作ったのはビーチ・ボーイズの一員としてもおなじみ、ブルース・ジョンストンだ。ビーチ・ボーイズの広報担当ディレクターをつとめていたジャック・ライリーともめてバンドを一時的に脱退していた1977年にリリースされた傑作ソロ・アルバム『ゴーイング・パブリック』に自演ヴァージョンが収められていた。壮大なマニロウ・ヴァージョンに対して、こちらは徹底的に淡々と展開する仕上がり。作者自らのヴァージョンというのは、こういう、あえて地味なアレンジがほどこされるパターンが多い気がする。
9. ドゥ・ライト・ウーマン、ドゥ・ライト・マン / アレサ・フランクリン

続いてはソウルの女王、アレサ・フランクリン。「恋のおしえ」という邦題が付けられていた時期もあった必殺の名バラードだ。1967年のシングル「アイ・ネヴァー・ラヴド・ア・マン」のB面ながら、全米R&Bチャートで37位にランクした。アーマとキャロリンのフランクリン姉妹もレコーディングに参加したこの名曲を作ったのは…。
10. ドゥ・ライト・ウーマン、ドゥ・ライト・マン / ダン・ペン

アラバマ州にあるマッスル・ショールズ・サウンド・スタジオのお抱えソングライターとして米南部系シンガーたちに数々の名曲を提供してきたダン・ペンだ。やはり南部系の名盤をたくさん生み出してきたプロデューサー、チップス・モーマンとの共作。というわけで、今回はダン・ペンが1994年にリリースしたアルバム『ドゥ・ライト・マン』から、彼の自演ヴァージョンを。
11. オー・ノー、ノット・マイ・ベイビー / マキシン・ブラウン

1964年、ゴスペル/R&B系女性シンガーのマキシン・ブラウンが全米24位に送り込んだナンバー。以降、マンフレッド・マン、ロッド・スチュワート、メリー・クレイトン、シェールなどが次々とカヴァーし、何度もチャートを賑わしてきた名曲だ。
12. オー・ノー、ノット・マイ・ベイビー / キャロル・キング

作者は、そう、キャロル・キング。彼女がまだ職業ソングライターとしてヒットを量産していた時期、最初の夫だった作詞家、ジェリー・ゴフィンと共作したものだ。そんな往年の傑作曲をキャロルさんは、1980年、アルバム『パールズ』で自演した後、2001年にもアルバム『ラヴ・メイクス・ザ・ワールド』で再度自演。彼女自身にとっても特にお気に入り曲なのだろう。今回は2001年ヴァージョンのほうで。

解説:萩原健太

小西康陽さんをゲストに迎えて(その1)

●萩原健太プロフィール
萩原健太(はぎわら・けんた)。1956年生まれ。 早稲田大学法学部卒。 早川書房に入社後、 フリーに。 TBS系『三宅裕司のいかすバンド天国』(’89~’90年)の審査員として出演。 テレビ朝日系『タモリ倶楽部』の「空耳アワード」(’93年~)審査員も担当。 また、 音楽評論の傍ら、 音楽プロデュース、 コンサート演出、 作曲等も手がける。 主なプロデュース作品に米米CLUB『Go Funk』『米米CLUB』、 山崎まさよし『HOME』、 憂歌団『知ってるかい!?』、 鈴木雅之『ファンキー・フラッグ』など。 また、 自らもギタリストとして多くのユニット楽曲にも参加している。

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第165回 萩原健太のotonanoラジオ#47

2020/08/25 公開

竹内アンナさんをゲストに迎えて(その2)

今週のオンエア曲

竹内アンナさんをゲストに迎えて(その2)

1.

大貫妙子

蜃気楼の街

『ROMANTIQUE』 1980年

竹内アンナさんをゲストに迎えて(その2)

2.

シュガー・ベイブ

蜃気楼の街

『SONGS』 1975年

竹内アンナさんをゲストに迎えて(その2)

3.

矢野顕子

SIMON SMITH AND THE AMAZING DANCING BEAR

『オーエスオーエス』 1984年

竹内アンナさんをゲストに迎えて(その2)

4.

佐野元春

グッドタイムス&バッドタイムス

『BACK TO THE STREET』 1980年

竹内アンナさんをゲストに迎えて(その2)

5.

竹内アンナ

RIDE ON WEEKEND

『MATOUSIC』 2020年

萩原健太 選曲|otonanoラジオ プレイリスト#47

『70年代シティ・ポップ・クロニクル Vol.2』

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1. 窓を横切る雲 / 笠井紀美子

竹内アンナさんとのシティ・ポップス談義に触発されたプレイリスト。今週も1970年代の音源を。先週も選曲の下敷にした拙著『70年代シティ・ポップス・クロニクル』(エレキング・ブックス)にはディスク・ガイドも付けてあって。メインの章立てでは扱っていないものの、そちらで取り上げたアルバムも多数。てことで、そちらで紹介した中から選曲しました。まずはジャズ・シンガーとして人気を博していた笠井紀美子が細野晴臣、鈴木茂、大野克夫らのサポートを受けて日本語のロック、ブルースに挑戦した1972年のアルバム『アンブレラ』から。
2. あなたから遠くへ / 金延幸子

先週取り上げた吉田美奈子よりも一足先にデビューした日本の女性シンガー・ソングライターの草分けのひとり。同時代の存在と比べると、吉田美奈子がローラ・ニーロ的、五輪真弓がキャロル・キング的なのに対し、この人の音楽には断然ジョニ・ミッチェル的な感触があった。細野晴臣がプロデュースした1972年のファースト・アルバム『み空』より。もちろん自作曲中心の1枚ながら、アルバムには大滝詠一作品も1曲含まれていた。
3. お先にどうぞ / かまやつひろし

で、こちらはその大滝詠一作品。のちに“ムッシュかまやつ”と名乗ることになる元ザ・スパイダースのかまやつひろしに吉田拓郎が提供した大ヒット・シングルをフィーチャーした1975年のアルバム『あゝ、我が良き友よ』より。このアルバムのために大滝詠一が書き下ろしたポップ・ドゥーワップ作品だ。山下達郎、吉田美奈子らもコーラスで参加している。
4. 恋の西武新宿線 (シングルバージョン) / 愛奴

愛奴(あいど)は、町支寛二、青山徹、そして浜田省吾らが在籍していたポップ/ロック・バンド。広島のアマチュア音楽サークル“広島フォーク村”で結成された。同サークルの先輩格にあたる吉田拓郎のバック・バンドとして1年ツアーした後、1975年にアルバム『愛奴』で自らもデビュー。彼らが残した2枚のシングル、「ふたりの夏」と本曲「恋の西武新宿線」はどちらもビーチ・ボーイズの影響をたたえた隠れ名曲。
5. 月にてらされて / ティン・パン・アレー

細野晴臣、鈴木茂、松任谷正隆、林立夫という名プレイヤー4人が結成したキャラメル・ママを母体に誕生したミュージシャン集団“ティン・パン・アレー”が1975年にリリースしたアルバム『キャラメル・ママ』より。松任谷正隆がリーダーシップをとった1曲で、作詞を手がけているのは松任谷さんとの結婚直前、まだ“荒井”姓だったユーミンです。
6. 愛は幻 / 大貫妙子

山下達郎が率いていた伝説のポップ・バンド、シュガー・ベイブの主要メンバーのひとりだった大貫妙子が、バンド解散後の1976年にリリースした初ソロ・アルバム『グレイ・スカイズ』より。この曲はシュガー・ベイブ時代にも演奏されていた人気曲だった。
7. 風になれるなら / 伊藤銀次

こちらも一時期、シュガー・ベイブのメンバーであり、名曲「ダウン・タウン」などの作詞も手がけた伊藤銀次の作品。山下達郎、大貫妙子、斉藤ノブ、上原裕、田中章弘、坂本龍一ら豪華な音楽仲間たちが参加した1977年のソロ・アルバム『デッドリィ・ドライヴ』のオープニング・ナンバーだ。
8. 私自身 / いしだあゆみ&ティン・パン・アレイ・ファミリー

歌謡ポップスの世界で人気を博していた女性シンガー、いしだあゆみが1977年にティン・パン・アレーとタッグを組んでリリースした伝説的コラボ・アルバム『アワー・コネクション』より。このアルバムは橋本淳がプロデュースと作詞、萩田光雄と細野晴臣が半々ずつ作曲を手がけた当時としては画期的な1枚だった。この曲は細野作品。
9. サブタレニアン二人ぼっち / 佐藤奈々子

マリア・マルダーあたりを思わせるジャジーでアンニュイなヴォーカル・スタイルが話題を呼んだ女性アーティスト、佐藤奈々子が1977年にリリースしたファースト・アルバム『ファニー・ウォーキング』より。収録曲の大半を作曲していた“佐野元春”という未知の才能の存在がやけに気になったものだ。ちなみに佐野元春本人のデビューはこの3年後のことだった。
10. プールサイド / 南佳孝

前回のプレイリストにも登場していただいた南佳孝が1978年にリリースした傑作アルバム『サウス・オブ・ザ・ボーダー』より。当時、日本の意識的なミュージシャンたちの間で静かなブームを呼んでいたサルサやボサノヴァなど南方系音楽からの影響が色濃い1枚だった。大貫妙子とのデュエット曲「日付変更線」のほか、「夏の女優」、「ブルー・メロディ」、そして本曲などメロディメイカーとしての南佳孝の才能が満喫できる。
11. ムーンライト・ジルバ / やまがたすみこ

やまがたすみこは、今や日本のトップ・アレンジャー/キーボード奏者として活躍する井上鑑の現夫人。彼女がシンガー・ソングライターとして活躍していた1978年、あえて自身の曲ではなくティン・パン・アレー系の作家陣の曲に挑んだ意欲的なアルバム『FLYING』より。このアルバムはプロデュースが松本隆。アレンジが鈴木茂。もちろん細野晴臣、佐藤博、伊藤銀次らティン・パン系の人脈が多数参加していた。
12. 風をつかまえて / 原田真二

1978年に颯爽とデビューを飾り、日本のポップ・ミュージックの新時代を印象づけた原田真二のファースト・アルバム『Feel Happy』より。松本隆を作詞に迎え、自ら紡ぐポップな旋律と融合させた新鮮な世界観を提示してみせていた。Char、世良公則とともにロック御三家などとも言われたものです。懐かしい。

解説:萩原健太

竹内アンナさんをゲストに迎えて(その2)

●萩原健太プロフィール
萩原健太(はぎわら・けんた)。1956年生まれ。 早稲田大学法学部卒。 早川書房に入社後、 フリーに。 TBS系『三宅裕司のいかすバンド天国』(’89~’90年)の審査員として出演。 テレビ朝日系『タモリ倶楽部』の「空耳アワード」(’93年~)審査員も担当。 また、 音楽評論の傍ら、 音楽プロデュース、 コンサート演出、 作曲等も手がける。 主なプロデュース作品に米米CLUB『Go Funk』『米米CLUB』、 山崎まさよし『HOME』、 憂歌団『知ってるかい!?』、 鈴木雅之『ファンキー・フラッグ』など。 また、 自らもギタリストとして多くのユニット楽曲にも参加している。

Kenta's...Nothing But Pop!

第164回 萩原健太のotonanoラジオ#46

2020/08/18 公開

竹内アンナさんをゲストに迎えて(その1)

今週のオンエア曲

竹内アンナさんをゲストに迎えて(その1)

1.

吉田美奈子

レインボー・シー・ライン

『MINAKO』 1975年

竹内アンナさんをゲストに迎えて(その1)

2.

小坂忠

Horo(ほうろう)

『People』 2001年

竹内アンナさんをゲストに迎えて(その1)

3.

小坂忠

ほうろう

『ほうろう』 1975年

竹内アンナさんをゲストに迎えて(その1)

4.

細野晴臣

スラック・キー・ルンバ

『PACIFIC』 1978年

萩原健太 選曲|otonanoラジオ プレイリスト#46

『70年代シティ・ポップ・クロニクル』

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1. 風をあつめて / はっぴいえんど

竹内アンナさんをお迎えしてのシティ・ポップス講座。まあ、番組でも言いましたが、1970年代当時、“シティ・ポップス”なんてジャンル名はなかったわけですが、今そういうふうに呼ばれている音楽の系譜みたいなものをプレイリストにしてみようかなと思って。ぼくが2015年に出版させてもらった『70年代シティ・ポップス・クロニクル』(エレキング・ブックス)の章立てに則する形で選曲してみました。まずは誰もが認める日本のポップ・ミュージックの礎、はっぴいえんど、1971年のセカンド・アルバム『風街ろまん』から松本隆&細野晴臣作のこの曲を。
2. おいらぎゃんぐだぞ(シングル・ヴァージョン) / 南佳孝

ストリーミングだと大滝詠一の諸作や、シュガーベイブのアルバムなどが配信されていなくて。仕方ないのでそのあたりは省いて。次は、1973年に今はなき東京・文京公会堂で行なわれた“はっぴいえんど解散コンサート〜ラスト・タイム・アラウンド”にゲスト出演して、その洗練されたポップ感覚で当時ぼくたちを驚かせてくれた南佳孝。ファースト・アルバム『摩天楼のヒロイン』からのシングル・カット曲を。
3. 週末 / 吉田美奈子

はっぴいえんどの解散コンサートは、はっぴいえんどだけが演奏するのではなく、メンバーだった細野晴臣、松本隆、大滝詠一、鈴木茂それぞれの今後の活動を示唆するソロ・ステージあり、さらには次の時代を担うであろう新人たちのお披露目ステージあり…。そんな中、南佳孝ともども新たな個性を聞かせてくれたのが吉田美奈子だった。やはり1973年に、細野、鈴木を含むキャラメル・ママをバックに従えてリリースされたファースト・アルバム『扉の冬』からこの曲を。
4. 魔術 / Bread & Butter

実は今回のプレイリスト、以前、高橋昌太郎くんをゲストに迎えたときのプレイリスト#37と登場アーティストがけっこうかぶってます。てことで、曲がダブらないように選曲しているのだけれど。はっぴいえんど、美奈子さんに続いてブレバタも再登場。細野晴臣、鈴木茂、林立夫、斎藤ノブ、ジョン山崎、小原礼、山室恵美子、新井潤子ら名手がこぞってサポートした1974年の名盤『バーベキュー』から、今回はそのオープニング・チューン。以前セレクトした「ピンク・シャドウ」と並ぶ名曲です。
5. 星くず / 久保田麻琴と夕焼け楽団

1970年代半ば、実に飄々としたスタンスで自身のバンド、夕焼け楽団を率いて活動していた久保田麻琴さんが提示していた音の感触というのも、実に刺激的だった。グレイトフル・デッドあたりに通じるアシッドな感覚を日本独特の情緒と重ね合わせながら編み上げたサウンドは、まじ、中毒性があった。今回は1976年にシングルでリリースされたこの名曲をセレクト。
6. 生まれた街で / 荒井由実

ユーミンもプレイリスト#37に登場してもらっていたけれど。今回はユーミンが、というより、黎明期の日本のポップ・シーンが残した大傑作、1974年のセカンド・アルバム『ミスリム』からそのオープニング・チューンを。松任谷正隆のエレクトリック・ピアノが提示する穏やかなリフに細野晴臣のベースが絡み、やがて鈴木茂のギター・カッティングがさりげなく滑りこんでくるイントロから絶妙!山下達郎、吉田美奈子らによるコーラスも完璧!
7. 塀までひとっとび / サディスティック・ミカ・バンド

シティ・ポップスというくくりで語っていいのかどうかわからないけれど、1970年代半ば、むちゃくちゃかっこよく輝いていたのが加藤和彦率いるサディスティック・ミカ・バンドだった。もともとプラスティック・オノ・バンドのパロディのような形で冗談半分にスタートしたプロジェクトだったけれど、1974年、英国人プロデューサー、クリス・トーマスのもとでレコーディングしたアルバム『黒船』からいきなり本気モードに。今日はスライ&ザ・ファミリー・ストーンを彷彿させるファンキーでキャッチーな曲を。
8. しらけちまうぜ / 小坂忠

アンナさんとも熱く語り合った小坂忠、1975年の超名盤『HORO』の収録曲。松本隆&細野晴臣作のポップ・ソウル・ナンバーだ。当時のティン・パン・アレー系のコンサートでもハイライト曲のひとつとして大いに盛り上がった。
9. 砂の女 / 鈴木茂

これも過去何度かセレクトさせてもらってきた名曲。やはり、これは外せないので、また選んじゃいました。はっぴいえんど解散後の1974年、単身渡米してリトル・フィートやタワー・オブ・パワーのメンバーたちと制作した名作アルバム『バンド・ワゴン』からの不朽の1曲です。
10. うちわもめ / センチメンタル・シティ・ロマンス

1975年にリリースされたセンチメンタル・シティ・ロマンスのファースト・アルバムから。カントリー・ロック、フォーク・ロックなど、当時のアメリカ西海岸の様々な音楽性を見事に習得し的確に体現する確かなテクニックと、あえて地元の名古屋弁なども歌詞に盛り込みながら緻密に編み上げられた曲作りの感覚に当時大いに驚かされたものだ。
11. あの娘のラブレター / 鈴木慶一とムーンライダーズ

1976年リリースのアルバム『火の玉ボーイ』より。ムーンライダーズ名義にはなっているけれど、もともとは鈴木慶一のソロ・アルバムとして計画されていたものだとか。“シティ・ボーイ・サイド”と銘打たれたそのアナログA面の冒頭に収められていたのがこの曲だ。ホーン・セクションを大胆に導入し、ニューオーリンズR&Bっぽいバウンドするピアノをフィーチャーし、ボズ・スキャッグスっぽいノド声ヴォーカルを炸裂させ…。新しい時代の日本のポップ・ミュージックの予感に満ちた1曲だった。
12. HURRICANE DOROTHY / 細野晴臣

最後は1曲目同様、細野晴臣作品で。1975年にリリースされたセカンド・ソロ・アルバム『トロピカル・ダンディー』は、ハリウッド、ニューオーリンズ、ハワイ、中国、そして日本…様々な意味合いでの“辺境”を旅しながら繰り出される異国情緒に満ちた豊潤なリズムがこれでもかと交錯する最高に刺激的な傑作だった。そこから必殺の名曲「ハリケーン・ドロシー」を。

解説:萩原健太

竹内アンナさんをゲストに迎えて(その1)

●萩原健太プロフィール
萩原健太(はぎわら・けんた)。1956年生まれ。 早稲田大学法学部卒。 早川書房に入社後、 フリーに。 TBS系『三宅裕司のいかすバンド天国』(’89~’90年)の審査員として出演。 テレビ朝日系『タモリ倶楽部』の「空耳アワード」(’93年~)審査員も担当。 また、 音楽評論の傍ら、 音楽プロデュース、 コンサート演出、 作曲等も手がける。 主なプロデュース作品に米米CLUB『Go Funk』『米米CLUB』、 山崎まさよし『HOME』、 憂歌団『知ってるかい!?』、 鈴木雅之『ファンキー・フラッグ』など。 また、 自らもギタリストとして多くのユニット楽曲にも参加している。

Kenta's...Nothing But Pop!

第163回 萩原健太のotonanoラジオ#45

2020/08/11 公開

ROLLYさんをゲストに迎えて(その2)

今週のオンエア曲

ROLLYさんをゲストに迎えて(その2)

1.

SCANCH

恋のマジックポーション

『恋の薔薇薔薇殺人事件』 1992年

ROLLYさんをゲストに迎えて(その2)

2.

SCANCH

好き好きダーリン

『恋のロマンティック大爆撃』 1991年

ROLLYさんをゲストに迎えて(その2)

3.

ROLLY

天地創造 ~Eejanaika

『ROLLY’S ROCK WORKS』 2019年

萩原健太 選曲|otonanoラジオ プレイリスト#45

『Best of ROY WOOD』

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1. ブラックベリー・ウェイ/ザ・ムーヴ

ROLLYとの会話の中で何度も何度も名前が登場してきたロイ・ウッド。1960年代から70年代にかけて、ザ・ムーヴ、ELO、ウィザードなど、ひとくせあるポップ・バンドを次々と結成したり脱退したりしながら独自の活動を続けた英国ポップ/ロック・シーンきっての奇才だけれども。ROLLYにとてつもなく大きな影響を与えたこのロイ・ウッドを知ればROLLYの音楽がより一層魅力的に輝く。ということで、今週のプレイリストはぼくが勝手に選んだベスト・オブ・ロイ・ウッドです。まずは1968年11月、ザ・ムーヴの中心メンバーとして活動していた時期に放った全英ナンバーワン・シングル曲から。
2. ルック・アット・ミー・ナウ/エレクトリック・ライト・オーケストラ

1971年、ロイ・ウッドはザ・ムーヴの一員だったジェフ・リンを引き連れ、新バンド、エレクトリック・ライト・オーケストラ(ELO)を結成した。ビートルズの「エリナー・リグビー」のような、ロックにストリングス・セクションを導入した音作りに挑むプロジェクト。今回はELOが1971年12月にリリースしたファースト・アルバム『エレクトリック・ライト・オーケストラ』から、シングル・カットはされていないものの、ELOの初期コンセプトを存分に味わえるロイ・ウッド作品をひとつ。
3. シー・マイ・ベイビー・ジャイヴ/ウィザード

ELOを早々に離脱したロイ・ウッドは続いてウィザードというバンドを結成した。当時、英国で流行していたグラム・ロック的なギラギラのファッション感覚なども屈折した形で取り込みながら、自身同様どこかアタマのおかしい米国のクレイジーなプロデューサー、フィル・スペクター的な“過剰”な音作りを目指した本曲をレコーディング。1973年4月にリリースし、見事全英ナンバーワンに送り込んだ。聞けばすぐわかる通り、ROLLYのみならず、ABBAから大滝詠一まで、世界各国の様々なポップ・クリエイターたちが大きく影響されたロイ・ウッドの代表曲だ。
4. エンジェル・フィンガーズ(ア・ティーン・バラッド)/ウィザード

続いてはウィザードのシングル第二弾。やはり1973年にリリースされ、「シー・マイ・ベイビー・ジャイヴ」に続いて全英ナンバーワンに輝いた。これまたイントロのリズム・パターンからしてフィル・スペクターがかつてプロデュースした「ビー・マイ・ベイビー」のパターンを踏襲したロイ・ウッド流ウール・オヴ・サウンドの傑作だ。
5. ディア・エレイン/ロイ・ウッド

ウィザードとしての活動と並行してロイ・ウッドはソロ・アルバムもリリース。実はザ・ムーヴとして活動していたころからソロ・アルバムの準備は続いていたようなのだが、なかなかタイミングが合わず実現せずじまい。が、ウィザードとしての連続ヒットが生まれたこともあり、ようやく1973年7月、ファースト・ソロ・アルバム『ボールダーズ』が世に出た。基本的に全ての楽曲を自作し、全ての楽器を自演した傑作だった。そこからの初シングル・カット曲が本曲。1973年8月にリリースされ、全英18位にランクした。
6. フォーエヴァー/ロイ・ウッド

中期ビートルズの影響が色濃かった「ディア・エレイン」に続くシングルが本曲。こちらは思いきりビーチ・ボーイズやフォー・シーズンズなどアメリカン・ポップ系に寄った仕上がり。個人的にはこれがロイ・ウッド作品中のフェイバリット・ナンバーだ。1973年11月にリリースされ、全英8位にランクした。
7. アイ・ウィッシュ・イット・クッド・ビー・クリスマス・エヴリデイ/ウィザード

まったく季節外れのクリスマス・ソングではありますが。これもロイ・ウッドの代表作なので、避けられないってことで。お得意のフィル・スペクター・サウンドに、チンピラっぽいユニークなサックス・アンサンブルと、無垢な子供たちのコーラスを絡めた名作だ。1973年12月にリリースされて全英4位にランク。以降も毎年、ホリデイ・シーズンがやってくるとリバイバルし続けている。
8. ロックンロール・ウィンター(ルーニーズ・チューン)/ウィザード

前曲のヒットにあやかる形でリリースされた“冬もの”。なんとか1974年3月までのリリースを目指していたらしいが、なかなかうまくいかず、結局出たのは同年4月。もう春じゃねーか、という間抜けなタイミングになってしまったものの、ポップでキャッチーな仕上がりが大いに受け、全英6位まで上昇した。
9. ゴーイン・ダウン・ザ・ロード(ア・スコティッシュ・レゲエ・ソング)/ロイ・ウッド

何事にも飽きっぽいロイ・ウッドは、ウィザードでのバンド活動もそこそこに、またソロ活動に突入。またまた歌も楽器もコーラスもすべてひとりで手がけた単独多重録音ナンバーである本曲を1974年6月にシングル・リリースした。サックスやマンドリンやバグパイプの音も聞こえるが、それらも全部ロイ・ウッド自身の演奏らしい。すごい。全英13位にランクした。
10. オー・ホワット・ア・シェイム/ロイ・ウッド

番組の中でのROLLYとの会話でも具体的な曲名が登場したロイ・ウッド作品。ありがちなロックンロールのパターンだけに縛られていないこのあたりの柔軟な感覚こそがロイ・ウッド最大の魅力だ。ROLLYもそんなところに大きく惹かれているのだろう。1975年5月にリリースされて全英13位にランク。
11. ルック・スルー・ジ・アイズ・オヴ・ア・フール/ロイ・ウッド

フィル・スペクターの「ダ・ドゥ・ロン・ロン」とか、デイヴ・クラーク・ファイヴの「マルベリー・ブッシュ」とか、大滝詠一の「HAPPY ENDで始めよう」とか、優れたポップ・クリエイターたちの曲にはどこか童謡に通じるニュアンスを感じさせるものがあるのだけれど。本曲などもロイ・ウッド版のそれ。1975年にリリースされたナンバーだ。
12. グリーン・グラス・ウィンドウズ/ロイ・ウッズ・ヘリコプターズ

1980年代に入ると、ロイ・ウッドは“ヘリコプターズ”なるバンド名義での活動を開始。まあ、これもいつもの通り、実質的にはロイ・ウッドのソロ・プロジェクトのようなものだった。本曲は「…クリスマス・エヴリデイ」同様、子供たちのコーラスを従えたキャッチーなナンバー。1981年の作品だ。

解説:萩原健太

ROLLYさんをゲストに迎えて(その2)

●萩原健太プロフィール
萩原健太(はぎわら・けんた)。1956年生まれ。 早稲田大学法学部卒。 早川書房に入社後、 フリーに。 TBS系『三宅裕司のいかすバンド天国』(’89~’90年)の審査員として出演。 テレビ朝日系『タモリ倶楽部』の「空耳アワード」(’93年~)審査員も担当。 また、 音楽評論の傍ら、 音楽プロデュース、 コンサート演出、 作曲等も手がける。 主なプロデュース作品に米米CLUB『Go Funk』『米米CLUB』、 山崎まさよし『HOME』、 憂歌団『知ってるかい!?』、 鈴木雅之『ファンキー・フラッグ』など。 また、 自らもギタリストとして多くのユニット楽曲にも参加している。

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第162回 萩原健太のotonanoラジオ#44

2020/08/04 公開

ROLLYさんをゲストに迎えて(その1)

今週のオンエア曲

ROLLYさんをゲストに迎えて(その1)

1.

SCANCH

ROLLY HORROR SHOW

『OPERA』 1993年

ROLLYさんをゲストに迎えて(その1)

2.

SCANCH

恋のロマンティック・ブギ

『恋のロマンティック大爆撃』 1991年

ROLLYさんをゲストに迎えて(その1)

3.

SCANCH

ウルトラ ロケットマン

『恋のウルトラ大作戦』1990年

萩原健太 選曲|otonanoラジオ プレイリスト#44

『検証! パクリこそが文化を発展!!』

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各社ストリーミング事情によってリスト内容や表記が異なる可能性があります。予めご了承ください。

1. ウォッチ・ユア・ステップ / ボビー・パーカー

ローリーを迎えてトークというと、やはり避けて通れないテーマが“パクリ”(笑)。ということで、プレイリストのほうもパクリものでいきましょう。パクリこそが文化を発展させてきた、ということを証明するためのプレイリスト。古今のビッグ・アーティストたちがどのように先人の残した試行錯誤を自分なりに消化しながら新たな可能性へとつなげてきたのか。最初の例はR&Bシンガー/ギタリストのボビー・パーカーが1961年に放った小ヒット「ウォッチ・ユア・ステップ」。レイ・チャールズの「ホワッド・アイ・セイ」やオーティス・ラッシュの「オール・ユア・ラヴ」のようなタイプの、マンボ・ビートを採り入れたR&Bの流れにある楽曲だが。これをパクっといっちゃったのが…。
2. アイ・フィール・ファイン / ビートルズ

そう。ビートルズです。ジョン・レノンはボビー・パーカーの「ウォッチ・ユア・ステップ」が大好きだったようで、ギターのリフとか、ドラムのパターンとか、ほとんどそのままパックリやらかしつつ1964年の本ヒットにつなげました。ビートルズは同じ「ウォッチ・ユア・ステップ」の影響を「デイ・トリッパー」にも取り入れております。一粒で二度美味しいってやつです。
3. エイント・ザット・ジャスト・ライク・ア・ウーマン / ルイ・ジョーダン

続いては1940〜50年代、自らのバンド、ティンパニー・ファイヴを率いて全盛期を築いたジャンプ・ブルースの王者、ルイ・ジョーダンの音源。1946年のヒット曲だ。注目すべきはイントロ。カール・ホーガンというギタリストが演奏するこのイントロのフレーズをちゃっかり拝借しながら1950年代に黄金時代を築いたのが…。
4. ジョニー・B・グッド / チャック・ベリー

この人、チャック・ベリー。1958年の大ヒットである「ジョニー・B・グッド」をはじめ、このイントロが聞こえるだけで、あー、ロックンロールだなぁ、と。そんな気分になれる。おかげで、ベリーさん、もしイントロに著作権があったら世界一の大金持ちになっていたはず、とも言われているけれど。いやいや、この有名なロックンロール・ギター・イントロにも元ネタがあった、と。そういうことです。
5. ビー・マイ・ベイビー / ロネッツ

名手、ハル・ブレインの強烈なドラム・イントロでおなじみのキュートなロックンロール・チューン。1963年に全米2位にランクした特大ヒットだ。大編成のセッション・ミュージシャン陣を一気にスタジオに詰め込み、同時に演奏させることで圧倒的な“音の壁”を作り上げてしまう奇才プロデューサー、フィル・スペクターの手腕が存分に発揮された名曲。この曲に影響され、自分でもこういうことをやりたい! とばかり、パクったアーティストはそれこそ無数にいるのだけれど、そんな中で生まれた大傑作曲のひとつが…。
6. ドント・ウォリー・ベイビー / ビーチ・ボーイズ

1964年にヒットしたこのビーチ・ボーイズのナンバー。中心メンバー、ブライアン・ウィルソンの最高傑作のひとつだ。大編成のミュージシャン群を駆使しながらフィル・スペクターが作り上げた“音の壁”を表層的に模倣するのではなく、むしろスペクターとは正反対の簡素なコンボ演奏に乗せて、豊かなふくらみを持ったコーラスで音像をバックアップしているところがなんとも素晴らしい。理想的なパクリというか、オマージュというか。その好例かも。
7. トーラス / スピリット

続いては裁判にもなったパクリ疑惑の例。まずは1968年、アメリカのサイケデリック系バンド、スピリットが彼らのファースト・アルバムに収めてリリースしたこのインスト曲。当時、一緒にツアーしていたことがあるイギリスのバンドにパクられたという疑惑がメンバーの遺族から提示され、2014年になって裁判が起こされたのでありました。訴えられたのは…。
8. 天国への階段 / レッド・ツェッペリン

レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジだ。裁判でペイジさんは、「そんな曲、聞いたこともねーよ」と主張。しかし実はペイジさんのレコード棚に、いつ、どこで入手したかはわからないものの、スピリットのファースト・アルバムは存在していたそうで(笑)。ちょっと笑える。とはいえ、そんなに似ているわけでもないだろうと陪審員が判断。最終的には無罪となったそうです。当たり前。もしパクリだったとしても、もともとパクリは罪じゃないんだから。
9. いつの日か君に / ビング・クロスビー

1932年の美しいヒット。“彼女のゴールドの髪がブルーの瞳にかかる/やさしく、まるで天使の輪のように/彼女に会えたらそれだけでどれほど幸せだろう/夜のブルーが昼のゴールドと出会う場所で誰かがぼくを待っている”という歌詞のラヴ・ソングなのだけれど、この素敵なメロディをパクッといただきつつ、新たな世界観を提示してみせたのが…。
10. ホエン・ザ・ディール・ゴーズ・ダウン / ボブ・ディラン

ボブ・ディラン。2006年のアルバム『モダン・タイムズ』の収録曲だ。イントロのフレーズも歌メロもまるっきりおんなじ。が、ディランはそこに、人間の一生などはるかに超えた太古からの時間軸を設定し、聖書の黙示録に綴られたイメージなども二重写しにした歌詞を新たに乗せる。それによって、確かに美しくはあるけれど、単にぼんやりとロマンチックなだけだった原曲の旋律をより深遠なものに仕立て上げてしまったのでした。恐るべし、ノーベルさん。
11. デライラ / センセイショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンド

続いては、もともとトム・ジョーンズが1968年に放ったこのヒット曲を。今回はセンセイショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンドが1975年にカヴァーしてリバイバル・ヒットさせたほうのロックっぽいライヴ・ヴァージョンでお届けしますが。こいつをまるっとパクリやがったのが…。
12. フローラ / すかんち

もちろん、この人。ローリーでしたー。いやー、パクリは楽しい。というわけで、最後にイギリスの詩人、T.S.エリオットの箴言を引用しておきましょう。曰く、「未熟な詩人はまねるが、熟練した詩人は盗む。無能な詩人は盗んだものを壊すが、有能な詩人はより優れたもの、少なくとも違うものへと変える。つまるところ、有能な詩人は、盗んだものを盗む前とはまったく異なる、独特な雰囲気に変えてしまうのだ」

解説:萩原健太

ROLLYさんをゲストに迎えて(その1)

●萩原健太プロフィール
萩原健太(はぎわら・けんた)。1956年生まれ。 早稲田大学法学部卒。 早川書房に入社後、 フリーに。 TBS系『三宅裕司のいかすバンド天国』(’89~’90年)の審査員として出演。 テレビ朝日系『タモリ倶楽部』の「空耳アワード」(’93年~)審査員も担当。 また、 音楽評論の傍ら、 音楽プロデュース、 コンサート演出、 作曲等も手がける。 主なプロデュース作品に米米CLUB『Go Funk』『米米CLUB』、 山崎まさよし『HOME』、 憂歌団『知ってるかい!?』、 鈴木雅之『ファンキー・フラッグ』など。 また、 自らもギタリストとして多くのユニット楽曲にも参加している。

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