落語 みちの駅

第百十七回 「第二一二回 朝日名人会」
 2021年9月18日14時から第212回朝日名人会。入船亭遊京「七度狐」、春風亭正太郎改メ九代目柳枝「崇徳院」、春風亭一朝「大工調べ」、仲入後に柳家権太楼「居残り佐平次」。

 台風14号のため時々雨足が強く、ようやくコロナ情勢が落ち着いてきたのに、また若干入場者が後戻りした感じ。それでも力演が次々に高座を、客席をにぎわして上々の首尾。

「七度狐」は落ち着いた口演で、いわゆるサラクチの若手の噺としては上々の高座。こういうダイナミックな噺をサラクチに置くとドタバタしたスタートになりかねないが、そこを見事に回避したのは心強い。

 新・柳枝の「崇徳院」は骨太で朗らかで小気味よい。大名跡の継承者にふさわしい力量、今後が楽しみな逸材だ。

 春風亭一朝「大工調べ」上下通しは当日のもう一つ目玉の口演。歯切れのよい啖呵はこの演者の大きな財産だ。かつては棟梁の啖呵の鮮やかさがポイントだったが、近頃は与太郎のしまらない啖呵にもペーソスがたっぷりあって、バランスが一段と上がっている。奉行、家主にも仕分けが行き届いていた。

「居残り佐平次」はよく上演されているようでいて案外珍しい。噺が至難だから、めったにやらないし、やっても客席の印象に残りにくいということだろう。

 よく出来た噺だから“聴かせる”ことは可能だが、味わい深くの線まで行きにくい。佐平次という主人公はなんでこんなことをするのだろう――、という疑問に応える高座は少ない。

 権太楼口演はブロークンだ。器用で達者な遊びに呆ける佐平次像ではなく、人間としてのある極限まで遊びに徹する男――。

 デッサンはラフに、ただし思いをこめて自分を遊びに燃焼させる佐平次。荒っぽく疾風怒濤を捲いて消えていくエネルギッシュな高座だった。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。