私が欲しいレコード

幻の名盤から架空の一枚まで。今聴きたい、今欲しいレコードを、各界のレコード愛好家のみなさまに、自由な発想で綴っていただきます。

第19回【みの】 みのミュージック/ミノタウロス
第19回【みの】 みのミュージック/ミノタウロス

なるほど。レコード、それもモノラルレコードにしか存在しない景色は確かに存在する。オジサンが言っていたことは悔しくも正しかった。



「モノラルの針でドーナッツ盤のフィル・スペクターを聴いたことがあるか?」いかにも気難しそうな業界人のオジサンに問いかけられたのは、5年ほど前であっただろうか。当時はブライアン・ウィルソンや大滝詠一の文脈で、フィル・スペクター作品を聴くことはあっても、当時はそこまで真面目にレコードにハマっていなくて、「いいえ聴いたことはありません」と答えるほかなかった。すると「お前は真のフィル・スペクター体験を済ませていない」とバッサリ斬られ、ちょっとムッとしてしまった。年長の音楽オタクのいけ好かない部分を煮詰めたような言い草であったし、アナログ特有の良さが存在することには同意できるが、「真の体験」みたいな大仰な表現は殆どオカルトの領域なのではないかとさえ思った。

 数ヶ月経って、ミノタウロスの楽曲「恋のチンチン電車」を7インチシングルでリリースすることになり、見本盤が自宅に届くことになった。意気揚々とターンテーブルにセットして、ヴァイナルの溝に刻まれた自作曲が、どのような音を奏でるのかと胸を膨らませていると、シングル盤用のアダプターを所有していないことに気づく。レコード盤で楽曲を発表するような立場の人間が、このような体たらくでは失格なのではないか。ふと、フィル・スペクターの件で苦い思いを味わった一件を思い出す。これらが立て続けに起こったものだから、奮起、本気のレコード再生環境を揃えることを決意した。


ミノタウロス / 恋のチンチン電車
(2017年)



 諸々機材を購入し、その帰路、ディスク・ユニオンでライチャス・ブラザーズの「ふられた気持」を購入。ウォール・オブ・サウンドの一つの到達点と名高い名曲だ。そして半信半疑でターンテーブルにセット。少々近所迷惑かもしれない音量で、モノラルの針を落とす。すると、飛び出してきたのは衝撃的な音風景だった。今までのフィル・スペクターの世界とは全く違う、一個塊となって飛び出す巨大なウォール・オブ・サウンドの洪水は、今まで聴いたことのない内容だった。なるほど。レコード、それもモノラルレコードにしか存在しない景色は確かに存在する。オジサンが言っていたことは悔しくも正しかった。


The Righteous Brothers / You've Lost That Lovin' Feelin'
(1964年)



 それからは、レコード屋に立ち寄るたびにフィル・スペクター関連のシングル盤を蒐集するようになり、代表的な楽曲は凡そ手に入れたのだが、一枚だけ、どうしても状態の良いレコードが手に入らない楽曲がある。ザ・クリスタルズの「キッスでダウン」である。マーティン・スコセッシの代表作「グッドフェローズ」の冒頭、裏手口からコパカバーナに入る著名な長回しのシーンでも使われたナンバー。フィル・スペクター関連の楽曲でもダントツに好きな楽曲なのだが、これだけがどうしても手に入らない。しばしばレコード屋や通販で見かけることはあるのだが、状態が悪いものが多い。これまでターンテーブルに載ることが多かったのであろう。人気盤の宿命とも言える。この「キッスでダウン」をモノラルが描く極上の景色で体験するのが、ここ数年の密かな夢だ。


The Crystals / Then He Kissed Me
(1963年)








みの


ロックバンド “ミノタウロス” として活動しており、YouTubeチャンネル「みのミュージック」は登録者数32.9万人と現在急上昇中。
自身の敬愛するカルチャー紹介を軸としたオンリーワンなチャンネルを運営中。
音楽は勿論、ファッション/漫画など様々な分野を独自の世界観で展開。ミュージシャンや他のクリエイターを招いた対談も積極的に行っている。

みのミュージック:YouTube Channel

Instagram:@lucaspoulshock
Instagram:@minovinyl
Twitter:@lucaspoulshock



みの『戦いの音楽史 逆境を越え 世界を制した 20世紀ポップスの物語』

KADOKAWA
定価:1,760円(税込)
四六判/256ページ
ISBN:9784046051677



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9/4 Sat 19時〜
阿部大樹×みの
「音楽に社会をたずねる」


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