落語 みちの駅

第百十四回 「四月の朝日名人会」
 2021年4月17日(土)14時から第208回朝日名人会が行なわれました。コロナ禍終息未しの状況下、まだ観客数に春は訪れず、少々冬木立ちの風景はさびしいものがありますが、聴き応えはたっぷりだったのではないかと思います。四席体制ですが、終演時刻はほぼ五席時代と変わらずです。

 前座・入船亭扇ぱいさん「たらちね」は柔軟性に富んだまじめな高座で師・扇遊さんの温顔が目に浮かびました。この日、笛で楽屋入りした古今亭志ん丸さんによれば、コロナ以来入門者が激減したそうで、数年後に悪影響があるのではと心配になりましたが、入門者もいないが廃業者もいないということで、そこが寄席業界のセチ辛くないところでしょう。

 二ツ目は花緑門下の柳家花いちさん「だくだく」。十年ほど前、この会で長く前座をつとめてくれた人で真打も遠くないでしょう。

 前座時代は少し頼りなく見えましたが、おもしろいフラが備わってきました。要注目。

 続いて師匠の柳家花緑さんが「明烏」。廓の実在感がなくなった今の時代に廓噺を生かすには情景や進行のグラフィック化が必要で、その点では成功した高座でした。これも近未来が楽しみな好演。

 柳亭市馬さん「万金丹」。大ウケはしないけれど純粋な落語のおもしろさに満ちた噺で久しぶりに堪能しました。近頃の市馬さんには実力者の重みが感じられます。

 仲入り後の一席は古今亭志ん輔さん「宗珉の滝」。志ん生・志ん朝・志ん輔と純粋培養的に歩んできた古今亭のお家芸です。口演がオーバーになると臭くなりかねない噺ですが、今回は抑制が効き、メリハリもたしかな口演で聴き手を引き付けていました。

 人情噺でもなく講談でもなく、むろん落とし噺でもない。そんな独自な空間がまだ落語にはある。そこを…と私はいつも思っています。

第百十四回 「四月の朝日名人会」
柳家花いち「だくだく」


第百十四回 「四月の朝日名人会」
柳家花緑「明烏」


第百十四回 「四月の朝日名人会」
柳亭市馬「万金丹」

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。