ライヴ映画『ポール・マッカートニー&ウイングス ロックショウ』一夜限りのライヴ絶響上映@Zepp東阪

STORY

映画『ポール・マッカートニー&ウイングス “ロックショウ”』

原題|PAUL McCARTNEY AND WINGS "ROCKSHOW"

2013年/アメリカ/130分/16:9/BD/2ch/日本語字幕

© 1976 MPL Communications Ltd

撮影: ジャック・プリーストリー

ビートルズ解散後、ソロ活動を経てポール・マッカートニーが結成したバンドが“ウイングス”。1973年に発表したアルバム『バンド・オン・ザ・ラン』で全米、全英両チャートで1位を獲得、ビートルズに匹敵する人気を獲得している。続いてアルバム『ヴィーナス・アンド・マース』(1975)、『スピード・オブ・サウンド』(1976)を発表するとともに、大規模なワールド・ツアーを敢行、とりわけ1976年5月から6月にかけて行われた全米ツアーでは31回の公演で60万人もの観客動員数を記録している。本作はその1976年の全米ツアー“ウイングス・オーヴァー・アメリカ”から、まさしく絶頂期のステージを捉えたコンサート・フィルムである。

ポール・マッカートニー&ウイングス“ロックショウ”収録曲

  1. ヴィーナス・アンド・マース/ロック・ショー/ジェット Venus And Mars / Rock Show / Jet
  2. レット・ミー・ロール・イット Let Me Roll It
  3. 遥か昔のエジプト精神 Spirits Of Ancient Egypt
  4. メディシン・ジャー Medicine Jar
  5. メイビー・アイム・アメイズド Maybe I'm Amazed
  6. コール・ミー・バック・アゲイン Call Me Back Again
  7. レディ・マドンナ Lady Madonna ★
  8. ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード The Long And Winding Road ★
  9. 007死ぬのは奴らだ Live And Let Die
  10. ピカソの遺言 Picasso's Last Words
  11. リチャード・コーリー Richard Cory
  12. ブルーバード Bluebird
  13. 夢の人 I've Just Seen A Face ★
  14. ブラック・バード Blackbird ★
  15. イエスタデイ Yesterday ★
  16. 幸せのアンサー You Gave Me The Answer
  17. 磁石屋とチタン男 Magneto And Titanium Man
  18. ゴー・ナウ Go Now
  19. マイ・ラヴ My Love
  20. あの娘におせっかい Listen To What The Man Said
  21. 幸せのノック Let 'Em In
  22. やすらぎの時 Time To Hide
  23. 心のラヴ・ソング Silly Love Songs
  24. 愛の証し Beware My Love
  25. ワインカラーの少女 Letting Go
  26. バンド・オン・ザ・ラン Band on the Run
  27. ハイ・ハイ・ハイ Hi Hi Hi
  28. ソイリー Soily

★印はザ・ビートルズの楽曲

ウイングス プロフィール

ザ・ビートルズ解散後、ポール・マッカートニーはソロ名義による『マッカートニー』(1970年)、ポール&リンダ・マッカートニー名義による『ラム』(1971年)の2作を発表した後、アメリカ人セッション・ドラマー、デニー・シーウェル、元ムーディー・ブルースのデニー・レインとともに新バンド、ウイングスを結成している。1971年12月に初のアルバム『ウイングス・ワイルド・ライフ』をリリース。翌年初頭にはジョー・コッカー・バンドやスプーキー・トゥース等での活動歴があるギタリスト、ヘンリー・マックロウを加え、1972年2月に英国の大学を回るツアーを、夏にはヨーロッパ・ツアーを行っている。その後しばらくライヴ活動からは遠ざかるものの、シングル「ハイ・ハイ・ハイ」(1972年12月)、アルバム『レッド・ローズ・スピードウェイ』(1973年4月)、シングル「007 死ぬのは奴らだ」(1973年6月)、アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』(1973年12月)といった作品を発表しヒット、特に『バンド・オン・ザ・ラン』は全世界で600万枚以上のセールを記録するなど、バンドとして大きな成功を収めている。1975年5月、ポール、リンダ、デニーにジミー・マックロウ(ギター/元ストーン・ザ・クロウズ)、ジョー・イングリッシュ(ドラムス)を加えた5人編成で制作された『ヴィーナス・アンド・マース』を発表している。ポール以外のメンバーがリード・ヴォーカルを取るナンバーも収録され、ウイングスというバンドとしてのアイデンティティをこの作品で確立した。この年の9月から“1975-76 Wings Over The World”と銘打って12ヶ国64回公演におよぶ大規模なコンサート・ツアーを行っている。1975年暮れには来日公演も予定されていたが、直前に中止となっている。このツアー中にはアルバムも制作され、1976年3月に『スピード・オブ・サウンド』としてリリース、メンバーそれぞれの個性をさらに前面に打ち出した作風に仕上げられている。また、1976年北米レグのシアトル公演は6万7000人を動員して屋内観客動員記録を樹立、この公演の模様は12月に3枚組アルバム『ウイングス・オーヴァー・アメリカ』としてリリースされた。このツアーの後バンド活動は小休止となりメンバーは個別に活動していたが、1977年に再びウイングスとしてのレコーディングを開始、翌1978年にアルバム『ロンドン・タウン』がリリースされている。1979年6月にはウイングス名義では最後のアルバムとなる『バック・トゥ・ジ・エッグ』を発表、同年秋に英国ツアーを行った後、1980年1月には日本ツアーが予定されていたが、到着した成田空港にて大麻取締法違反と関税法違反で現行犯逮捕される事態となり、1975年に続いて公演中止の憂き目に遭っている。1980年、『ウイングス・オーヴァー・アメリカ』と同じシアトル公演を収めた映画『ロックショウ』が劇場公開されたがグループとしての活動再開はなく、1981年4月にデニー・レインが脱退を表明したことでウイングスは実質的に解散している。