大村サウンドのきらめきは
いまだ色褪せることがない。

文/兼田達矢

 「80年代なんて1980年に始まらない」と言ったのは中上健次だけれど、YMOがアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』をリリースしたのが‘79年9月だから、あるいはそうかもしれない。個人的には、’80年10月の山口百恵の引退から始まったという感覚が強いが、それは70年代が10カ月延びたと捉えるべきだろうか。いずれにしても、音楽的には80年代がシンセサイザーと、それを駆使した打ち込みサウンドの時代であることは間違いない。世界中の音楽家たちが、従来の楽器の演奏では表現し得ない音色とニュアンスを持った音を電子機器で次から次へと作り出すことに熱狂し、それを思い思いの配合と構成で聴かせて、そのオリジナリティを競った時代。作編曲家・大村雅朗が数多くのヒット曲を生み出したのはそういう時代だった。言い換えると、80年代の音楽的な時代感を、日本のポピュラー・ミュージック・シーンにおいて最も色鮮やかに表現してみせた才能、それこそが大村雅朗だった。彼の代表曲のひとつが“甘い記憶”という意味のタイトルであることは象徴的で、その作品の多くは80年代から90年代前半にかけての時期に若い時間を過ごした人々の切なくも愛おしい出来事や風景としっかり結びついている。

「My Revolution」渡辺美里「My Revolution」渡辺美里

 「My Revolution」をはじめ、大村アレンジによる名曲を数多く歌った渡辺美里は、自身のデビュー30周年アルバム『オーディナリーライフ』収録の「A Reason」という曲に大村がアレンジした曲のエッセンスを散りばめるという形で、自身のキャリアに彼がもたらしたものへの深い感謝を表現しているが、その「A Reason」はこれまた大村との縁が深い大江千里の手になるナンバーだ。♪世界を逆向きの物差しで測り始めていたあの夏♪という歌詞はもちろん、ともに新進気鋭のアーティストとしてシーンの注目を浴びていた大江と美里の80年代の記憶だろうが、その当時の彼らの傍には大村がいて、それぞれの音楽的野心を形にする上で欠かせない仲間の一人だった。アルバム『オーディナリーライフ』に大江が提供したもう1曲、「ここから」の♪きみにありがとう/声に出さず何度もささやいてた/無口な情熱 両手からこぼれてた♪という一節は、大村にこそ捧げられるべきフレーズかもしれない。

   ところで、大村の音楽の印象は、積極的に打ち込みを使っていながらも、一般的な打ち込みサウンドのイメージからは最も遠いところにあると言っていい。しなやかで、仰々しいところがなく、しばしば優雅でさえある。それは、あくまでもシンガー・ファーストを旨とし、その上でイントロや間奏の演出、あるいは周到なヴォイシングで自らの個性を印象づけるためのツールとして、シンセサイザーや打ち込みサウンドを使っていたからだろう。先進的な洋楽の要素を効果的に取り入れ、しかもシンガーの歌に優しく寄り添ってくれる作編曲家。売れっ子にならないわけがない。

「そして僕は途方に暮れる」大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」大沢誉志幸

   結果、同時並行的に様々なアーティストの楽曲を手がけることになるから、そのアーティストや楽曲が不思議な縁でつながることも少なくなかっただろう。例えば、1983年12月にリリースされた山下久美子のシングル「LOVIN’ YOU」を担当したディレクターの証言によれば、そのリリースのために彼は山下の前作アルバム『Sophia』のサウンド・プロデュースを担当したヒュー・マクラッケンと、旧知の大沢誉志幸に、当時世界的大ヒットを記録していたポリスの「見つめていたい」のような、「ゆっくりとした8ビートのラブソング」を発注し、送られてきた2曲からマクラッケンの楽曲を採用して大村にアレンジを依頼した。不採用となったもうひとつの楽曲は大沢のところに戻り、翌年これも大村のアレンジを得て世に出ることになる。その曲のタイトルは「そして僕は途方に暮れる」、大村の最高傑作のひとつと言われるナンバーだ。

「謝肉祭」山口百恵「謝肉祭」山口百恵

   山下のディレクターがそうであったように、心あるディレクターの多くは大村がアレンジした曲に衝撃を受け、“機会があれば自分も”と考えた。松田聖子を見出したディレクター、若松宗雄は山口百恵の「謝肉祭」という曲の大村アレンジを聴いて、松田聖子楽曲のアレンジの依頼を決めたという。

   松田聖子音楽の魅力をどこに見て取るか? 様々な意見があるだろうが、松本隆の詞と大村のサウンドが作り出す世界にひとつの完成を見る人は少なくないはずだ。その世界では、登場人物たちはいつでも少しはにかんでいる。彼ら、彼女らがまとっているその含羞の色に相応して、大村のサウンドは決して出しゃばることがない。それでいて必要なものがすべて確かな意味と十分な内容を持って用意された、過不足のないサウンド。しっかり時代と切り結びながら、同時にスタンダートの味わいを備えたサウンドに、リスナーはその時代のときめきと感傷を重ね合わせ、ずいぶんと時を経た今もその感覚は変わらず反芻される。

   大村雅朗のブレイクは、1978年の八神純子のヒット曲「みずいろの雨」のアレンジがきっかけとされている。やはり「80年代なんて1980年に始まらない」のか。おそらくは、大村が時代を先取りしていたのだろう。

   そして、時代は巡る。しかし、大村サウンドのきらめきはいまだ色褪せることがない。

大村雅朗編曲の代表的なヒット曲

●「みずいろの雨」八神純子(1978年9月5日)2位 作詞:三浦徳子/作曲:八神純子/編曲:大村雅朗

●「SACHIKO」ばんばひろふみ(1979年9月21日)2位 作詞:小泉長一郎/作曲:馬場章幸/編曲:大村雅朗「SACHICO」ばんばひろふみ

●「きみの朝」岸田智史(1979年3月21日)1位 作詞:岡本おさみ/作曲:岸田智史/編曲:大村雅朗「きみの朝」岸田智史

●「謝肉祭」山口百恵(1980年3月21日)4位 作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童/編曲:大村雅朗

●「青い珊瑚礁」松田聖子(1980年7月1日)2位 作詞:三浦徳子/作曲:小田裕一郎/編曲:大村雅朗

●「スマイル・フォー・ミー」河合奈保子(1981年6月1日)4位 作詞:竜真知子/作曲:馬飼野康二/編曲:大村雅朗

●「SOMEDAY」佐野元春(1981年6月25日) 作詞:佐野元春/作曲:佐野元春/ストリングス編曲:大村雅朗「SOMEDAY」佐野元春

●「さよなら模様」伊藤敏博(1981年8月25日) 作詞:伊藤敏博/作曲:伊藤敏博/編曲:大村雅朗

●「約束」渡辺徹(1982年8月25日)2位 作詞:大津あきら/作曲:鈴木キサブロー/編曲:大村雅朗「約束」渡辺徹

●「SWEET MEMORIES」松田聖子(1983年8月1日)1位 作詞:松本隆/作曲:大村雅朗/編曲:大村雅朗「SWEET MEMORIES」松田聖子

●「モニカ」吉川晃司(1984年2月1日)4位 作詞:三浦徳子/作曲:NOBODY/編曲:大村雅朗

●「メイン・テーマ」薬師丸ひろ子(1984年5月16日)2位 作詞:松本隆/作曲:南佳孝/編曲:大村雅朗

●「そして僕は途方に暮れる」大沢誉志幸(1984年9月21日) 作詞:銀色夏生/作曲:大沢誉志幸/編曲:大村雅朗

●「早春物語」原田知世(1985年7月17日)4位 作詞:康珍化/作曲:中崎英也/編曲:大村雅朗

●「My Revolution」渡辺美里(1986年1月22日)1位 作詞:川村真澄/作曲:小室哲哉/編曲:大村雅朗

●「ツイてるねノッてるね」中山美穂(1986年8月21日) 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:大村雅朗

●「水のルージュ」小泉今日子(1987年2月25日)1位 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:大村雅朗

●「格好悪いふられ方」大江千里(1991年7月18日)2位 作詞:大江千里/作曲:大江千里/編曲:大村雅朗「格好悪いふられ方」大江千里

【otonano編集部調べ】 *順位はオリコン最高位/年月日はシングル発売日

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