『ひとりぼっちのあなたに ~村下孝蔵選曲集~』
須藤晃 スペシャル・インタビュー

村下さんとは最初から決めていました。人が便利さを求める過程でどうしても忘れて置いていってしまうものに焦点を当てて、きれいな日本語で歌を作っていきましょうと。

スペシャル・インタビュー須藤晃

須藤晃
(プロデューサー)

村下孝蔵の最新企画盤『ひとりぼっちのあなたに~村下孝蔵選曲集~』が発売中だ。「熱心なファンも新しいリスナーも何かを感じてくれるアルバム」と語るのは、かつて村下孝蔵と二人三脚で音楽を作り続けたプロデューサー・須藤晃。多くの人々に届けたい、特別な“2枚組”に込められた想いとは──。

村下さんの楽曲は全部で200曲ぐらいあるんですけど、今回は、自分が村下さんと一緒に作品を作っていた時代から、想い出深いものであったり、個人的にわりと好きな曲を選んでみました。

── 今回の2枚組企画盤『ひとりぼっちのあなたに~村下孝蔵選曲集~』は、ライヴのMC集が付いているということがわかりやすい特徴だと思います。それとコンセプチュアルな選曲という、2本立てのイメージでよろしいでしょうか。

須藤  そうですね。最初はガチガチのコンセプトを決めるというより、「誰かが選んだプレイリスト」的な発想だったんです。そうすると、選んだ人によって今までのアルバムとは全然違う感じになるだろうから。「どうですか?」 と福田さん(制作担当)に提案したんですけど、まさかそれが最終的に僕のプレイリストになるとは思ってなくてね(笑)。でも、これまでの企画盤の曲も選んできたのは僕なので、今回は「プロデューサーとしてこういうものもありますよ」みたいに紹介するというよりは、自分が村下さんと一緒に作品を作っていた時代から、想い出深いものであったり、個人的にわりと好きな曲を選んでみました。村下さんの楽曲は全部で200曲ぐらいあるんですけど、今までそういう選び方はしたことがなかったので、今回は福田さんの「是非」という声に甘えてやらせてもらおうかなと。

── ライヴのMC集をリリースするというアイデアを制作担当者から最初に聞いた時には、須藤さんはどう思われたんですか。

須藤  ライヴで村下さんは喋り出すと長いんですよ。基本的にフォークの人だから。ファンじゃなかったら聴いていてあまり面白くない話なんですけど(笑)。でも、それはそれで村下さんの味になるだろうなと思いましたね。通常、ライヴ盤みたいなものを出す場合にはMC部分をわざわざカットしているわけですよね。だから、普段は捨てているところをなんか料理して……例えば大根の葉っぱでもバターで炒めるとけっこう美味かったりするから(笑)。だから逆に「そういう発想でMC集をやろう!」というのは僕が言いました。

── Disc1の選曲とライヴMCのDisc2の構成が関連づけて行われているような印象を持ったんですが、いかがですか。

須藤  この2枚に直接な相互関係みたいなものはないですよ。とにかく、残っていた膨大なMCを聞くという確認作業がまず大変だったんです。ひとつのツアーで10〜15本ぐらいやるとしたら、ステージで喋っていることはほとんど一緒だと思うじゃないですか。もちろん必ず喋る話もあるのですが、でも、村下さんは台本みたいなものがあって喋るわけではないので。訪れたその街の話をしたり、乗ってくるとその前の日にあったこととか、人との会話の中から生まれたことを、わりと面白おかしくアドリブみたいな感じで喋るところもあるんです。だからこれは一応全部聞き直さないとまずいだろうなと思ってね(笑)。その作業が物理的に大変でした。Disc1のほうは、なるべく今までのベスト盤の中に入っていない曲を選ぼうと意識しながら、村下さんとほぼふたりきりで作っていた時の記憶みたいなものがわりと鮮明にある曲を中心に選びました。今となっては想い出でしかないんですけどね……。だからこのCDを買ってくれた人たちはきっと今までのベストとは違う味わいを感じてくれると思いますけどね。

須藤晃

ギターがめちゃくちゃ巧かったんですよ。しかも村下さんは歌っている時よりギターを弾いてる時のほうがずっと楽しそうだった(笑)。

── Disc2のMC集については、ここをピックアップしようという、その基準みたいなことは何か意識されましたか。

須藤  まず村下さんは、ギターがめちゃくちゃ巧かったんですよ。ライヴ中に本編とは別に遊びっていうか、ふざけて生ギターでブルースを弾いたり、ベンチャーズのフレーズを弾いたりしている曲は、今までも収録したことがあるんですけど。それをあらためてひとつの楽曲として入れることには僕はどうしても違和感があったんですね。例えば「踊り子」みたいな曲があって、その次にベンチャーズの「パイプライン」のカヴァーが入っていると、やっぱり変でしょ。だから、ステージの喋りの中で村下さんのギターの上手さがわかるようなものっていうので……。しかも村下さんは歌っている時よりギターを弾いてる時のほうがずっと楽しそうなんですよ(笑)。その雰囲気を多くの人に味わってもらおうと思ったので、ベンチャーズの曲を2曲やってMCしているのを入れたんですけど(Disc2-6 1996年7月11日・日清パワーステーション)、「自分はひとつ間違えると、こっちの道に行ってたんじゃないか」みたいなことを嬉しそうに言っているんです。「行ってないよ!」と言ってやりたかったですね(笑)。

── 思わず心の中でつっこんでしまった(笑)。

須藤  つっこみますよね(笑)。あれだけ歌が上手で叙情的な美しい日本語作品を披露しながら、ベンチャーズのインストを演奏するという違和感がまた面白いですよね。しかも、あれがヴァン・ヘイレンだったら全然面白くないんです。僕と村下さんは同い年なんですけど、自分たちが音楽に目覚めていく時に、ギター演奏グループとしてベンチャーズの存在というのはすごくデカかったわけですよ。特にギターを弾く人にとってみたら、簡単なお手本にすらならない、神様みたいな人たちだから。それを村下さんは多分寝る間も惜しんで練習していたんだと思うんです。ほぼ完コピしてるんですよね。今、生ギターを演奏している人であんなふうにギター弾ける人ってまずいないですから。今回もし初めて村下孝蔵のCDを買って、ギター演奏を聴いた人はけっこうたまげると思います。だから、村下孝蔵とギターとの関係みたいなものを彼自身がいろいろ喋っているところは、今回は絶対に入れたかったですね。

── テレビでの演奏印象は薄いですね。

須藤  テレビ向きの人ではなかったので、たくさんは出てないですけど、全く出てないわけでもなかったんですよね。一番ヒットした「初恋」のモデルになったと言われる女性をテレビ局のスタッフが探してきて番組のなかで会わせたという事件みたいなものがあったんですけど、その時の話というのが、もちろん僕は直接聞いていて、これがものすごく面白い話なんですよ。その話をライヴのMCで言っているテイクもどうしても入れたいなと思ってね。それは何回かステージでも喋っているんですけど、一番面白いテイクを入れました。

── 今回(Disc2-5 1997年7月11日・石川)がベストテイクということですね(笑)。

須藤  そう(笑)。村下孝蔵というアーティストの人間性というか、独特の感じをものすごく表している逸話だと思うんです。テレビ局のスタッフが探してきてご対面となった時に、反射的にそう言わなきゃいけないと思って「全然変わってないですね」と言おうとしながら「全然……」と言ったところで言葉に詰まってしまったという(笑)。あの話が一番おかしかったですね。リアルだしね。あれだけヒットした曲だから、テレビ番組のコーナーでも取り上げられるんだけど、もしあの曲をヒットさせるために僕らレコード会社側とかが仕組んだ企画だったら、台無しになっていたと思います。「初恋」というのは’83年の年間チャートのベスト20に入るくらい本当に売れた曲だったですが、村下さんはそのヒットした時に一度もテレビの音楽番組で歌っていないんですよ。だから逆にものすごくあの曲のイメージはよくて、みんな番組が飛びついたわけですよね。“初恋”という清廉なイメージも含めてね。

── 会場との関係性は。

須藤  これは僕の信念なんですけど、どのアーティストも大きな会場でやるより小さな会場で演奏したほうがいいんですよね。当たり前ですけどお客さんの目というか、全部その……。

── 息遣いとかが。

須藤  そうそう。そこが感じられるから。ライヴハウスみたいなところでやっていると、一番奥にいる人たちも歌に反応して泣いたりうなずいたり、笑ったりしていることを一緒に感じられるじゃないですか。村下さんのライヴはそこが強みだったと思うし。それに、コンサートが始まってお客さんの心を掴むまでの自然な流れが彼は本当に素晴らしかったので、今ライヴをやっている若い子たちにも聞いてもらいたいなと思って、そういう話を選びました。

── 編集作業は苦労もしたのでは。

須藤  会場がバラバラだし演奏ではなくMCだから音響のばらつきがすごくてね。マスタリングで苦労しました。最初に上がってきたものを聴くと、ものすごくSN比が悪いというかシャーって音がしてたり。それに、そもそも歌じゃないからぼそぼそ喋ったりしていて、何言ってるかわからなかったら入れてる意味がないので省いたり。でも面白い話は再生したいですから、わかりやすく聞こえるようにエンジニアの人にはいろいろ試行錯誤してもらいましたね。そのぶん思いのほか、時間がかかりましたけどね。でも、出来上がったものを聴いて、ああ丁寧に施してよかったなとは思いました。

須藤晃

村下さんは良くも悪くも僕と同じただの田舎っぺなんです(笑)。だからこそこの人とは良い作品を作れると思ったんです。

── 細かいことをひとつ確認させてください。MC集のDisc2だけ「村下孝蔵です」というディスクタイトルが付いていますが、そこには何か意味があるんでしょうか。

須藤  あ、これね。ほらDisc1は選曲集だからいいんですけど。Disc2はアタマで「村下孝蔵です」と言っているから付けただけで、特別な意味はないです。呼ぶときに「ディスク2」と呼ぶのも変かなと思ってね(笑)。アルバム全体が『ひとりぼっちのあなたに』というタイトルの中、村下さんのことがずっと好きな方も、初めて興味を持った人たちも選曲集のDisc1を聴ききながら世界観に浸った後に、Disc2「村下孝蔵です」このMC集を聴くと、やっぱり何かを感じると思いますよ。

── “この人、ライヴではこんなに朴訥とした感じなんだ”っていう。そういう、いい意味でのギャップみたいなものを感じました。

須藤  それはすごく気を遣った言い方ですよね。僕に言わせれば、良くも悪くもただの田舎っぺなんです(笑)、村下孝蔵って。ギターは巧いし、声もいい。でも作品の競争相手は世界中から集まってきたアスリートたち。彼らと一緒にシーンを走らなきゃいけないわけですよね。だから作品としてのクオリティというか、その時代に共鳴するのか、どういう歌詞の言葉が世界観が作り上げるのか、サウンドはどういうものがリスナーを求めているのかということを僕らはつねに考えながらやっていますから。だからいまCDだけ聴くといかにもスマートな感じがします。でも、実際はただの田舎っぺですから(笑)。何回も言いますけど。ギターは巧いし、声も良くて、歌も素晴らしいからこそ、競争相手と同じフィールドに立つことが出来たんです。でも普段の彼は本当に朴訥で、田んぼのあぜ道を散歩してる親父みたいなほうが似合ってるタイプなんですよね。僕は、そこが大好きだったです。自分も元々、田舎っぺなので。遠くに故郷があって、東京の人間ではない。自分のイメージの中にある原風景みたいなものは、ビルが立ち並ぶような街ではないですよ。そこのところで、村下さんとは共通のものを持っていたんですよね。一緒にやろうと決める前に、彼の故郷の広島まで行って何度か話して、“あ、この人は自分と同じただの田舎っぺだ”と思った時に一緒に作品をつくれると思ったんです。一緒に仕事ができると。

── その共通した部分を作品化していけば、きっとヒットが生まれるだろう、と?

須藤  正直ね、僕の中には、レコードを売ろう!なんて気持ちは全くなかったです。今もないんですけどね。この人がどういう作品を作るのか? どういうモチベーションで作品を作り続け、歌い続けるのか? そこだけがつねにひっかかるんです。彼の場合は、好きだった人とうまくいかなかった。まあ失恋ですよね。簡単に言うと。その痛みみたいなものが原動力になっている。僕が最初に聴いた「松山行きフェリー」という曲も、好きだった子が引っ越しで広島から松山の方にフェリーで行くのを丘の上から見て手を振ってた、みたいなことを真剣に、きれいな目で歌う感じに惹かれたんです。売れるかどうかわからなかったけど、これだけふくよかな声をしてる人だから、一生懸命いい作品を作れば、そのうち認められるんじゃないかなあみたいなことを思ったんです。それが僕の村下孝蔵の原風景です。今でも覚えてますけど、その当時のCBS・ソニーの人間は、「絶対売れないよ、こんなやつ!」と言う大勢と、一部に「頑張って丁寧に作っていたらこいつ大ヒット出すぞ」という人たちがいました。

須藤晃

村下さんの歌声は、その言葉の持ってる意味合いをはるかに越えて、リスナーの耳に飛び込んでいくんです。

── 結果的には「大ヒット出す」ほうが正解でしたね。

須藤  僕は当時も今でも思うんですけど、ポピュラー音楽の良し悪しって最終的には特徴のある声と、本人の歌の表現力だと思うんですよ。歌詞にこだわっている音楽プロデューサーみたいなことを僕は昔からよく言われるんですけど、歌詞にこだわるのは当たり前じゃないか!と思うんです。そんななか、村下さんは歌詞もすば抜けて素晴らしい方だった。例えば「アイウエオ、カキクケコ、サシスセソ」と歌っても、ものすごくいい感じに耳に飛び込んでくるんです。つまり、その言葉の持ってる意味合いをはるかに越えて、リスナーに耳に飛び込んでいくんです。“この人は最終的にナンバーワンになるんじゃないかな”という予感は、仕事をし始めて1年ぐらいで抱いていましたね。

── 『ひとりぼっちのあなたに』アルバムの制作ノートに須藤さんは「村下さんの音楽には嬉しい感情も悲しい感情もいろんな感情が全部含まれていて、そういう感情をきれいな日本語で表現するということをずっと一生懸命二人でやってきました」と書かれています。そういう方向性はどれくらいの時期から意識化されてきたものなんですか。

須藤  それはもう最初からです。きれいな日本語ということには実はすごくこだわっています。世の中がどんどんどんどん便利になるということは、何かが損なわれていくわけじゃないですか。当たり前ですよね。80年代初め、そういう過程でこれからもっと振り落とされてくるものがいっぱい出てくるだろうなと思ったんで、人が便利さを求めてどうしても忘れていってしまうものに焦点を当てて歌を作ろうというのは決めていたんですね。素晴らしい言葉を持った村下さんとそれをきれいな日本語で表現しよう、と。

── なるほど。

須藤  僕自身、元々詩が好きだったし。例えば北原白秋だったり、与謝野晶子だったり石川啄木みたいな歌人が美しい日本語で歌の世界を作ってきたわけです。さらに万葉集の時代も含め、日本の詩の伝統を踏まえて日本語の持っている響きみたいなものを大切にした表現を誰かが現代の歌の世界でやってないとやばいんじゃないかなという思いもありました。井上陽水さんや吉田拓郎さんという人たちが僕らの世代の上にいましたが、ああいうふうに自分の言葉で、しかもわかりやすくきれいな日本語で作品を作り歌っていてる人にものすごく惹かれたので。伊勢正三さんだってね、かぐや姫もそうですし、イルカさんもそうだし。そういう人のフォロワーに村下孝蔵がなっていったらいいなって。そういう意識はありました。

── 失恋という形で大事なものを喪って、それを恋しく思う心情が気持ちの真ん中にある人だということ。それが村下さんの創作のモチベーションになっているということを最初の頃から感じていらしたんですか。

須藤  それは村下さんの素顔を知らなくても、作品から充分そう感じるんじゃないですか。例えば村下孝蔵という人のアーティスト写真を見れば、エネルギーに満ち溢れた感じの男ではないんことは一目瞭然ですよね。どちらかというと喪失感の男ですよ。叙情派フォークがその前にすごく流行って、そういう系列にあるとは思ってはいたんですけど、実際に彼は人を元気付けたり発奮させたりするようなことがすごく不得意な人で、内省的なんですよね。だからこそ僕としてはね、村下さんのきれいな言葉と歌声を背景に、そういう人たちの共感を得るような歌を作りたいなというのはいつも思ってました。

── ふたりの作業だったんですね。

須藤  彼のルーツは映画音楽なんですけど、そういうものの中からインスパイアされたメロディラインをほぼ先にこしらえて、僕に送ってくれるんですよ。当時はカセットテープでしたけど。それを聴いて、「村下さん、この曲はこういう詞のコンセプトで行きませんか」みたいなことを僕が提案して、そこから楽曲作りが始まります。当時の多くの制作陣がやっていたようなに2カ月ぐらいでバーッと完成させてというのではなくて、1年を通してちょっとずつ作っていました。何に追われるのでもなく。だから作品のクオリティが高いんだと思います。

── 村下さんの喪失感、村下さんが感じていた寂しさについての話ですが、今回選曲された曲でも、例えば「初恋」では♪恋をして 寂しくて♪と歌われていて、好きな人がいるからその人と一緒にいない時寂しく感じるというのは実感としてわかるんですが、一方で「同窓会」という曲では♪人恋しくて/一人も好きで♪と歌っています。ちょっと硬い言い方になりますが、村下さんの寂しさの質、孤独の有り様というのは多面的というか、ただ好きな人への思いが通じないから、みたいな単純な話でもないのかなと思うんです。

須藤  それは、なぜ人を好きになると悲しいのかという問題なんですよね。それは簡単なことなんです。その人とずっと一緒にいたいと思うけど絶対に叶わないからなんですよ。必ず人は死ぬからなんです。それは遺伝子の中に組み込まれてしまっているんだと思うんですよ。好きだと思えば思うほど、いつかは離れなきゃいけないということを意識するから、だから悲しいんです。本当に人を愛してしまうと、必ず別れが来ることがわかっているわけです。村下さんも歳を取っていくに従って、より孤独感の質が変わっていくというか。そういうことだったんだと思いますね。

── うまくいかなくなった夫婦が別れる「大安吉日」という曲が一曲目に据えられているのも、そういう人生観が須藤さんの意識のベースにあったからですか。

須藤  そうですね。だいたいアルバムのタイトルが『ひとりぼっちのあなたに』ですから。人間なんて、所詮孤独なんですよ。恋人と一緒にいる、夫婦で一緒にいる、家族みんなで一緒にいると言っても、ひとりひとりは孤独じゃないですか。よく言われていることだけど、人間ってやっぱりひとりで生まれてひとりで死んでいくというか、孤独なんだと思うんですよね。だから僕の思いとしてはね、村下さんの主なるファン層の50、60代の方に向けて、「誰でもひとりぼっちなんだから、それをもう受け入れたほうが気が楽だよ。村下さんの歌を聴けばわかるじゃない」ということなんです。「イェーイ!今日はお祭りで最高だぜ!」みたいな歌はここにはひとつもないわけで。大安吉日に結婚式をやるということ自体、ある意味では全く意味のないことでしょ。村下さんの歌の深さというのはそこなんですよ。それこそ太宰治なり寺山修司なりが小説や演劇で表現しようとしたことを3分半ぐらいで表現しきっていると僕は思うんです。

須藤晃

村下さんは、自分が歌うことによってみんなが笑顔になる。自分の歌にはそういうことができる力があると信じていたから最後まで歌い続けたんじゃないかな。

── さらに今回の制作ノートには、「幸せの鍵は明るさなんだけれども、悲しみや痛みみたいなものも背負いこんだ上での明るさなんだ」ということも書かれています。さっき言われたように、「ひとりぼっちなんだよと思ったほうが幸せじゃないかということが今回のメッセージなんだ」と。

須藤  そうですね、そういうことです。人間は言葉もあって考える力があるから、いろんなことに悩むけど、自分がミミズみたいな存在だとしたら、そんなこと考える必要がないでしょ。それに近いことを村下さんともよく話していました。受け入れるというんですかね、人としての現実を。こうやってあえて言葉すると大げさな感じになりますけどね。

── いろんなアーティストにお話を聞く中で、例えば「自分にとって歌うということが最良の自己顕示の方法だと思ってるから歌うんです」と説明する方もいるし、「他のやり方では絶対に口にできないような言葉を歌という形だったら口にできるから、言えないことが言えるから歌うんです」と説明される方もいたりするわけですが……。

須藤  それは、村下さん、全部じゃないですか。自分を表現するのに歌じゃなきゃダメだと思うのも、自己顕示のこともあるだろうし、歌えば人が喜ぶっていうのもあっただろうし。人間にとって一番幸せなことってなんだろう?と考えたら、それは人を喜ばせることなんですよ。これは確信があるんです。人間が一番幸せを感じるのは人の笑顔なんです。自分の笑顔じゃないんです。だから自分は悲しくても自分が何かやったことでみんなニコニコしていたら、それが自分にとって一番嬉しいことなんです。村下さんは、自分が歌うことによってみんなが笑顔になる。泣いたりもするけど、悔しくて泣いているわけじゃないからね。感動して泣いているわけだから。自分の歌にはそういうことができる力があると信じていたから最後まで歌い続けたんじゃないかな。

── いちばん近くにいた須藤さんだから言える言葉ですね。

須藤  実は僕は、村下さんの曲のなかで最も優れてる曲は「同窓会」だと思うんです。それはなぜかというと最後に行き着いたところだからですよ。結果的に晩年に作った曲ということになりますけど、本人はもっともっと先に行くつもりだったんですよね。でも僕は出来上がった時に“うわあ、すごいのできたな”と思ったんです。村下さんは「ロマンスカー」が一番好きだと言っていたけれど、僕は「同窓会」が一番好きです。一番好きというか、一番すごいなと思って。あんな作品作れる人っていないと思いますよ。震災の後にね、僕の会社で勤めていた人が、130kgぐらいある太った男なんですけど、彼が会社を辞めて東北の実家に帰るという話になったんです。それで、お酒飲んだりしながら送別会やっていた時に、彼がギター持ってきて、村下さんの「同窓会」が好きだからって歌い出して、泣いたんですよ。もう全員が涙流して。僕は泣かなかったですけど、でも嬉しかったですよ。あの曲を作って村下さんが亡くなったんで……。自分としてはアマチュアの彼と会って、結局アルバム20枚ぐらい一緒にやったのかな。その最後にあれに行き着いたんで、村下さんが亡くなったことは本当に残念ですけど、でもあそこに行き着いたことはとても誇りに思っているし、嬉しいことだといまも思っています。

インタビュー・文/兼田達矢 写真/島田香

須藤晃

須藤晃(すどう・あきら)

音楽プロデューサー・作家。1952年8月6日 富山県生まれ。1977年東京大学英米文学科卒業後、株式会社CBS・ソニー(当時)入社。1996年より株式会社カリントファクトリー主宰。尾崎豊、村下孝蔵、浜田省吾、玉置浩二らを担当し音楽制作のパートナーとして数々の名曲を発表。

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『ひとりぼっちのあなたに
~村下孝蔵選曲集~』
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『ひとりぼっちのあなたに
~村下孝蔵選曲集~』
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ひとりぼっちのあなたに ~村下孝蔵選曲集~
発売予定日:2017年6月21日
品番:MHCL 30462-3
価格:\3,240+税
規格:CD2枚組 Blu-spec CD2(高品質CD)仕様
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