Sony Music Direct Presents otonano
詢風 ~吟詠の世界~ 石原詢子

石原詢子デビュー30周年記念 詩吟アルバム
「詢風~吟詠の世界~」

2018年9月5日発売

家元である父親の元で4歳から指導を受け12歳で師範代となった石原詢子にとって、詩吟は表現の原点。今年から揖水流詢風会と名付けて詩吟教室も開設している石原詢子が、デビュー以来初めてとなる詩吟アルバムを発売致します。

これまで発表してきた「明日坂(詩吟「宝船」入り)」、「寿 契り酒(詩吟「結婚を賀す」入り)」等の曲に加え、この度新たに録音した作品も収録しました。2007年発売シングル「淡墨桜」は今回新たに録音した自作の詩吟を加えたバージョンを収録。尺八と琴による詩吟の基本伴奏では「偶成」、「富士山」を録音。新たなスタイルとしては、フルートの伴奏で「山行」を収録しています。「本能寺」はナレーションを入れて詩吟の内容を解説する、構成吟という形で録音しました。詩吟入りの定番曲は今回「白虎隊」、「黒田節」の2曲を新録音。

ブックレットは、石原詢子自身による各曲のコメントを掲載。詩吟愛好家に向けて、「偶成」のガイドメロディー入りカラオケを収録、さらにボーカル譜面も掲載しました。


「詢風~吟詠の世界~」
2018年9月5日発売

MHCL 2767  ¥2,778+税

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<収録曲> ※( )内は録音年

  • 01. 淡墨桜 詩吟入り (2018年)
  • 02. 黒田節(詩吟「名槍日本号」入り) (2018年)
  • 03. 詩吟「山行」 (2018年)
  • 04. 詩吟「稗搗之歌」(石原悦子名義 初CD化音源) (1978年)
  • 05. 明日坂(詩吟「宝船」入り) (2004年)
  • 06. 詩吟「偶成」 (2018年)
  • 07. 武田節(詩吟「風林火山」入り) (2007年)
  • 08. 富士山 (2018年)
  • 09. 構成吟「本能寺」 (2018年)
  • 10. 詩吟「結婚を賀す」 (2007年)
  • 11. 寿 契り酒(詩吟「結婚を賀す」入り) (2008年)
  • 12. 詩吟「月夜聞荒城曲」 (CD初収録ライブ音源) (2003年)
  • 13. 細石~さざれいし~(詩吟「細石」入り) (2018年)
  • 14. ほたるのふる里(詩吟「何事も」入り) (2003年)
  • 15. 白虎隊(詩吟「白虎隊」入り (2018年)
  • 16. 詩吟「偶成」(ガイドメロディー入りカラオケ)

私は、父が大好きで、幼い頃どこに行くにも父から離れなかったそうです。
父が詩吟の生徒さんに教える時も、大人しく横に座り、父の教える姿を見て一緒に声を出して練習しだしたのが、私の吟の道の始まりでした。
私の人生に欠くことが出来ないのが詩吟です。
幼少時代、特にこの頃の父は厳しく、青春時代も詩吟に捧げたような気がいたします。
歌手になってからも、私の特技として詩吟は私に寄り添ってくれています。
この度、〝吟詠の世界〟を、そして私の吟の道、歩んできた足跡を、この一枚のCDに収めました。
詩吟の魅力を感じて頂ければ幸いです。

石原 詢子

【石原詢子自身による 各曲説明】(付属ブックレットより抜粋)

1.淡墨桜うすずみざくら(詩吟「淡墨桜」入り)

2007年3月7日にシングルとして発売。
「淡墨桜」は私のふる里岐阜県、本巣市の根尾谷の淡墨公園にある一本桜です。
樹齢1500年以上と言われる古木で国の天然記念物に指定されています。
私の母は59歳で他界しましたが、母の生き様は今でも鮮明に覚えております。
凛と生きる母の姿はまるで〝淡墨桜〟のようです。
今回、私の楽曲の中で一節の詩吟を付けてこのアルバムに入れるとしたら、「淡墨桜」しかない!と思い、収録いたしました。
詩吟の部分の詩は私の作詩したものです。

2.黒田節(詩吟「名槍日本めいそうにっぽん号」入り)

黒田藩士母里太兵衛は、広島藩主福島正則の城へ赴く。
太兵衛は元来酒好きであったが、今回の使命は重大であるから呑まぬ事にしていた。
一徹者の正則に酒を強いられ、二升、一升、五合の三段重ねの大杯を注がれた酒を呑みほして満座の人を驚かした。彼は広島城の中、今様の一節を歌い且つ舞い、約束だからと言って正則秘蔵の名槍「日本号」を拝領して引き上げたのです。
この黒田武士の意気を今様歌に作ったのが大いに流行して黒田節となりました。

3.山行さんこう

遠い所からやって来て晩秋の山に登ると、石の多い小道が斜めに続いている。
遥か向こうの山に白雲がかかっているが、あのような高い場所に人家があるとは...
私は車を停めて、ふと晩秋の夕景を楽しんでいた。
霜によって色づいた楓の葉は、2月に咲く花よりも一層赤々と見事である。

4.稗搗之歌ひえつきのうた

屋島・壇の浦の戦に敗れて滅亡した平家の末路は憐れむばかりであった。生き残った者達のうち、宮崎の上椎葉にのがれて隠れ住む一行があった。その生活の煙が山深い処に見える。
源氏の将・那須大八郎は平家追討の任を帯びてこの地に来たが、鶴富姫と相愛の仲となり討伐することを忘れてしまう。やがて大八郎は鎌倉へ呼びもどされ二人はその後再び逢えず、鶴富姫は大八郎との間に生まれた子供を育てながら寂しい生涯を送った。
稗搗節といわれる民謡は二人のこの悲しい物語を歌にしたものであるが、その昔から永く歌いつがれている。

5.明日坂 (詩吟「宝船」入り)

この曲は1992年11月10日(火)に発売された「石原詢子最新ヒット全曲集」の中に収録され、その後何度もアルバムに入れ、キャンペーン等で歌う機会が増え、2002年2月20日(水)発売の「あなたと生きる」のカップリング曲として発売し、いよいよ人気が高まり、シングル曲として2004年1月21日(水)に発売された、下剋上のような曲です。
一番最初に発売されたアルバムの時は、父がまだ健在で詩吟の部分は指導してもらいました。

6.偶成ぐうせい

いつまでも厚顔の美少年ではいられない。
そして学問といい事業といい、一朝一夕で到達するものではない。道は険しく遠いのである
若いうちはまだ先があると思って勉強に必死にならないが、すぐに年月は過ぎ年をとり何も学べないで終ってしまう。
「まだ夢は覚めぬのか、庭先の青桐の葉が落ちてしまうぞ!」わずかな時間も無駄にしてはならない。

7.武田節 (詩吟「風林火山」入り)

疾風のように速く動くかと思えば、林のように静まりかえり、烈火の勢いで襲撃するかと思いきや、山のように微動だにしない。

8.富士山 

雲の上に高くそびえる富士山の頂には仙人が来て遊ぶと言われ、また洞中の深い淵には神竜が昔から棲んでいるとも言われている。雪は白い絹のように真白く、峰のあたり雲煙は扇の柄のようである。
その様はまるで白扇をさかさまにして東海の天にかけたようである。

9.本能寺 (構成吟)

このアルバムの中で古詩を吟じるのは初めてです。
古詩は、沢山ある絶句より長い吟になります。
特に今回はナレーション、効果音などを入れた「構成吟」としてお楽しみ頂きます。
私が古詩を吟じるようになったのは、小学校高学年になった頃です。
師範の試験には必須でしたから。
歴史好きな私はすぐにこの詩を頭に入れました。

10.結婚を賀す 

夫婦になるのは前世からの因縁であるから同心一体となって、天にそむいてはならない。
人生の行路は決して容易ではない。妻は貞節を守り、夫は妻を信頼せしめる賢明さがなくてはならない。

11.寿 契り酒 (詩吟「結婚を賀す」入り)

私の20周年記念曲です。
シングルの中で祝い唄は初めてでした。
詩吟には祝吟はとても多く、その中から〝結婚を賀す〟は挿入しています。

12.月夜げつや荒城の曲を聞く

栄枯盛衰はこの世の常である。わずかの間の夢にすぎない。
時が経てば、お互いの喜びや、うらみの情も、ことごとく雲か霞のように消えてしまう。
月の光の中であの荒城の曲を聴いていると、栄枯盛衰のあとがしのばれて、哀愁切々と胸を打たれる。

13.細石~さざれいし (詩吟「細石」入り)

ふる里の岐阜県には「君が代」の歌詞の由来となったといわれるさざれ石があり、県の天然記念物に指定されています。さざれ石は漢字ですと、〝細かい石〟と書きますが、長い年月をかけて小石のかけらの隙間を様々な物質が埋め、一つの大きな岩の塊(=いわお巌)に変化したものを意味します。それを人生に重ね合わせ、流されそうになってもずっしりとした巌となってぶれずに生きようと前向きな人生の応援歌に仕上げました。
岐阜県を象徴とする細石にちなんだ曲を歌うことが出来て、誇りに思います。
私のふる里、岐阜の産物〝細石〟を題材にして一つの曲が出来たことは、とても嬉しかったです。
今回は〝細石〟という詩を新たに作り節を付けました。
これは私の吟人生の中で初めての試みでした。

14.ほたるのふる里 (詩吟「何事も」入り)

挿入詩吟「何事も」、これは和歌です。
時代は流れても、花や草木は昔のまま変わらない・・と言う意味です。
私の故郷も建物が増えたけれども緑豊かで山や川の景色は変わらない・・そんな意味を込めて、ほたるのふる里に「何事も」を挿入しました。

15.白虎隊 (詩吟「白虎隊」入り)

元々この〝白虎隊〟は古詩で、全部で20行にも及ぶ長編です。〝南鶴ヶ城を~〟の句は、その内の2行になります。南の方角にある鶴ヶ城を望めば砲火につつまれた黒い煙が立ち上っている。
それを見た少年たちは「あれは落城したのか...我らの希望も消え失せたか...」と、一同声をあげて泣き、涙を呑んで辺りをさまようしかなかった。
「我が藩は亡びたのだ。我らのつとめもこれまで」と十九人の少年は皆切腹をし、たおれたのであります。

石原詢子 発売情報