Sony Music Direct Presents otonano

GREAT TRACKS

堀内寿哉

直枝政広

2017.11.3.「レコードの日」記念特集
 
対談●アナログ・カッティングの魅力
 
直枝政広  ×  堀内寿哉
   (カーネーション)      (カッティング・エンジニア)

ソニー・ミュージックダイレクトのアナログ専門レーベル「GREAT TRACKS」から好評発売中のEPシリーズ。その多くのアナログ・カッティングを手がけるのは2017年に新生スタートしたSony Music Studios Tokyoだ。音楽業界No.1アナログ愛好家として知られるロック・バンド、カーネーションのヴォーカル、直枝政広がアナログ生産現場を訪問。エンジニアの堀内寿哉にアナログ制作の魅力を語ってもらった。

直枝 まずアナログレコード製造用マスターのラッカー盤カッティングマシンを導入した経緯から教えてもらえますでしょうか。

堀内 ソニー・ミュージックスタジオが導入の検討をしたのは2015年のことでした。カッティングマシンは世界でも生産が終わっていましたので、現行使用されているマシンを探すところから始めたんです。その年の末にアメリカでドイツのメーカーであるNEUMANN VMS70の状態のいいモデルが見つかって購入しました。

VMS70/GEORG NEUMANN GMBH

 並行しながら、受け入れ体制も進めていました。スタジオ内に専用ルームを設けるのはもちろん、超重低音の振動を抑えるためにビルの躯体と一体化させた土台も設置しました。マシンはそのまま運ぶことができなくて、いちどアメリカで解体してから日本で再び組み立てることになっていたんですが、バラしたエンジニアが日本まで来てくれて設置してくれるはずがスケジュールの都合で来られなくなったんです。

直枝 組み立ては大変だったんじゃないですか。

堀内 はい、ぼくも見るのが初めてくらいだったので、他社の先輩たちに手伝ってもらいながら組み立てました。みなさんレコードを盛り上げていこうということで、協力を惜しむことなくやっていただけことはうれしかったですね。でも、そんなベテランの方々でも、これは何だ? という部品があったりしました。使っていたエンジニアがカスタマイズしたのか、マシンのマイナーチェンジだったのかもしれません。分解されたことで劣化した部品もわかって新たに交換をしたり、クリーニングもできたので良かったと思います。あと、アメリカから導入したので、すべてインチ表示になっています。でも、教えてくれる方はここは何ミリというメートルが基準だったので、すぐにインチに換算できるように変換表を作りました。

VMS70/GEORG NEUMANN GMBH

直枝 聞いていると楽しそうですが、実際は大変だったのでは?

堀内 いえ、楽しかったです(笑)。エンジニアというのは個人で仕事をすることが多くて、エンジニア同士で一緒に何かやるということはめったにないんですよね。みんな集まって、ああだこうだやりながら、部屋の作りなども決めていきました。

直枝政広(カーネーション)

直枝 堀内さんはCDのマスタリング・エンジニアを長く経験されてきたようですが、レコードのカッティングは初めてですよね?

堀内 ぼくが入社した当時はCBS・ソニー信濃町スタジオにまだマシンがあって、先輩エンジニアがカッティングしていたのを横で見ていました。でも、まさにCDへの移行期で、数か月後には廃棄されて。まさか30年後に自分がカッティングするとは思ってもいませんでした。当時カッティングされていた方がスタジオには残っておらず、ぼくの師匠に当たるOBの方に来ていただいてノウハウを一から学んだんです。でも、最初は操作や手順を覚えるだけでいっぱいいっぱい(笑)。無音でもいいから毎日カッティングしないと体が覚えないということで、3か月休むことなくラッカー盤を切っていました。この削りカスは今までカッティングしたもので、これだけ溜まりました。大変でしたが、知らないことを学ぶというのは楽しいことでもあるので携われて良かったですね。

ラッカー屑

直枝 カッティングという作業は、実際はどのようにして行なうのか、説明してもらえますか。

堀内 アルミにラッカーを塗ったラッカー盤と呼ばれるものに、音を発する溝を刻んでいく作業になります。針を音で振動させて溝を彫っていくので、カッティングと呼ばれています。そのラッカー盤を聴いて音をチェックするのですが、非常に柔らかいので再生するたびにラッカーが削れていってしまうので、一度再生するとマスターとして使うことはできません。

直枝 そのために何度かカッティングして音を調整して、最終的に再生していないラッカー盤をプレス工場に渡すんですね。

堀内 そうです。その際は再生のために針を落とすことができませんので、今度は顕微鏡を用いてチェックしていきます。溝が横に大きく振れているところは音量が大きい箇所で、隣の溝まで削ってしまう可能性がありますので、そうならないようにDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)側でレコードの一周分だけ前に再生した音を先にカッティングマシンに送り、大きな音があった場合は先に感知をして自動で間隔を開けるように設定してあります。

直枝 なるほど。アナログテープでは再生ヘッドがふたつあって、先行するヘッドが感知しますが、デジタルも同じようにズレを作ってあげているんですね。

堀内寿哉(Sony Music Studios Tokyo)

堀内 はい。その通りです。また、顕微鏡の画像を見てもらうとわかりますが、白っぽく見えているところは高域の成分が多いところです。黒っぽくなっているところは、逆に少ないところ。目で溝を見ているとここでドラムのキックがあって、ハイハットか何かが鳴っているところだなとかがわかるようになってきました。

直枝 へぇー! 毎日カッティングしたことによるたまものですね。

堀内 溝を見るとなんとなくどんな構成の楽曲なのかがわかりますよ。溝の幅はだいたい60μから70μなので、1mmの間に12本から14本の溝を刻むことができる細さです。

直枝 カッターやラッカーは当時のものを使っているんですか?

堀内 カッターヘッドはそうです。溝を刻む針が付いていて、ルビーかサファイアが用いられています。ラッカーはさすがに消耗品なので、新品を入手していますね。

直枝 あ、知ってる! 長野県の会社で製造しているんですよね。長野でライヴをした際にその会社の方が来てくれまして、びっくりしたことがあります。何かあったらぜひと言われて、個人的にラッカー盤を切ろうかと思いました(笑)。でも、数回聴いたら終わりという。

堀内 しかも聴くたびに音質が劣化していきますしね(笑)。

ラッカー盤とカッターヘッド

直枝 カッターヘッドを見ると針の先に線のようなものが付いていますね。

堀内 これは電熱線で、カッティング用の針をあたためながらラッカーを切っていくんです。温度が適正でないと無音部にノイズが乗ってしまうことがあります。針によってもラッカーによっても温度設定が違うので、カッティングの腕が試されるところなんですよね。いちおうこれくらいの温度が適正というのはあるんですが、針とラッカーによって微調整しないといけません。

直枝 マシンの後ろにあるヘリウムガスのボンベは何に使うのですか?

堀内 針を振動させるコイルを冷ますのに使います。大きな音量や高域成分が多いとヘッドのコイルが熱くなって、あまりに温度が高くなるとコイルは切れてしまってヘッドが使えなくなってしまうので、常時冷やしているんです。ヘッドはもう生産していなくて、世界的にも入手困難。今使っているのがだめになるとスペアがないので慎重にカッティングしています。

直枝政広(カーネーション)

直枝 私のうしろのあるこのアンプの役割を教えてください。

堀内 DAWから再生した音をいちどここに通して、低域や高域部分をカッティングに適するようにRIAAと呼ばれるイコライジング処理をします。

直枝 昔はレコード化が前提だったから、エンジニアもレコードでどう鳴るかを最適に考えてミックスしていましたが、今はハイレゾ音源のマスターでカッティングする機会がほとんど。ハイレゾは音の情報量がいっぱいなので、そのままレコードに入れるわけにはいかない。音圧が高めのハイレゾの場合は大変じゃないですか?

堀内 そうですね。やはりレコードは音質的な制限があるし、記録されているレベルもハイレゾに比べて小さい。だからどうしても高域・低域をコントロールしたり、レベルを下げて切らなければならないんです。すると、レコードになった時にレンジが狭くなったり詰まって聞こえてたりしてしまう。

直枝 そのままレコードに入力すると音づまりしますもんね。ぼくが悩むのはどの状態のマスターでレコード化するということ。アナログテープの納品も考えればできるんですが、現状はハイレゾの音源をマスターにやるしかない。一時はCDクオリティのマスターで納品してくださいということもありましたが、それはちょっとあんまりだなと不満でした。最近になってハイレゾに対応してくれるようになって良くなりましたが。とは言え、ハイレゾのマスターをそのままレコードに入力にした場合は、音づまり感が出てしまう。ですから、リミッターを外そうと思ったんです。9月にリリースしたアルバム『Suburban Baroque』を180g重量盤仕様のレコードで12月6日に発売するんですが、アンリミテッドのマスターを作って制作をお願いしました。音量を小さめに入力して、聴くときはヴォリュームを大きくしてもらえればいいかなという考え方にしたんです。それで合っていますかね?

カーネーション『Suburban Baroque』
2017年12月6日(水)発売
LP(180g重量盤) 3,600円+税
CROWN STONES / JET SET

堀内 そのやり方で良いと思います。ハイレゾのマスターからとレコード時代のオリジナルマスターからとふたつのカッティングパターンがありますが、やはりレコード向けにミックスされているオリジナルマスターの方がいい状態でカッティングできます。もし、リミッターが必要だったらカッティングの際にかけてあげればいいわけで。

直枝 つまりマスタリング前のマスターということですね。ザ・ビートルズのレコードにはひどく音づまりしている盤もあるんですが、それはカッティング・エンジニアの解釈やプレス工場ごとのやり方に違いがあるから。だから、この国の、この時期のプレスの音がいいよということが出てくる。レコード期のミキシングエンジニアは最終的な出口がレコードなので、レコードでどう鳴るかを第一義に考えているから、初めからトータルコンプを入れて音圧をつぶすことなんてなかった。マスタリングということはカッティングとイコールだったんですよね。つまり、カッティングで音を整えるということ。マスターテープのレベルもカッティング・エンジニアが決めていたし、切りながらイコライジングも変えていた。まさに理想的なマスタリングだと思います。

堀内寿哉(Sony Music Studios Tokyo)

堀内 アナログのテープに録ると、テープ固有のコンプレッションがかかります。デジタルでトータルコンプをかけるのとどちらがいいかというと、うまくやるとテープのコンプの方が聴感的に気持ちいい。今、アナログっぽいと言われている音の魅力はそこにあるのだと思います。その魅力をどんどん引き出していきたいですね。今はカッティングすればするほど新たな発見があります。かつてのレコードカッティングは何十年もやられてきた職人エンジニアの仕事。ぼくはまだ1年半です。まだまだ経験していないことがたくさんある。当時と同じマシンを使っていますが、微調整などはデジタル技術の恩恵を受けていますし、検査する際の測定器などは現在の方が比べものにならないくらい精度が高くなっています。そうしたものにも助けられながら、さらによりよい音のレコードを目指してがんばっていきたいと思います。

直枝 ミュージシャンからすると、エンジニアの方々にはいいリスナーでもあってほしい。ですので、これからもいっぱいレコードを聴いてほしいですね。ソニーのレコードというと、80年代以降は松田聖子さんに代表される歌ものの音質の良さがマニアの間では定評です。その伝統を引き継いだソニーならではの高音質レコードを期待しています。

真鍋ちえみ
「うんととおく」
発売中

直枝 では、最後に堀内さんが実際に手がけられた「GREAT TRACKS」の5枚について聞かせてください。最初のレコードは真鍋ちえみの「うんととおく」ですね。

堀内 はい、ぼくが最初にカッティングした作品でした。音源自体が特殊でヴォーカルが真ん中になく、逆相成分がものすごく多くて、ミックスも非常にユニークな曲(苦笑)。大変だったという記憶しかないですね。他社の方からも、最初に手がける作品じゃないよと言われました(笑)。マスターテープからこのアナログ用にマスタリングをして、相当カッティングをやり直しましたね。でも、最初に難しいものを手がけたので、そういう意味では良い経験ができたと思っています。

星村麻衣
「プラスティック・ラブ」
発売中

直枝 続いては星村麻衣「プラスティック・ラブ」。こちらは90年代の作品で初レコード化です。

掘内 ぼくがカッティングした中で、いちばん最初に出会った素直な作品でした(笑)。ぼくの中では低域がしっかり出ていた方がいいのかなとイメージしてカッティングしたら、制作サイドからニュアンスが違うとダメ出しがありました。まだこの頃はアナログっぽくという意識があったからですね。マスターの音を素直に反映しないといけないとわかりました。

MELON
P.J. c/w EDDIE SPAGHETTI
発売中

直枝 MELONの「P.J. c/w EDDIE SPAGHETTI」はDJにもに人気の1枚です。

掘内 MELONの中西(俊夫)さんとはMAJOR FORCEの作品も手がけさせてもらったことがあったので、なんとなくなじみがあったというか、素直にカッティングすることができました。これまではテストプレスを聴いてからまたカッティングして音を再調整したんですが、この作品はカッティング~プレスの一発OKだった初めての作品となりました。

Oh!Penelope
「Let's Fly The Ad-Balloon」
2017年11月3日(水)発売

木原さとみ
「カーニヴァル」
2017年11月3日(水)発売

直枝 Oh! penelope「Let's Fly The Ad-Balloon」と木原さとみ「カーニヴァル」は11月3日の“レコードの日“に同時リリースされます。

堀内 この2作品に関してはカッティングに慣れてきた頃なので、スムーズにいきましたね。「Let's Fly The Ad-Balloon」はOh! penelope辻睦詞さんに立ち会っていただき、再マスタリングしてプレスしました。この5作品はどれも個性があって、すごく勉強になったと思います。

対談進行/文●油納将志 写真●島田香 協力●Sony Music Studios Tokyo


直枝政広(なおえ・まさひろ)

●カーネーションのヴォーカル/ギター。1959年8月26日生まれ。東京都出身。’83年12月 、ロック・バンド、カーネーション結成。’84年ナゴムレコードよりシングル「夜の煙突」でレコードデビュー。以降、数度のメンバーチェンジを経ながら、 時流に消費されることなく、数多くの傑作アルバムをリリース。練りに練られた楽曲、 人生の哀楽を鋭く綴った歌詞、演奏力抜群のアンサンブル、圧倒的な歌唱、レコード愛好家としての博覧強記ぶりなど、その存在意義はあまりに大きい。現メンバーは直枝政広と大田譲(ベース/ヴォーカル)のふたり。他アーティストからの支持も厚く、2013年には結成30周年を祝うべく14組が参加したトリビュートアルバム『なんできみはぼくよりぼくのことくわしいの?』が発売された。2017年9月13日に17枚目のオリジナルアルバム『Suburban Baroque』をリリースした。
カーネーション公式サイト ▶

堀内寿哉(ほりうち・としや)

●Sony Music Studios Tokyoマスタリング・エンジニア。大学在学中に飛び込みでアルバイトとしてキャリアをスタートさせ、その後手腕を認められてマスタリング・エンジニアに。流行に流されない、解像度が高くダイナミクスに溢れるマスタリングに定評があり、ゲームミュージックからジャズ、ロック、ポップス、クラブミュージックまで幅広いジャンルの作品を手がける。
Sony Music Studios Tokyo ▶


Mr.vinal