Sony Music Direct Presents otonano

GREAT TRACKS

ソニー・ミュージック初のアナログ専門レーベル『GREAT TRACKS』。
プロデューサーの滝瀬茂が語るレコード盤制作の醍醐味とその奥深さ。
そして彼にもまた探し続けているものがあった……。

アナログ的なレコーディング技法はあのチョコレートのCMから身に着いたもの。

―― 滝瀬さんは35年以上も音楽制作の現場に携わっていますが、最初から仕事場はレコーディング・スタジオですか?

滝瀬  そうですね。最初はお茶くみでしたけど(笑)。1980年にエンジニアを目指して音響ハウスに入社しました。音響ハウスは銀座にあったので、広告代理店の電通さんが近いということもありCM制作をいっぱい手がけていたんですね。だから2年間はCMのフイルムかけをしていました。当時はまだビデオは使っていなかったので、ラッシュという、35ミリのフイルムをいかに早くかけ替えるかっていうのがメインの仕事でしたね。そのなかで、音楽スタジオでセッティングを手伝ったり、外録に行ったり、アシスタント的な作業をこなしていくようになり、スタジオの中に入っていいよって先輩に言われた時に観て、学ぶ、毎日でした。

―― “がいろく”って何ですか?

滝瀬  外録っていうのは文字どおり、録音スタジオではないところに行って音を録音する作業。映画会社の撮影スタジオとかに行って、演者さんの声を録ることですね。当時は景気がよかったので、お中元とかお歳暮のCMがすごく多かった。しかも15、30秒だけじゃなく、60、90秒CMもあったんです。けっこう高い脚立の上からサオを担いでガンマイクを演者さんに向けるのですが、脚立から降りるのがけっこう大変で、ある撮影では坂本九さんが「僕が持っててあげるから降りてきなよ」ってサオを持ってくれた時はちょっと感激しました。

―― この当時に滝瀬さんが関わったCMでよく知られた作品って……。

滝瀬  そうですね~。うーん、たくさんありますが、グリコのアーモンドチョコレートとか。聖子ちゃんと俊ちゃん共演で……。

―― 有名です(笑)。松田聖子と田原俊彦の伝説CM。ひょっとして「ハットして!Good」ヴァージョンですか?

滝瀬  うん、そうかな。聖子ちゃんと俊ちゃんがチョコレートかじるでしょ、あの「カキン!」っていう音は、僕が6ミリテープを叩き出したんです。

―― え!すごい。歴史に残る「カキン!」ですよ(笑)。アラウンド50の自分にとってはあれはブラウン管から響く胸キュンの音です。今でも耳に残っていますよ。

滝瀬  あとあの頃で覚えているのは、東京ディズニーランドのテーマ曲を前田憲男さんの編曲でレコーディングがあったのですが、そのアシスタントに就きました。これが後に佐野元春さんのレコーディングで役に立つことになるんですよ。

―― 1983年の開園に向けてですね。

滝瀬  そうですね。開園前の特番用の音楽だったように思います。あの「東京~ディズニーランド♪」っていうのをオーケストラで一発録りでした。 あと覚えているのは初めて一人でアシスタントに就いた高橋真梨子さんの「for you…」(’82年3月発売)のレコーディングです。演奏がSHOGUNで若草恵さんの編曲が素晴らしく、特にホルンの裏メロがいいんです。でもホルンのマイクってどうやって立てればいいのか悩みました。今でもカラオケで歌われているって聞くと嬉しいです。

 

 

アナログ輸入盤と国内盤の音圧は どうしてこんなに違うんだ?

―― 滝瀬さんのアナログ・レコード史がついに始まりましたね!

滝瀬  いやまだですよ。アシスタントですから。その翌年の’83年くらいからいろんな巡り合わせを経て坂本龍一さんのエンジニアをやらせてもらうわけですが、最初の作品が『エスペラント』(’85年)で、前衛舞踏家のモリサ・フェンレイに依頼されたダンス音楽。サンプリング音源でループを作ってレコーディングしてた時は1曲30分くらいありました。プレイバックするにも30分。気がつけばスタジオに誰もいなくなったりしてましたね(笑)。

―― 修行みたいな感じですね(笑)。

滝瀬  いやいやこれは素晴らしい経験でしたね。メイン・エンジニアになったことで、レコード・カッティングに立ち会うことも多くなりました。ミディレコードに転職してからは、カッティング・エンジニアとして有名な小鐵徹さんがいらっしゃったビクター青山スタジオに出向くことになります。正直、カッティングは何が何だかわからないわけです。僕が「ミックスはどうでしょうか?」って伺い、小鐵さんが「うーん、ちょっと低音を足しましょうか」って言うので、「ハイ!お願いします」っていう感じでした。そうやって何度もカッティングに立ち会うとだんだん疑問が出てきたわけです。

―― というのは?

滝瀬  輸入盤の音圧と国内盤の音圧はなんでこんなに違うんだろうという疑問です。それは自分のミックスがいけないのか? いったい原因は何なのか? 日本には工業規格、JISマークというのがあって、レベル規制があるからとか、洋楽なら国内盤のマスターはコピーだからとか聞きましたが、それだけが理由じゃないのではと考えるようになりました。

―― 仕事をしながら答えを探しはじめたんですね。

滝瀬  答えを探すということではなく、マイケル・ジャクソンのような音にしたかっただけです。マイケルのあのパーカッションの音を求めてEPOの『GO GO EPO』(’87年)っていうアルバムでは、何も考えずに全部のフェーダーEQを高域15kHzで2dB上げてミックスしてみたんです。小鐵さんに「今回は洋楽を意識してミックスしてみましたけど、どうでしょうか?」って聞いたんですけど……「う~ん、いつもとは少し違いますね……」って言われて。それでも小鐵さんには「輸入盤みたいな音にしたいので音圧を大きくして、派手なカッティングをしてください!」って相談しました。その答え合わせをしっかりと出来ないまま、世の中はあっという間にデジタル時代に突入しちゃってアナログ盤からCDに入れ替わっちゃったんです。

 

 

自戒を込めて。僕らはレコード会社の人間ですよね?

―― CDソフトがレコードの生産量を上まわったのがまさに’87年でした。

滝瀬  環境の変化もあって僕の中では輸入盤、国内盤の差はレコードのカッティングも含めて曖昧なままフェードアウトするように終わっちゃったんです。そして一般的にノイズが無いCDの方が良い音だという時代になって、今度はCDに良い音で記録するにはどうすべきかを考えるようになったのです。1630(3/4インチ・ビデオカセットにCDフォーマットでデジタル録音)にミックスするよりハーフインチのアナログテープの方が良い音だとかね。それから30年経って……。

―― 30年前に見つけられなかった答えをもういちど探すためにも新しいアナログ・レーベル『GREAT TARCKS』を立ち上げんですね。

滝瀬  そうかも知れません。2000年前後からCDの音圧競争が始まり、波形が帯状になっちゃって、音を聴くと迫力はあるんだけど耳が疲れるわけですよ。昔の、アナログで録った音は特に時流に乗ってマスタリングすると、もう暴力的な音で、心地いいからは明らかにかけ離れちゃうように感じて。何だかCDを聴きたくなくなっちゃって(笑)。

―― それはいけませんね。

滝瀬  そんなとき、ふっとアナログ盤を聴いたら大音量でも心地よくて、こっちのほうが耳には「いい!」って思ったんです。2005、6年かな、マスタリング・エンジニアに、「音が飽和するようなマスタリングはやめようよ」って言い始めたんですけど、みんな「やめたいです」と言うものの、誰かがやるから競ってやめられないわけです。ディレクターがそうしてくれって言うし。そんな話を吉田保さん(旧CBS・ソニー六本木スタジオ/元チーフ・エンジニア)にしたら、「じゃあオレがマスタリングするよ」って、『吉田保リマスタリングシリーズ』(2014年)がスタートしたんです。

―― アナログ・レコードの耳触りをCDで体感してもらう。新しい試みですね。

滝瀬  吉田保さんがハードディスクを送ってきて、現役のマスタリング・エンジニアに聴いてもらったら、最近のマスタリングしたものより音圧にして8dBくらい小さいと言われ「本当にこのままでいいんですか」と言われ、みんなで僕の顔を見るから、「わかったよ、保さんに聞いてみるよ」とすぐに保さんに電話したら、「まあちょっと上げてもいいけど、そしたらオレがやる意味がないから。いいんじゃないの、聴く人がアンプのボリューム上げればいいんだもん」って。後日、保さん立ち会いのもとプラグインで3 dB上げて聴き比べてみたら、音がザラザラになっちゃうんですね。どっちがいい?っていう協議になり、前のほうがいいから、逆にそれをこのシリーズの売りにしようというところで、吉田保リマスタリングシリーズはスタートしました。保さんはアナログ盤よりCDが好きだから、それはそれで良かったのですが、自分では「アナログっぽい音を出すならアナログ盤でいいんじゃないのかな?」と考えるようになり、じゃあもうアナログ盤を作ろう!と。

「バーニー 作業中」スタジオ作業中のバーニー・グランドマン

アナログはカッティングで音の90%が決まってしまう。

―― 『GREAT TRACKS』設立に向けて何から始めたのですか。

滝瀬  まずはアナログ盤で一番重要なカッティングは、今は、誰がやってくれるのか模索しました。ちょうど佐野元春『VISITORS DELUXE EDITION』(2014年)のマスタリングをしていた時で、目の前に居たマスタリング・エンジニアの前田康二さん(Bernie Grundman Mastering Tokyo)に「前田さんはカッティングやらないの?」って聞いたら「ロスのバーニーさんが切ってくれるよ」って。「え! ほんとに?」って。その名前を聞いた時に自分が目指していたアナログ盤の音は、そう、マイケル・ジャクソンの『オフ・ザ・ウォール』だったと衝撃的に思い出したのです。針を落とした瞬間に飛び込んでくる「今夜はドント・ストップ」のパーカッションの音。立ち消えてしまった宿題を思い出しました。そう、あの輸入盤の音に負けないアナログ盤を作れないかって。バーニー・グランドマンさんにカッティングしてもらえないだろうか? 30年経ってまた夢の続きが始まりました。

―― アナログ盤の製造工程でカッティングはどれぐらい重要なんですか。

滝瀬  カッティングで音の90%が決まるんじゃないですか。プレスでより良くなることは考えられないですからね。

ピチカート・ファイヴ『ベリッシマ』ラッカー盤を手にするバーニー・グランドマンと記念ショットピチカート・ファイヴ『ベリッシマ』ラッカー盤を手にするバーニー・グランドマンと記念ショット

―― プレス工場選びも重要なポイントですよね。国内でのプレスは考えなかったのですか?

滝瀬  考えました。でもすごく混んでいて半年待ちと言われ、であれば一層のことアメリカでプレスしようと思ったのです。求めていたのは海外プレスの音だったこともあったので。会社的にも海外のプレス工場を探していて、調査の結果2つの工場を勧められ、バーニーさんにテストプレス用のカッティングを依頼し、同じラッカー盤を2枚作ってもらいその2社に送りました。1か月程でテストプレス盤が届き、スタジオで試聴したり、いろいろな人に聴いてもらいました。同じラッカー盤からのプレスでこんなに音が変わるのかと、プレス工場の選定も重要なことだと知りました。最終的には低音が良く出ていたロス郊外にRainbo Recordsにお願いすることになりましたが、まだまだ研究の余地は大いにあるので、今後はジャンルや仕上がりで他の工場も模索しなければならないと思います。

[Rainbo Records]プレス工場の[Rainbo Records]8960 Eton Ave.Canoga Park,CA 91304

―― アメリカプレス盤は国内盤に比べて仕上げが雑だと思うのですが、その辺りは気にしなかったのですか?

滝瀬  気にしましたよ。’80年頃タワーレコードが日本にも出来て、輸入盤が買いやすくなると毎月、数枚の輸入盤を買っていました。中には盤が反っていて針が飛んでしまったり、ラベルがずれていたりして、輸入盤は雑なものだと思っていましたから。それでも当時は輸入盤の音が好きだったから気にしなかったのです。針飛びする時は1円玉をカートリッジに乗せたりして。でも今の時代にそんな商品を受け入れられるか不安な気持ちはありましたが、自分だったら何よりも海外プレスの音質を優先すると思いました。小西康陽さんにも賛同してもらえたのでアメリカプレスに決めました。

次の世代にもアナログ音楽文化を引き継いで欲しい。

―― 『GREAT TRACKS』としての第一弾はピチカート・ファイヴです。小西康陽さんもカッティングには立ち会いたかったでしょうね。

滝瀬  最初はその予定だったのですが、海外カッティングに同行していただくにはスケジュールが取れず、国内カッティングではこのプロジェクトの意味が薄れるため、小西さんにお願いして、カッティングの基になる音源のマスタリングを監修していただきました。そしてマスタリングの最後に「滝瀬さん、カッティング立ち会うんだよね? だったらお任せします!」って言っていただき、ロサンゼルスに旅立ったのです。小西さんとはエンジニア時代に一緒にEPOのクリスマスソングを作ったことがあり、1年に1度、思い出していただけるそうです。(笑)

ディレクター・蒔田聡インタビュー

―― 「お任せします!」はちょっとプレッシャーですよね。

滝瀬  そうですね。でもこればっかりはどうなるかわからないですからね。特にアナログ盤ってそういうものなんですよ。少しは注文したものの、初めてお会いする巨匠バーニー・グランドマンさんなのでお任せするしかなかったです。特にマスタリング・スタジオはフラットに再生し、アナログ回路を通っただけで、もうそのエンジニアの音になっているように思います。

―― ギターで言うと、マイチューニング済って感じすね。

滝瀬  それで言うとバーニー・グランドマンが特別なことをしているかというと、後ろから見ているだけではそういう感じはしなかったです。ただ、LRのステレオ感が原音よりワイドにしているように感じました。でもどうやっているのかは分からない。それとなく質問したら「うん、プレスのために」とだけ答えてくれました。次にまた立ち会う機会があればもう少し探ってみたいです。

―― 『GREAT TRACKS』は最大の特徴を教えてください。

滝瀬  音質にこだわったアナログ盤専門レーベルということでしょうか? CDのついでに作るアナログ盤ではなく、最初からアナログ盤優先で制作するところですね。‘80年代にアナログのエンジニアリングを学び、’90年代からはCDの功罪を体感し、その全ての経験値をいま再びアナログ盤に刻もうとしています。アナログ盤を聴くにはそれなりの準備が必要です。だから音楽を聴くという気持ちや姿勢になって音楽と向き合います。若い人たちにもそれを理解して欲しいし、そんな時代がまた戻ってくれば良いなと思います。

記念撮影現地視察同行したソニーDADCジャパンのスタッフも含めて

インタビュー・文/安川達也


BERNIE GRUNDMAN

BERNIE GRUNDMAN(バーニー・グランドマン)
カッティング・エンジニア

●アメリカ合衆国のオーディオ・マスタリングエンジニア。1966年からロサンゼルスのコンテンポラリー・レコード 、そして1968年からA&Mレコードのマスタリング部門での活躍を通じ、キャロル・キングやマイケル・ジャクソン、スティーリー・ダン等名盤の数々にエンジニアとして貢献する。 1984年にはハリウッドで自身の名を冠したマスタリングスタジオ、「バーニー・グランドマン・マスタリング」を開業し、グラミー賞ノミネートをはじめ数々の権威ある賞を受賞している。

滝瀬茂

滝瀬茂(たきせ・しげる)
アナログ・レーベル 『GREAT TRACKS』 プロデューサー

●1980年音響ハウス入社。数々のレコーディングにアシスタント・エンジニアとして参加し、’85年MIDIレコードへ転職、坂本龍一、矢野顕子、大貫妙子、EPO他のレコーディング・エンジニアとして活躍。EPICソニーに転職後、佐野元春の制作ディレクターとして手腕を発揮、現在、ソニー・ミュージックダイレクト マーケティンググループ企画開発部。


Mr.vinal