YMO40 YELLOW MAGIC ORCHESTRA ALFA YEARS ALBUMS REISSUE #2 2019-02-27 OUT

YMO40 "YMO漫才" 
ナイツ

マセキ芸能社 ナイツ プロフィール

  • Vol.1
  • Vol.2

YMO40 “TALK ABOUT YMO” #2 
小池美波(欅坂46)Vol.1

MINAMI KOIKE  KEYAKIZAKA 46 OFFICIAL WEB SITE

YMO40 “TALK ABOUT YMO” #2 
小池美波(欅坂46)Vol.2

MINAMI KOIKE  KEYAKIZAKA 46 OFFICIAL WEB SITE

  • Vol.1
  • Vol.2

YMO40 “TALK ABOUT YMO” #4 
電気グルーヴ Vol.1

電気グルーヴ  OFFICIAL WEB SITE

YMO40 “TALK ABOUT YMO” #4 
電気グルーヴ Vol.2

電気グルーヴ  OFFICIAL WEB SITE

YMO40 Bernie Cuts "BEHIND THE MASK"
in Hollywood

  • Vol.1
  • Vol.2

YMO40 “TALK ABOUT YMO” #3 
村井邦彦 × 川添象郎 Vol.1

KUNIHIKO MURAI
東京都出身。慶應義塾大学在学中に名門バンドサークル、ライト・ミュージック・ソサエティに所属。大学3年で赤坂にレコード店「ドレミ商会」をオープン。1967年にヴィッキー「待ちくたびれた日曜日」の作曲を担当し作曲家としてデビュー。1969年にパリ・バークレー音楽出版社と「マイ・ウェイ」などの出版権利を契約し、音楽出版社アルファミュージックを設立。1977年にアルファレコードを設立し、荒井由実、YMO、赤い鳥、ガロ、サーカス、吉田美奈子などをプロデュース。事業の海外進出を期に1992年に活動の拠点をアメリカに移す。現在はアメリカと日本を行き来し活躍中。2017年には作家活動50周年を迎える。

SHORO KAWAZOE
1941年東京生まれ。1959年に渡米し、フラメンコ・ギタリスト、前衛ミュージカルのミュージシャンをつとめたほか、スペインにも渡航。帰国後はフラメンコ舞踏団を結成。父・川添浩史の文楽のアメリカ紹介の事業にも携わる。1970年ミュージカル「ヘアー」の日本公演を企画。小坂忠らを日本人キャストとして起用した。日本人として異例の海外でのショー・ビジネス経験の豊富さを生かし、村井邦彦とともに立ち上げたアルファレコードではYMOの海外進出の立役者となった。アルファレコード退社後は空間プロデュースや巨大イベントのプロデュースを担当。2006年には約25年ぶりにフリーの音楽プロデューサーとして青山テルマを手がけてシングル曲「そばにいるね」で音楽ダウンロード販売のギネス記録を作った。

YMO40 “TALK ABOUT YMO” #3 
村井邦彦 × 川添象郎 Vol.2

KUNIHIKO MURAI
東京都出身。慶應義塾大学在学中に名門バンドサークル、ライト・ミュージック・ソサエティに所属。大学3年で赤坂にレコード店「ドレミ商会」をオープン。1967年にヴィッキー「待ちくたびれた日曜日」の作曲を担当し作曲家としてデビュー。1969年にパリ・バークレー音楽出版社と「マイ・ウェイ」などの出版権利を契約し、音楽出版社アルファミュージックを設立。1977年にアルファレコードを設立し、荒井由実、YMO、赤い鳥、ガロ、サーカス、吉田美奈子などをプロデュース。事業の海外進出を期に1992年に活動の拠点をアメリカに移す。現在はアメリカと日本を行き来し活躍中。2017年には作家活動50周年を迎える。

SHORO KAWAZOE
1941年東京生まれ。1959年に渡米し、フラメンコ・ギタリスト、前衛ミュージカルのミュージシャンをつとめたほか、スペインにも渡航。帰国後はフラメンコ舞踏団を結成。父・川添浩史の文楽のアメリカ紹介の事業にも携わる。1970年ミュージカル「ヘアー」の日本公演を企画。小坂忠らを日本人キャストとして起用した。日本人として異例の海外でのショー・ビジネス経験の豊富さを生かし、村井邦彦とともに立ち上げたアルファレコードではYMOの海外進出の立役者となった。アルファレコード退社後は空間プロデュースや巨大イベントのプロデュースを担当。2006年には約25年ぶりにフリーの音楽プロデューサーとして青山テルマを手がけてシングル曲「そばにいるね」で音楽ダウンロード販売のギネス記録を作った。

YELLOW MAGIC ORCHESTRA 
ALFA YEARS ALBUMS REISSUE #1 
Web CM

YMO40 "INSIDER'S VOICE" #1 
吉沢典夫

NORIO YOSHIZAWA
埼玉県生まれ。ビクター音楽産業の録音部を経て、アルファレコードに参加。スタジオ“A”の設立から携わり、アルファレコードの録音部長に。アルファ時代には荒井由美をはじめ、YMO、細野晴臣など様々なレコーディングを手がけ、1978〜1979年にはYMOのレコーディングにもエンジニア、ミキサーとして参加する。マスタリング・スタジオ“AST Mastering Studios”代表取締役。現在は同社を継続し、アルファミュージック原盤管理を行なう。

YMO40 “TALK ABOUT YMO” #1 
小山田圭吾 × 砂原良徳

CORNELIUS  www.cornelius-sound.com

YOSHINORI SUNAHARA  ysst.info

PUBLIC PRESSURE 公的抑圧
CLICK TO DETAIL

YELLOW MAGIC ORCHESTRA
ALFA YEARS ALBUMS
REISSUE #2
2019-02-27 OUT
Remastered by Bob Ludwig [Newly Remastered Since 1999]
Lacquer Cut at Bernie Grundman Mastering




PUBLIC PRESSURE 公的抑圧

Collector’s Vinyl Edition [45rpm / 2 Discs]
MHJL-61~62 9,000yen +tax [Completely Limited]
CLICK TO BUY

Standard Vinyl Edition [33 1/3rpm]
MHJL-63 3,700yen +tax [Completely Limited]
CLICK TO BUY

SACD Hybrid
MHCL-10110 3,000yen +tax
CLICK TO BUY

High Resolution Audio
3,200yen [tax in]
COMING SOON

More details coming soon.

増殖 X∞MULTIPLIES
CLICK TO DETAIL

YELLOW MAGIC ORCHESTRA
ALFA YEARS ALBUMS
REISSUE #2
2019-02-27 OUT
Remastered by Bob Ludwig [Newly Remastered Since 1999]
Lacquer Cut at Bernie Grundman Mastering




増殖 X∞MULTIPLIES

Collector’s Vinyl Edition [45rpm / 2 x 12" Discs]
MHJL-64~65 9,000yen +tax [Completely Limited]
CLICK TO BUY

Standard Vinyl Edition [33 1/3rpm (10" Disc)]
MHJL-66 3,700yen +tax [Completely Limited]
CLICK TO BUY

SACD Hybrid
MHCL-10111 3,000yen +tax
CLICK TO BUY

High Resolution Audio
3,200yen [tax in]
COMING SOON

More details coming soon.

YELLOW MAGIC ORCHESTRA
CLICK TO DETAIL

YELLOW MAGIC ORCHESTRA
ALFA YEARS ALBUMS
REISSUE #1
2018-11-28 OUT
Remastered by Bob Ludwig [Newly Remastered Since 1999]
Lacquer Cut at Bernie Grundman Mastering




YELLOW MAGIC ORCHESTRA

Collector’s Vinyl Edition [45rpm / 2 Discs]
MHJL-51~52 9,000yen +tax [Completely Limited]
CLICK TO BUY

Standard Vinyl Edition [33 1/3rpm]
MHJL-53 3,700yen +tax [Completely Limited]
CLICK TO BUY

SACD Hybrid
MHCL-10107 3,000yen +tax
CLICK TO BUY

High Resolution Audio
3,200yen [tax in]
Mastered for iTunes
2,100yen [tax in]
CLICK TO BUY

YELLOW MAGIC ORCHESTRA (US version)
CLICK TO DETAIL

YELLOW MAGIC ORCHESTRA
ALFA YEARS ALBUMS
REISSUE #1
2018-11-28 OUT
Remastered by Bob Ludwig [Newly Remastered Since 1999]
Lacquer Cut at Bernie Grundman Mastering




YELLOW MAGIC ORCHESTRA (US version)

Collector’s Vinyl Edition [45rpm / 2 Discs]
MHJL-54~55 9,000yen +tax [Completely Limited]
CLICK TO BUY

Standard Vinyl Edition [33 1/3rpm]
MHJL-56 3,700yen +tax [Completely Limited]
CLICK TO BUY

SACD Hybrid
MHCL-10108 3,000yen +tax
CLICK TO BUY

High Resolution Audio
3,200yen [tax in]
Mastered for iTunes
2,100yen [tax in]
CLICK TO BUY

SOLID STATE SURVIVOR
CLICK TO DETAIL

YELLOW MAGIC ORCHESTRA
ALFA YEARS ALBUMS
REISSUE #1
2018-11-28 OUT
Remastered by Bob Ludwig [Newly Remastered Since 1999]
Lacquer Cut at Bernie Grundman Mastering




SOLID STATE SURVIVOR

Collector’s Vinyl Edition [45rpm / 2 Discs]
MHJL-57~58 9,000yen +tax [Completely Limited]
CLICK TO BUY

Standard Vinyl Edition [33 1/3rpm]
MHJL-59 3,700yen +tax [Completely Limited]
CLICK TO BUY

SACD Hybrid
MHCL-10109 3,000yen +tax
CLICK TO BUY

High Resolution Audio
3,200yen [tax in]
Mastered for iTunes
2,000yen [tax in]
CLICK TO BUY

『NEUE TANZ』Special Web CM 
TOWA TEI Mix

『ノイエ・タンツ』発売記念スペシャル対談

テイ・トウワ × 五木田智央(前編・後編)

  • 前編
  • 後編

今回の企画の首謀者であるテイ・トウワと、アートワークを担当した画家・五木田智央による『ノイエ・タンツ』のライナー・ノーツ的対談。

「YMOのレコードありますか」

ニューヨークのレコ屋がキッカケです。

テイ そもそもの話をすると。僕は、5年くらい前から五木田君のおっかけをやろうと決めてそれをずっと実践しているんです。国内はもちろん、海外もおっかける。ロスで個展をやると聞けばロスへ行き、ニューヨークでやると聞けばニューヨークへ行き。軽井沢からはるばる行くわけです。

五木田 うれしいっす。ありがとうございます、いつも。

テイ もちろん、五木田君の作品が目的なんだけど、行った先々で一緒にレコード屋めぐりするのも楽しみで。

五木田 こないだもロスでめぐりましたもんね。

テイ そう。で、去年の秋、五木田君が久々に〈メアリー・ブーン・ギャラリー〉で個展をやるというので、ニューヨークへ行って。そのときに、五木田君おすすめのレコ屋へ行ったら、細野(晴臣)さんの曲がかかってた。外人さんの選曲による日本人コンピなんだけどこの曲なんだろう? と思っちゃった。知ってるはずなのに、違う並び、違うマスタリングで聴くと知らない曲に聴こえるじゃない。ああ、新鮮だなあと。それで、店員と細野さんの話をしていたら、YMOの話になって。「毎日、『YMOのレコードありますか?』って若い人が店にやってくるんですよ」と。

五木田 僕もレコ屋で聞かれたことがあります。「オマエ日本人か? イエロー・マジック・オーケストラのレコードは東京でも高いのか?」って。

テイ ニューヨークでね。

五木田 ニューヨークで、ですよ。

テイ そこでひらめいた。これだと。これが僕にできるYMO40周年企画だと。YMOを探しにくる若者たちのために、「YMOのレコードありますか?」「ハイ」と店員がすぐに出せるものをつくるべきだと。しかも、ベスト盤じゃなく、マスタリングも新たにやって、新しいアートワークで、「YMOを聴くならこれ。しかも新譜だから」といえるもの、中古レコード屋じゃなく、普通のレコード屋さんの棚にも入るレコードをつくりたいと。僕、この業界に30年ぐらいいるんですけど、自分からこういった企画を発信したことって実は全然なくて。受け身のマグロ体質なんで(笑)、今回の企画が唯一なのよ。僕が選曲して、五木田君がジャケットのアートワークを担当して、そうなると、マスタリングはカルトキング(砂原良徳=まりん)しかいないなあとか考えて(笑)。それで言ったの、細野さん、教授(坂本龍一)、(高橋)幸宏さんに。まずはプレゼンだと。断られたらはずかしいけど、勇気を出して聞こうと。3人が首をタテにふらなきゃダメじゃない。そうしたら、すぐにOKをくれて。そこから始まったんです。

「中国人のレコードください」

YMOとの出会いが音楽との出会いです。

テイ 五木田君がYMOと出会ったのは?

五木田 10歳でした。小4、小5のときですね。僕には、テイさんと同い年の兄がいるんですけど、兄貴が『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』(79年)を買ってきたんです。僕はそれを聴いて、「わ、なんかゲームの音がするぞ!」って。そこからですよね。ガキだったんで、音楽的なすごさとか、3人のバックグラウンドがどうだとか、そういうことは一切何もわからないまま、コンピューターみたいな音で面白いなあと。

テイ 僕はあの頃、中2、中3で。町田のレコード屋さんで出会ったんですよ。模擬試験の帰りかなにかで、レコード屋さんの店頭で、赤い人民服の3人がタンス(ムーグのシンセサイザー)をバックに演奏する……

五木田 映像が流れてたんですよね。兄貴も言ってました。レコード屋に行ったら、ワールドツアーの映像が流れてたと。

テイ そう。当時、プロモーションで映像を流してたの、いろんなレコード屋で。海外で評判になったこういう人たちがいるよと。とにかく、ビジュアルのインパクトがすごくて、しばらく見とれて、チッチキチッチキ♪っていう「ライディーン」のリズムとメロディを覚えて、一旦家に帰って。それまで音楽に一切興味がなかったし、レコ屋にも入ったことがなかったけど、やっぱり気になるんで、こづかい持ってレコ屋に走って行って、「赤い中国人のレコードください」(笑)。

五木田 中国人だなと思いますよね(笑)。

テイ 「中国人のレコードはたぶんこれ」ってレコード屋さんが出してきたのが、五木田君のお兄さんも買った『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』。それを僕も買って、家に帰って、モジュラーステレオに乗せて両面聴いて。で、「ご飯よ〜」って言われてメシ食って。食いながら、「でもあれ、なんか早いなあ」とふと思って、食い終わって部屋にもどってみてみたら、ステレオが45回転だったという(笑)。

五木田 ガハハハハ(笑)。

テイ だって、それまで「贈る言葉」と「君の瞳は10000ボルト」しかタンテに乗ったことがなかったんだもん(笑)。

五木田 ドーナツ盤の歌謡曲(笑)。ホントに音楽に興味なかったんですね。

テイ なかった。だから、それからですよ。それで、ファースト(『イエロー・マジック・オーケストラ』78年)があるのを知ってすぐ買って。そっちはまさにインベーダー音が入ってたんで、「これを聴いてれば、ゲーセンで金を使わなくて済むわ」と。

五木田 ガハハハハ(笑)。

テイ 僕、ゲームをやるのが好きだったんじゃなくて、インベーダーの「ピシュンッピシュンッ」って音を聞きたくてゲーセンに通ってたんだなと気づいた。これを家で聴いてればいいじゃん、聴きながら勉強もできるし、一石二鳥じゃんと(笑)。だから、YMOとの出会いが音楽との出会いだったと言っていいくらいです、僕は。

YMOをキッカケに

多重録音にハマったんです。

テイ YMOを好きになると、「ライディーン」弾いたり「東風」弾いたり、そういったカバーに行く人が多いんだけど、僕は「シンセで音を作りたい」という方向へ行ったんです。高校に入るとすぐにコルグのシンセを買って。どちらかというと、いきなりヤン富田さんの世界に行っちゃったというか(笑)。風呂場でひとりピュンピュンいわせてピンポン録音して、「YMOが出してる“ピシュンッ”という音はどうすれば再現できるのか」とか、そういうことに熱心になったんで。

五木田 ちょうどそのとき、うちの兄貴もコルグのシンセを買って、TMRっていうソニーの多重録音機で宅録してました。

テイ 同じだ、五木田兄と。

五木田 テイさんは、それが高じて、教授の『サウンドストリート』(1981年〜86年までNHK FMで放送されていたラジオ番組)の「デモテープ特集」の常連になっていくんですもんね。僕、当時、ラジオで聴いてましたもん。「テイ・トウワって人、すげえなあ」って。

テイ 美大目指して浪人してたんで、ヒマだったんですよ(笑)。

五木田 ちなみに兄貴はその後、YMOのサポートプレイヤーだった渡辺香津美さんにハマって、超絶技巧系に目覚め、〈新宿ピット・イン〉に通いつめるようになりましたけど(笑)。

テイ いる。YMOを起点にそっちへ流れた人もたくさんいる。

五木田 で、僕は、中学1年の頃に、ローランドの小っちゃいリズムマシンを買って。兄貴に教えてもらいながら打ち込みをするようになって。僕、中学生のときから8ミリ映画を撮ってたんです。フィルムで。僕が監督をやって、友だちに演技をさせて、音楽を流しながらマイク一本で録音するっていう。だから、それ用のサウンドトラックを作ったりしてたんです。

テイ 五木田君はいまだに多重録音やってるもんね(笑)。

五木田 やってます、カセットで。どこにも発表してないんですけど(笑)、友だちとOLっていうノイズ系のバンドもやってるんです。

テイ まりんが勝手にマスタリングしたけどね(笑)。

五木田 僕だけが楽しんでたものだったけど、それをテイさんに渡したら、恐れ多くも砂原さんがマスタリングしてくれたという(笑)。

テイ だから、いつでも出せる状態ですよ。小山田(圭吾)君も「最高!」って言ってたもん。あ、そうだ、細野さんにも渡したよ。そしたら、細野さんがラジオでかけた(笑)。

五木田 そうだ! オレの曲、ラジオで流れたんですよ!!!! すんごい焦った(笑)。でも、「面白い!」って褒めてくださってめちゃくちゃうれしい。結局僕は、音楽もずっとやり続けているわけですから、最初に出会ったYMOのせいで、いまだに。

反抗期を経て

YMOの偉大さに気づきました。

テイ これは五木田君とも共通してるんだけど、途中でYMOから離れてる時期があるんだよね。

五木田 反抗期がありました。10代後半〜20代前半の頃ですかね。「YMOなんてダサいでしょう!」っていう(笑)。とはいえ、チェックは必ずしてるんです。3人それぞれの新譜が出れば必ず買って。ちゃんと聴いてるんだけど、あんまり人には言わずコソコソと(笑)。

テイ YMOおじさんあるある(笑)。

五木田 あはははは(笑)。

テイ 僕の反抗期はニューヨークへ行ってた頃かな。「黒人OR DIE」の時代だったから(笑)。

五木田 ニューヨークじゃ仕方ないですよ。テイさん、ジャングル・ブラザーズとかア・トライブ・コールド・クエストとかとマブダチで、ディー・ライト時代にはブーツィーと一緒にバンドやってるんですもん! 信じられないですよ! ブーツィー・コリンズですよ!

テイ もうね、あの頃は暗黒時代。パツパツでやってたから、写真1枚も撮ってないんだよね。いまブーツィーと一緒だったら写真撮りまくったと思うんだけど(笑)。

五木田 さっきの、YMOを起点にどこへいったかということでいえば、僕は、どんどんアバンギャルドな方向へ転んでいったんです。ディス・ヒートをキッカケにノイズミュージックにいっちゃって。でも、結局YMOにつながるんです。ミニマルもプリペアド・ピアノもジョン・ケージも。あ、こういうのって『テクノデリック』(81年)に入ってたじゃん! オレ、聴いてたじゃん! っていう。結局、つながっちゃう。

テイ めぐりめぐれば、ノイズも音響もミニマルも。究極にいえば、YMOってファンクだと思うんです。ファンクバンドとしての一面もあるし、そもそも「ファンク」って「引っかかる」ということだから。そういう意味では、YMOはひっかかりまくりというか。

五木田 しかも、この人たちは、演奏できちゃいますからね、ファンクを。

テイ できちゃう。でも、そうじゃないオリジナリティで、「僕たちはイエローだ」と。そこが「イエローマジック」なわけですよ。

クシャクシャになったチラシを

コンビニで拡大コピーしてみました。

五木田 だから、テイさんから今回の話をいただいたとき、ついにYMOの仕事がやってきたなと。うれしくて、兄貴にも自慢しちゃいました(笑)。

テイ 『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』をコラージュにしようと思ったのは最初から?

五木田 テイさんもそうだけど、僕も最初の出会いがこのアルバムだったし、ビジュアル的にも強力じゃないですか。これを絵にしたらどうなるのかなと。最初はもちろん、ペインティング、筆で描こうといろいろチャレンジしてみたんです。でも、どう描いても面白くならない。鋤田正義さんの写真が強すぎるんです。

テイ そうなんだよね。

五木田 じゃあ、もっと正確に描いてみようと。ちょうど、どこかでもらってきた、鋤田さんのドキュメンタリー映画(『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』2018年)のチラシが手元にあって、『ソリッド』のオリジナル写真がチラシに使われていたんで、ちょうどいいやと。これをコンビニのコピー機で拡大コピーして、それをきちんとトレースして描いてみるかと。そうしたら、倍率を間違えちゃって、ものすごくデカくなっちゃった(笑)。でもそうすると、網点の具合が非常にいい。僕は網点フェチで、グラフィックデザイナー時代は網点をよく使ってて。あれ、ちょっとまてよ、これを全部デカくして切り貼りしたらいいかもと。しかも、コピーしたチラシがポケットに入ってクシャクシャになったものだったんで、折り目や傷がついたままなのも妙に味わいがある。もしかしてカッコいいんじゃないかなあと。原画はすごく大きいものになったんですけど、それをテイさんに見せたら喜んでくれて。

テイ クシャクシャがヤバい。最高。しかもこの写真、ジャケットとは違うテイクなんだよね。

五木田 僕は全然気づかなかった。テイさんに指摘されて、あ、そうか!と。

テイ 教授の手の位置が違うの。ほぼ、あの前後のショットなんだよね。

…後編に続く

前編からの続き…

選曲については

石野卓球のアドバイスもありました。

テイ 選曲は結構悩みましたね。早い段階で、『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』からは1曲も入れないと決めて。僕も五木田君も『ソリッド』がYMOに衝撃を受けたのなんだのとさんざん言っといてナンなんだけど(笑)。

五木田 いままでベスト盤っていっぱい出てるじゃないですか。それも含め、僕は全部持ってるんですけど、だいたい『ソリッド』から入ってるものが多かったりするし。

テイ だから、ニューアルバムのフリをするというのが最初のコンセプトだったので、決してベストアルバムではないというところでの選曲というのもあったし。

五木田 とはいえ、よくこの選曲で通りましたよね。YMOだけじゃなく、それぞれのソロが入ってるのが挑戦的というか。

テイ 選曲で唯一アドバイスをもらったのは、五木田君と石野卓球。スペシャルサンクスに書かないほうがかっこいいなと思って書かなかったけど、この場を借りてお礼をいいます。

五木田 いい話ですよね、卓球さんとのやりとりは(笑)。

テイ 卓球がどっかから噂を聞きつけて、「テイさん、YMOのベスト出すんでしょ?」って。真っ先に言ってきたのが、「『カモフラージュ』は入るんでしょ?」。「カモフラージュ」は『BGM』(81年)の中でも際だっておしゃれだし、僕も卓球も好きな曲だから、「うん、入る入る」と。「じゃあ、『ファイアークラッカー』は?」「うーん、迷ってんだよねぇ」

五木田 「入らなかったら黒人が暴動起こすよ!」と卓球さんが言ったんですよね(笑)。

テイ 「絶対入れなきゃダメだ!」って。そこはすごく悩んだ。だって、「ファイアークラッカー」(『イエロー・マジック・オーケストラ』)はカバーだもん。

五木田 元はマーティン・デニーですからね。

テイ でも、「ファイアークラッカー」のカバーをするために、細野さんはYMOを始めたわけだし、初期衝動としては入れるべきだなと。暴動を起こされてもイヤだなあと思ったし(笑)。

五木田 『ソウル・トレイン』でもやってますから、「ファイアークラッカー」は(笑)。

テイ そういえば、ニューヨークに初めて行ったとき、アフリカ・バンバータが「ファイアークラッカー」を2枚使いでDJしててさ。それ見て、「マイ・マスター! マイ・マスター!」ってバンバータに言ったんだけど、「え、ちょっと何言ってるかわかんないです」みたいな顔されたんだよね(笑)。

五木田 あはははは(笑)。

テイ で、続けて卓球が「『ビハインド・ザ・マスク』は?」って聞くから、「あれは名曲すぎるから」と。「じゃあ、『アブソリュート・エゴ・ダンス』は?」ってどんどん言ってくるから、「だから、『ソリッド』は1曲も入れないって言ってるじゃん!」って(笑)。

五木田 オマエしつこいぞと(笑)。

テイ でもできあがった音を聴いた卓球が、「超ヘビロテ中!」と言ってくれて。結果、気に入ってくれてよかったなと。

五木田 僕が言ったのは、ひとつだけでした。「ノイエ・タンツ」(『テクノデリック』81年)は入れてほしい、と。

テイ そう。僕も入れるつもりだった、あの曲は。

五木田 ノイズっぽくて好きなんです。実験的で。

テイ ガムランとかケチャも入ってるもんね。

五木田 プリペアド・ピアノも入ってるし。

テイ それでいてファンクでもある。

五木田 あと、僕的には、1曲目が「開け心-磁性紀-」(80年)なのが最高です。

テイ これをいちばん最初にというのは企画を考えたときから決めてた。一昨年だったかな、たまに古本探しで神保町へ行くんだけど、とある店に入ったら、それまで歌謡曲がかかってたのに急にYMOの「磁性紀」がかかったの。で、その後に「バレエ」がかかって。

五木田 神保町で?

テイ 店員が、METAFIVEのヤツが来たぞと思ったからなのか、たまたまだったのか。それで、「YMO関係のものってなんかありますか?」って聞いたら、来たぞと思ったのか、おもむろに雑誌を出してきて(笑)。ま、そういうことがあったんで、コンピをつくる企画を自分から言ってみようと思ったときに、1曲目は「磁性紀」だなと。

五木田 この曲、カセットブック(80年、フジカセットCMのキャンペーン用に制作されたカセットブック『テクノポリス』)に入ってたんですよね、最初は。うちの兄貴が持ってた。

テイ 本がくり抜かれてカセットが埋め込まれてるやつだよね。

五木田 凝った本なんです。それに3人が語るレコーディング秘話が入ってたり。

テイ 「ビハインド・ザ・マスク」のプロトタイプも入ってた。教授がひとりでつくったらしき音源。だから、僕は、「YMOおじさん」と呼ばれる人ほどマニアではないんだけど、そういう人にも喜んでもらえる1曲目かなとは思ってて。なぜ「東風」と「ライディーン」が入ってないんだ! って文句もあるだろうけどね(笑)。大丈夫、「2」には入れますから。「2」があるのかどうかは知らないけど(笑)。でも、YMOのレコードを探してる若者に、「とりあえずこれ聴きなよ、YMOの新譜だから」っていえるものは作れたと思うんです。ソロが入ってるっていうのも初めての試みだしね。

YMOとそれぞれのソロと。

幸宏さんの81年はミラクルです。

五木田 ソロといえば、教授の「ライオット・イン・ラゴス」(『B-2 ユニット』80年)はよく入りましたよね。

テイ ダメ元で言ってみたら、OKが出た。

五木田 昔、教授は、「この曲は僕のものだから」ってよく言ってた、いろんなインタビューで。YMOでも演奏したけれど「この曲だけは」って。

テイ 細野さんが絶賛した曲なんだよね。

五木田 「坂本君、こういう曲をYMOでももっとやってほしかった」みたいな(笑)。細野さんに褒められてうれしかった、という教授のコメントも何かで読んだ記憶がありますけど。

テイ でも、そんなことを言ったなんて2人とも忘れてるから(笑)。

五木田 幸宏さんの「ガラス」は『ニウロマンティック』(81年)からのソロですよね。

テイ 幸宏さんの81年はミラクルなんです。YMOで『BGM』、『テクノデリック』を出した上での『ニウロマンティック』。『BGM』と同時期に作られた香りがすごくするから、この時期の幸宏さんのソロが入るのはいいなあと。

五木田 JAPANの『錻力の太鼓』(81年)とか、あのヘンともリンクしますよね。あの時代、80年、81年、82年近辺のいわゆるニューウェイヴのドラムの音色だったり、オリエンタルな要素だったり。

テイ 細野さんのソロは『フィルハーモニー』(82年)から「スポーツマン」を入れていて。細野さんは、YMOのときは、ソロを全然作ってなくて、「自分がソロをやるのは、YMOが終わったとき」って、インタビューでもずっとそう答えてた。『フィルハーモニー』は『浮気なぼくら』(83年)の前に出たけど、その時点でYMOは終わってたわけですよ、事実上は。あと、「ザ・マッドメン」(『サーヴィス』83年)は、細野さんが自由につくった曲というところで入れました。細野さんが歌ってベースも弾いてる曲ですからね。

五木田 「ザ・マッドメン」はアフリカンビートですよね。僕も大好きな曲。

テイ 正直、『浮気なぼくら』以降、YMOに対する熱は3人ともなかったけれど、細野さんの「ザ・マッドメン」は、散開後のアルバム『S-F-X』(84年)につながっていて。細野さん、最近のライブでやってたりするんですよ、「ストレンジ・ラブ」(『S-F-X』)をカントリー調で、とか。これがまたすごく良くて。「灰色の段階」(『テクノデリック』)もカントリー調でやってるから、入れようかどうしようか、最後まで悩んだんだけど……。いい曲が多いんでそういうことを言い出すとキリがないよね。

ツイステッドな3人が出会ったのは

『はらいそ』のレコーディング現場。

テイ あと、これは入れようと最初から決めていたのは「ジャム」(『テクノデリック』)。僕だけじゃなく、たぶん、本人たちも気に入ってる曲なんです。

五木田 あの曲は最高です。詞もいいし。あの詞には僕、相当影響を受けました。こんな歌詞、見たことがないし、聴いたことがないぞ、と子どもながらに。

テイ あれ、当時YMOが使ってたレコーディングスタジオで食べたジャムパンのことなんだよね。

五木田 そう。スタジオの下にあった喫茶店のジャムパンの話。

テイ クソ不味いジャムパンの話(笑)。

五木田 僕、それを知らなかったんで、幸宏さんに初めてお会いしたときに聞いたんです。「ジャム」の詞はすごいですよね、どうやって書いたんですか? って。そうしたら、それはイギリス人もよく思うらしく、「どうやってあんな哲学的な詞を思いついたんだ?」といつも聞かれると。でも、「出前たのんだら、超不味いジャムパンだった、それだけの話なんだよね」って(笑)。

テイ そういう、ツイステッドな感覚っていうのは、3人の共通点であり、3人そろうとアートっぽくなる。クラフトワークじゃないけれど。クラフトワークは、ラルフ(・ヒュッター)&フローリアン(・シュナイダー)だけだと、ギルバート&ジョージみたいになるから、4人にしたっていう話を聞いたことがあるんだけど(笑)。でもYMOはミラクルな3人が集まったなと思いますよ、ホントに。彼らが初めて集まったのって、細野さんの『はらいそ』(78年)だったんだよね。あの曲のレコーディングのとき。ほら、B面の1曲目、「ここは地の涯て〜♪」って曲あるじゃない。

五木田 「ファム・ファタール〜妖婦」! あの曲はめちゃくちゃいい! 大好き!

テイ 当時のマネージャーさんから聞いたんだけど、あの頃、みんな忙しいから、「今日、録音に来られる人」でたまたま集まったのが、幸宏さんと教授だったと。幸宏さんじゃなかったら林立夫さんだし、教授じゃなかったら佐藤博さんだし。

五木田 あの曲だけ、たまたま3人が集まってるんですよね。

テイ そう。しかも、3人とも身長がほぼ一緒だし、それぞれ違う方向にイケメンだし。細野さんの「イエロー・マジック・オーケストラ」構想はこの3人でやるのが絶対にいいと、マネージャーが説得したらしい。

五木田 細野さん自身は全然違うメンバーを考えてたんですよね。横尾忠則さんを入れて、顔の見えないバンドとしてやろうとか。でも、最初に「ファイアークラッカー」をやることだけは決めていた、というのが面白くないですか? あの時代にマーティン・デニーに注目するって。そんな人いないですよ、ヤン富田さん以外には(笑)。

教授の「千のナイフ」セルフカバーは

神懸かっています。

五木田 で、「ジャム」の後、「シムーン」(『イエロー・マジック・オーケストラ』)、「CUE」(『BGM』、「ファイアークラッカー」と続くわけですけど、この流れは最高ですよね。

テイ 「シムーン」はね、僕、カバーしようとしたことがあるんですよ、実は。で、途中まで打ち込んでみたんだけど、ああ、これはなんにも越えられないなと思ってやめたんです。ただのカバーになっちゃうなと。さっきの五木田君のジャケの話じゃないけれど。

五木田 「CUE」はすんなり選んだ感じですか?

テイ これは悩んだ。METAFIVEでもずっとやってる曲だし、入れなくてもいいかなと思ってたけんだけど、これがオリジナルだよという意味で入れておいたほうがいいなと。最後まで悩んだ。

五木田 僕が思うに、「CUE」は細野さんと幸宏さんの2人だけで作ったじゃないですか。教授は、それに嫉妬したんじゃないですかね。あまりにもいい曲ができたのが悔しくて、それで「千のナイフ」(オリジナルは自身のデビューアルバム『千のナイフ』78年)を『BGM』にブチ込んじゃないかと(笑)。

テイ オレは「千のナイフ」作り直したる!って(笑)。それはどうだったかはわからないけど、でも、めちゃくちゃカッコいいんだよね、『BGM』の「千のナイフ」は。

五木田 シンセのソロがものすごくカッコいい。

テイ リングモジュレーションのギターみたいなシンセね。

五木田 僕の個展がニューヨークであったとき、テイさんと僕とコンピューマの3人でDJパーティをやったんだけど、そのとき、僕もテイさんもYMOをけっこうかけて。テイさんは「千のナイフ」を爆音でかけてましたよね。

テイ アナログをかけるときっていつもEQ(イコライザー)を気にするんだけど、今回のアルバムはそういうところは補正してあるんで、堂々とかけられるようになったのがいいところ。カルトキングのおかげですね(笑)。

五木田 あと、今回の選曲でいえば、「マルティプライズ」(『増殖』80年)が後半にポンと入るのはテイさんぽいなと思いました。ヒネリがあるというか。直球じゃないよっていう。

テイ 僕、DJをやるときに、「かけ逃げ」ってのをよくやるんです。「テイさん、あと1曲お願いします!」とか言われたときに。そういうときは、だいたいスペシャルズか、マッドネスの「ワン・ステップ・ビヨンド」か、「ハイスクールララバイ」をかけて「じゃあね〜」と(笑)。「マルティプライズ」はそういうときの飛び道具でもあるんですよ。

五木田 いいっすねえ(笑)。

テイ あと、外すという意味では、「体操」(『テクノデリック』)も入れてるけど、これは、ファンクでミニマルな曲ですからね。現代音楽的なプリペアドも入ってるし。でも、これは入れるんだけど「東風」は入らないよという(笑)。

五木田 そこはね(笑)。

テイ 最後は「ナイス・エイジ」(『増殖』)を入れたんだけど、当時すごいなあと思ったのは、サビをサンディさんが歌ってたことなんですよ。「あれ、このバンド、女の人はいないのにな?」っていう。

五木田 僕もそれ思いました、小学生のときに(笑)。子どもって素直だから、アレ? って不思議に思っちゃうんですよね。

テイ そうなの。いまはそういうのも違和感なく受け入れられているけれど、当時はちょっとビックリすることで。ああ、そういうこともあるのか、と。実は、それがいまの自分にもつながってる。自分のソロ、女の子のボーカルでもいいんだなって(笑)。「Technova」とか「Luv Connection」とか、女の子に歌ってもらってるのはそういうこと。

五木田 うわ、「体操」がそこにつながった!(笑)

テイ 「テイ・トウワって女じゃないんだ!」って言う人、たまにいるもん(笑)。まあ、ディー・ライトでたまたま女の子と出会えたから、というのもあるけれど、女の子ボーカルが多いのはそういうことですよ。最初に見たものを親と思う、みたいな部分かもね(笑)。

「YMOのこの1曲」をあげるとすれば?

初心者にすすめるアルバムは何ですか?

テイ 1曲あげるとすれば、やっぱりいちばん最初に聴いた曲ということで「ライディーン」かなあ。入ってないけど(笑)。だから、今回の『ノイエ・タンツ』といっしょに『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』も買ってくださいということですかね。

五木田 僕は、「コズミック・サーフィン」。フュージョンぽい細野さんのベースがカッコいい。『パブリック・プレッシャー』(80年)に入ってるライブバージョンも好きですけど、でも、ファーストに入ってる単純なバージョンも好きだなあ。

テイ 「コズミック・サーフィン」が細野さんで、「ライディーン」が幸宏さんで、「東風」が教授。3曲あげるとすれば、それかな。

五木田 究極の3曲っすね。

テイ 3人の最初のモチベーションだからね。どれも『ノイエ・タンツ』には入ってないですけど(笑)。だから、初心者には初期のアルバムを聴くことをおすすめするんだけど、でも、後期にもいい曲はいっぱいあって。教授でいえば、「ONGAKU」とか「パースペクティヴ」とか。

五木田 僕もすごく好きっすね、その2曲は。ちなみに、「ONGAKU」の歌詞は現代音楽がモチーフなんですよ。「地図帳拡げてオンガク♪」「電車ゴトゴトオンガク♪」「ピアノに登ってオンガク♪」というのは全部、現代音楽の方法論を言っていて。おもしろいんです、あの曲は。

テイ 結構、五木田君はYMOおじさんの域だなあ。僕より全然詳しいよ(笑)。

では、最後に。

おふたりにとっての「YMOとは?」

五木田 魂の故郷。だって、小学生ですから、出会ったのが。僕にとっては、アントニオ猪木とYMOが魂の故郷なんです、結局。

テイ ピラミッドですね。行ったことないけど(笑)。神秘のパワー、「サン」ですね。

Go to Top

構成・文 辛島いづみ

TOWA TEI  www.towatei.com

TOMOO GOKITA  Short BIO
1969年東京生まれ。90年代後半に鉛筆、木炭やインクで紙に描いたドローイング作品で注目を集め、2000年に作品集「ランジェリー・レスリング」を出版。ニューヨークでの展覧会を皮切りに、これまで国内外で多数の個展を開催。近年は白と黒の色彩で描く人物画など、具体的なモチーフを見せつつも抽象的なペインティング作品を手がけている。2012年にDIC川村記念美術館の「抽象と形態:何処までも顕れないもの」展に参加し、2014年同館にて個展「THE GREAT CIRCUS」、2018年4月には東京オペラシティ アートギャラリーにて個展「PEEKABOO」を開催。『シャッフル鉄道唱歌』天然文庫刊(2010年)、『777』888ブックス刊(2015年)、『Holy Cow』タカ・イシイギャラリー(2017年)、『PEEKABOO』公益財団法人 東京オペラシティ文化財団(2018年)などの作品集、展覧会カタログを出版。2008、2012、2017年にタカ・イシイギャラリーにて個展を開催。現在東京を拠点に活動。

Born in 1969 in Tokyo. In the late 1990s, Gokita received acclaim for drawings made with charcoal and ink on paper. His first book Lingerie Wrestling was published in 2000. Starting with a show in New York in 2006, Gokita has exhibited his works in solo exhibitions internationally. In recent years, he has produced abstract paintings alongside figurative works made in black and white. In 2012, his work was included in “The Unseen Relationship: Form and Abstraction” held at Kawamura Memorial DIC Museum of Art. In 2014, his solo exhibition “THE GREAT CIRCUS” was held at the same. In April 2018, his solo exhibition “PEEKABOO” was held at Tokyo Opera City Art Gallery. His books and exhibition catalogues include Shuffle Tetsudō Shōka [shuffle railroad songs] (Tokyo: Tennen Bunko, 2010); 777 (Tokyo: 888 Books, 2015); Holy Cow (Tokyo: Taka Ishii Gallery, 2017); and PEEKABOO (Tokyo: Tokyo Opera City Cultural Foundation, 2018). He is currently based in Tokyo and has had solo exhibitions at Taka Ishii Gallery in 2008, 2012, and 2017.

『NEUE TANZ』Vinyl 
開封の儀

『NEUE TANZ』CD 
開封の儀

YELLOW MAGIC ORCHESTRA
CLICK TO DETAIL

YELLOW MAGIC ORCHESTRA

Since 1978

L to R:
HARUOMI HOSONO
RYUICHI SAKAMOTO
YUKIHIRO TAKAHASHI


Original Photo ©Masayoshi Sukita