西寺郷太 It's a Pops

NONA REEVES西寺郷太が洋楽ヒット曲の仕組みや背景を徹底分析する好評連載

第23回 ワム!「ラスト・クリスマス」(1984年)【前編】

第23回 ワム!「ラスト・クリスマス」(1984年)【前編】

―― さて郷太さん。今回の連載「It's a Pops」は、12月6日に公開される映画『ラスト・クリスマス』にスポットを当てます。郷太さんは、ソニーミュージックから発売されたサウンドトラックCDのライナーノーツも担当されていますね。

西寺 はい。10月でしたか。ソニーミュージックの佐々木さんから「ワム!の<ラスト・クリスマス>が映画になります。ワム!とジョージ・マイケルをフィーチャーしたサウンドトラックがウチから出るので、郷太さん、ライナーノーツの執筆をお願いできませんか? 締切りはもうスグなんですけど……」と連絡が来て。ジョージ・マイケルは、この「It’s a Pops」の連載の第1回目がジョージ・マイケル「アイ・ウォント・ユア・セックス」だったように僕が最も敬愛するアーティストのひとりです。ジョージ・マイケルに関しては『フェイス』と『リッスン・ウィズアウト・プレジュディス』が再発された時にライナーを書かせてもらっていたんですが、ワム!に関しては、特別な企画盤とかがなかったこともあって、これまでオフィシャルな仕事はなくて。「ワム!必ずやります!!」って返事をして。ただ映画『ラスト・クリスマス』の内容に関しては、ちょっと心配でしたね。

第23回 ワム!「ラスト・クリスマス」(1984年)【前編】

『ラスト・クリスマス オリジナル・サウンドトラック
Featuring The Music Of ジョージ・マイケル&ワム!』
2019年
解説:西寺郷太(NONA REEVES)
SONY MUSIC


―― どのように「ラスト・クリスマス」が映画題材にされているか心配?

西寺 そうですね。イギリス発のミュージシャンのキャリアを題材にした映画としてはクイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』がありましたよね。エルトン・ジョンの『ロケットマン』も公開された流れのなかで、英国に愛された人気アーティストという意味でも次はワム!、ジョージ・マイケルの映画は作られるべきだという期待は僕の周りでもあったんです。放送作家の鈴木おさむさんも「郷太くん、次はワム!だよね!」と仰ってましたし。ただ、『ボヘミアン・ラプソディ』や『ロケットマン』みたいに、ジョージにそっくりな俳優が出てくるような一連の作り方だったら、どうなるんだろうって心配もあったのは事実です。ただ、今回はあくまでワム!、ジョージ・マイケルの音楽がフィーチャーということだったんで、心配が興味に変わっていましたね。

―― クイーンやエルトン・ジョンと同じくワム!は日本でもポピュラーな存在でした。

西寺 過去の「洋楽」史上でも下手したらクイーン以上にワム!人気あったと思うんですよ。ルックスが良いスーパーアイドル・デュオでもあり、曲も飛び切りキャッチーで本国イギリスでも、アメリカ、日本でもナショナル・チャートのナンバー1になったという珍しいグループですからね。

第23回 ワム!「ラスト・クリスマス」(1984年)【前編】

ワム!
『メイク・イット・ビッグ』
1984年
SONY MUSIC


―― そうですね。80年代に関していえば、全英、全米、オリコン総合1位を獲得したアルバムは’84年末から’85年初頭にかけて記録したワム!の『メイク・イット・ビッグ』だけです。

西寺 いつもながらマニアックなチャートフォローをありがとうございます(笑)。時代的には光GENJIの諸星和己さんの絶対的なアイドル・スター性に、飛鳥涼さんの狂気的な混乱と鈴木雅之さんのパフォーマー性が足されたような存在ですよね。みんなから愛されたかーくんの要素と、稀有なシンガーソングライターとしての飛鳥涼さん&シンガー、パフォーマーとしてのマーチンさんの才能の合体みたいな感じ……え!? 伝わってるかな?

―― 大丈夫だと思います(笑)。ジョージ・マイケルに関しては、さらにスキャンダラスなところも含めて話題に事欠かせなかったですよね。

西寺 その部分でもエルトン・ジョンとかフレディ・マーキュリーに勝るとも劣らないキャラクター。だから、僕が今の時代に孤軍奮闘っていうか、必死になって「ワム!と、ジョージ・マイケル最高!!」 って吠えてるように見えますけど、そもそも楽曲のインパクト含め、アーティスト・パワーとしてのポテンシャルは圧倒的な存在なわけで。ただワム!は’86年に解散、ジョージ・マイケルも’91年以来、30年以上も日本に来てないっていう状況のなかで、本人が急逝。日本において、今から、改めて火をつけるのは難しいだろうなってことは思ってたのは事実でもあって。今回『ラスト・クリスマス』のような良い映画か作られて僕は単純に嬉しいです。この映画がワム!~ジョージ・マイケル再評価の序章になれば良いなと心から思います。

第23回 ワム!「ラスト・クリスマス」(1984年)【前編】

―― 映画『ラスト・クリスマス』は、ジョージ・マイケルの死去から3年目のクリスマスにファンに届くことになりました。

西寺 ……。僕、マイケル・ジャクソン、プリンス、ジョージ・マイケルっていう3人が本当に好きで。ほかにももちろん、マーヴィン・ゲイやジョン・レノンにも夢中になりましたけど、僕が彼らに心酔した頃にはすでに彼らは亡くなっていました。そういう意味でもやっぱり3人は特別で。でも2009年から7年の間に、その3人が続けて亡くなって。マイケルの時は2回泣いたんですよ。1回目は亡くなった日で日本では2009年6月26日。TBSのラジオをやっていて。当時のプロデューサーから「緊急追悼番組にします、出てくれませんか」って言われて、向かってる最中に車のなかで聞こえてきたラジオで湯川れい子さんがマイケルの「ヒューマン・ネイチャー」をかけていたんです。そしたら、「願っていたけれど、もう会えることは一生ないんだ。マイケルのいない世界にこれから生きていくんだな」思った瞬間に路肩に車を止めたら、涙があふれてきて。2回目はそれから2、3年後のロンドン。ジャクソン兄弟のジャッキーとティトとマーロンと会って、お母さんのキャサリン・ジャクソンと会えた時に、めちゃくちゃ涙が出てきて……。妙にあったかい不思議な空気が僕を包み込んだんです。あの瞬間、マイケルが会わせてくれたに違いないと、そう思って。

―― プリンスが亡くなったのは2016年4月21日でした。

西寺 プリンスの時も、涙が溢れましたね。その日は、ちょうどプリンスのライナーノーツを書いて送信した直後で。『ヒット・アンド・ラン フェーズ・ツー』という作品のライナーノーツを入稿した翌朝に悲報が届いて。いろんな場面でやっぱりプリンスの音楽に救われて、自分はプロのミュージシャンになれたって思っていたので。NONA REEVESも全部そうですけどね。ターニングポイントで自分の人生を絶対に変えてくれた人です。泣いていたら息子が側に来て「なんで泣いてるの?」って。「もしプリンスと出会ってなかったら。子供はいたかもしれないけど、君じゃなかったかもしれない」と思ったりして。上京していなかった可能性だって、ありますしね。やっぱりスーパースターって、かなり密接に人の人生を変えていますよね。

第23回 ワム!「ラスト・クリスマス」(1984年)【前編】

―― ジョージが亡くなったのはその8か月後。2016年12月25日のクリスマスでした。

西寺 クリスマスでしたね。ただ自分でも不思議なんですが、ジョージが亡くなってから3年が経ちますが、まだジョージのことで泣いたことはありません。あまりの衝撃と現実味のなさに、いまだ心の奥からその辛い事実を信じることが出来ていない状況が続いていると言ったほうがいいでしょうか。もしかしたら3人のなかではジョージ・マイケルのことが一番好きだったかもしれないので。マイケルやプリンスに比べて、ジョージはワム!のデビューからそのキャリアを知っていたし、何よりも彼の音楽背景に僕はリスペクト、というかミュージシャンとしての成り立ちに親近感を抱いていたんです。彼は一般家庭で生まれた人間で、イギリス人。ブラック・ミュージックに「憧れていた」人ですから。

―― この時点でマイケルとプリンスとは違いますね。

西寺 そう。マイケルみたいに子供の頃からスパルタ教育受けて、兄弟達とアポロシアターで経験を積んだり、ジャクソン・ファイヴとしてチャイルド・スター街道まっしぐらだったわけではない。マイケルこそモータウン帝国の申し子で、様々な匠達が彼に曲を提供し、プロモーションのお膳立てもあった。そして、プリンスのように父親が地元ミネアポリスのジャズ・ピアニスト、母親がシンガーだったという音楽的な家庭でもない。ジョージは17、8歳までは単なる高校生で、特に父親には強硬に反対されて、無理だと言われる中逃げるようにプロになった人です。フツーじゃなかったのは、やはりそのたぐいまれなる音楽的才能ですね。18歳の終わりのワム!デビューから世界的な成功までの道のりが信じられないほど早い。クリエイターとしても急速に濃密な成長を遂げ、23歳になったばかりの1986年6月28日に解散しました。その後、24歳で発表した『フェイス』によってジョージ・マイケルとして他の追随を許さない位置にまで登りつめたわけです。

第23回 ワム!「ラスト・クリスマス」(1984年)【前編】

ジョージ・マイケル
『フェイス』
1987年
SONY MUSIC


―― 以前、この連載で郷太さんは言ってましたね。「ジョージ・マイケルの特徴は彼が憧れたプリンスのように様々な楽器を自由自在に演奏できるミュージシャンじゃなかった」ことだと。

西寺 ジョージは彼自身の頭のなかで音楽を構築して、その音をある意味不器用に探し求めた人でした。それこそが天才たる所以なんですけどね。日本円で約1億円と言われた当時最先端の録音機器シンクラヴィア9600を導入し、はじめての本格的なデジタル・レコーディングにトライしながらアルバム『フェイス』をほぼひとりで作ってしまった。「アイドル扱い」に対する反骨心もあったと思います。一般的な家庭に生まれ、黒人音楽に憧れ「外の世界」から音楽家として頂にのぼりつめたジョージの死は、マイケルやプリンスへの想いと、僕のなかでは少し違うんです。



第23回 ワム!「ラスト・クリスマス」(1984年)【前編】


『ラスト・クリスマス』公式サイト


―― そんな郷太さんから観て、心配から興味に変わったという映画『ラスト・クリスマス』はいかがでしたでしょうか。

西寺 試写を観て、思いのほか感動してしまいました。本当にジョージ・マイケル好きな人が作った映画だなと。特に音楽の使い方が、純粋な想いに満ち満ちていて素晴らしい。もしジョージ本人が生きていて選曲しても、この内容には喜んだんじゃないかと思うような流れ方でスクリーンを彩っていました。例えばワム!時代の「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」「恋のかけひき」「ラスト・クリスマス」、ジョージ・マイケル時代の「トゥー・ファンキー」「ヒール・ザ・ペイン」「プレイング・フォー・タイム」。本当にジョージ自身も自信を持ってた作品群だったので。単なるヒットの順に並べたわけでない選曲もひっくるめて、素晴らしいサウンドトラックだなと。あと、この映画にはワム!、ジョージ・マイケルのファンならば驚くほどの仕掛け、メッセージも巧妙に散りばめられているんですよね。

[後編](12月中旬公開予定)に続く。


聞き手/安川達也(otonano編集部)




Wham!「Last Christmas」1984(Official 4K Video)

第23回 ワム!「ラスト・クリスマス」(1984年)【前編】

WHAM! 「Last Christmas」


Recording:Advision Studios, London
Release:December 3,1984
Songwriter:George Michael
Producer:George Michael
Label:Columbia


 「ラスト・クリスマス」は、人気絶頂のワム!(ジョージ・マイケル&アンドリュー・リッジリー)が1984年12月に世界リリースしたクリスマスソング。ワム!名義で発表されているが、実際にはジョージ・マイケルがひとりで多重録音している。通常の7インチ・シングル・ヴァージョン(ドーナツ盤)のほかに当時流行していた12インチ・シングル・ロング・バージョンが発表された。本国イギリスでは、ワム!も参加したチャリティ・シングル「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」(BAND AID)が首位だったため最高2位に甘んじたが、当時としては珍しいミリオンセラーに輝いている。日本ではオリコン’84年12月30日付のオリコン総合シングルチャートで最高12位を記録。以降もクリスマスの定番ナンバーとして人気を博し、オリコン洋楽シングルチャートでは’88年12月19日に初の1位を獲得、通算で30週以上も1位を獲得。’92年にはオリコン洋楽シングルチャートの堂々年間チャ1位を記録。累計セールスは100万枚を突破し国内最大の洋楽クリスマス・ヒット曲として愛され続けている。ジャケット写真は「ラスト・クリスマス」日本国内盤12インチシングル(’84年12月15日発売)。



第23回 ワム!「ラスト・クリスマス」(1984年)【前編】

『ラスト・クリスマス』2019年12月6日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開!『ラスト・クリスマス』公式サイト





第23回 ワム!「ラスト・クリスマス」(1984年)【前編】

『ラスト・クリスマス オリジナル・サウンドトラック』スペシャルサイト






第23回 ワム!「ラスト・クリスマス」(1984年)【前編】

●【追悼】ジョージ・マイケル|GEORGE MICHAEL 1963-2016


プロフィール

西寺郷太
西寺郷太 (公式サイト http://www.nonareeves.com/Prof/GOTA.html)
1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成しバンド、NONA REEVESのシンガーとして、’97年デビュー。音楽プロデユーサー、作詞・作曲家として少年隊、SMAP、V6、KAT-TUN、岡村靖幸、中島美嘉、The Gospellersなど多くの作品に携わる。ソロ・アーティスト、堂島孝平・藤井隆と のユニット「Smalll Boys」としての活動の他、マイケル・ジャクソンを始めとする80年代音楽の伝承者として執筆した書籍の数々はべストセラーに。代表作に小説『噂のメロディ・メイカー』(’14年/扶桑社)、『プリンス論』(’16年/新潮新書)など。

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