落語 みちの駅

第九十七回 「柳家小三治魔法の高座(朝日名人会リポート)」
 12月15日(土)14時から第185回朝日名人会。前座・金原亭駒六さんは年があければ二ツ目目前でこの日は「真田小僧」。15分の持ち時間でこの噺をやれば、大概は後半の講談引用部分を省くのですが、駒六さんは上手にスリム化して「薩摩へ落ちた」のサゲまで行きました。しかも事前にそうする旨を打診してのこと。馬生一門らしい、近頃珍しい心がけです。

 続いて三遊亭わん丈さんの「お見立て」。これも随所にスリム化が行き届いて約21分で完了。ちょっとホステス風の喜瀬川おいらんでしたが、軽く柔軟なはこびでおもしろく聴かせました。喜助が多少骨のある男になっていたのにも、現代的廓噺のアングルが感じられました。

 ひと頃、力こぶを入れるあまり高座が徒に長くなる傾向がありましたが、将来を担う若手がコンパクト志向になってきたのは結構なことです。

 入船亭扇辰さんは「雪とん」。演者の少ない噺なので多くのお客が初耳だったかと思います。師匠の九代目扇橋さんの淡々とした芸とは少しちがう、タッチの強さがある扇辰さん。でも江戸の夜を描ける貴重な人材です。草双紙の世界に誘ってくれました。

 林家正蔵さん「小間物屋政談」。正蔵さんの芸はゆっくりながら、三年ほど前から貫禄を増してきました。メリハリの幅が大きくなったこと、発声の重心が少し低くなったことで自然に「煮えてきた」料理のようなもの。これからが楽しみです。

 柳家小里ん「提灯屋」は落語らしい落語の典型のような高座でした。師・五代目小さんのままのようでいて全体に小里ん独自の風味が感じられるのはうれしいことです。

 柳家小三治「うどん屋」は70分の長演でした。「うどん屋」本体はむしろ短か目。酔っ払いもあまりくどくど話を繰り返しません。

 長講の主因は「ま・く・ら」にあります。いつも以上にやる気がなさそうに話題を手にしては捨てて、「うどん屋」自体の放棄さえほのめかしたり――の、つまり気儘な老大家の、気分と心の戯れが40分以上続いたのでした、それでいて満員の客席を引きつける。こういう境地に至った落語家を小三治さん以外には知りません。言い換えれば落語家柳家小三治は前人未到の落語の――、いや「噺」ではなく「話」の世界を歩んでいるのです。となれば「うどん屋」であってもなくてもいい。

 達人の域にある人物が数百人の客席に向かって自分自身でもどう歩むのかわからないほど自由に、勝手に、即興的に、話しかけるともなく語っている――。

 さあ、天下の十代目柳家小三治はいつまで、どこまで高座で自分という「人間」を見せ続けてくれるのか。満79歳を迎える小三治という人物の「近影」の少々長めのひとときでした。




第九十七回 「柳家小三治魔法の高座(朝日名人会リポート)」
三遊亭わん丈「お見立て」


第九十七回 「柳家小三治魔法の高座(朝日名人会リポート)」
入船亭扇辰「雪とん」


第九十七回 「柳家小三治魔法の高座(朝日名人会リポート)」
林家正蔵「小間物屋政談」


第九十七回 「柳家小三治魔法の高座(朝日名人会リポート)」
柳家小里ん「提灯屋」

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。