落語 みちの駅

第九十四回 「第183回朝日名人会について」
 10月20日(土曜日)14時から第183回朝日名人会。春風亭正太郎「ふぐ鍋」桂やまと「鹿政談」柳家さん喬「心眼」、仲入り後は柳家三三「看板の一(ピン)」柳亭市馬「淀五郎」。

 前座の春風亭朝七さんが「やかん」をやって、軍談物チックなコーナーで客席から拍手が来ました。珍しいことです。あっぱれ注目すべしですが、早くも老練の演者像に納まってしまっては危険です。むずかしい注文ですが、若練であってほしいものです。

 正太郎さんの「ふぐ鍋」はデッサンも運びもしっかり整っていて、少しイヤミなところもあるこの噺を明るく朗らかに聴かせてくれました。若錬のお手本はこのあたりかと思います。

 やまとさんの「鹿政談」はきっちりと演じただけでなく自分自身の考えや意見をずいぶん口にして朗らかにおもしろくまとめました。ただ、この噺は誰がやっても奉行のイイカッコ趣味が鼻につくところがあります。豆腐屋・与兵衛の善人ぶりをもっと表して奉行のイヤミを中和してみたらいかが。

 さん喬さんの「心眼」はかつての黒門町・八代目桂文楽を思わせる丁寧な作りでしたが、目が不自由な主人公の表現に気兼ねをせず、言葉を無理にそらさない演出でした。本当はこのほうが主人公の悲劇が結果的に昇華されるのだと思います。

 中入り後の三三さんは、さん喬・市馬両先輩の「締めた噺」に挟まって軽く楽しい「看板の一」で鮮やかに客席の気分を盛り上げてくれました。公演全体を演出する立場としてはしてやったりとひとりいい気分になれるものです。

 市馬さんの「淀五郎」はとても結構でした。「中村仲蔵」とちがって主人公の深刻な心理描写がありますから、有名な大ネタの割りには演じる人があまりいません。私は六代目三遊亭圓生で何回も、三代目桂三木助でニ回聴いていまして、この噺には多々思うところがあります。

 ほぼ完璧だったといってもよい圓生型を高弟・三遊亭圓弥から習った市馬さんはしっかり地に足をつけて語り進めてくれました。

 型がよければ正面切ってやるだけでも充分。しいて圓生・圓弥とちがう点をあげれば、湿っぽさがないことでしょうか。名作「淀五郎」を次世代へとつなく画期的な成果だったと思います。




第九十四回 「第183回朝日名人会について」
春風亭正太郎「ふぐ鍋」


第九十四回 「第183回朝日名人会について」
桂やまと「鹿政談」


第九十四回 「第183回朝日名人会について」
柳家さん喬「心眼」


第九十四回 「第183回朝日名人会について」
柳家三三「看板の一」

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。