落語 みちの駅

第九十一回 「改めて創名のすすめ」
 落語協会の2018年の真打昇進者は5名。8月29日にその披露目のパーティが上野の精養軒で催されました。駒次改メ古今亭駒治、さん若改メ柳家小平太、花ん謝改メ柳家勧之助、たこ平改メ林家たこ蔵、ちよりん改メ古今亭駒子。

 全員改名してはいますが、「襲名」とのたまうほどのものではありません。これは自然のなりゆきだと思います。1950年代なかばの「昭和の名人」あまたの時分は数十名しかいなかった東京の落語家人口は今や十倍以上、既製の名跡は品切れの状況が続いているのです。それに素顔で演じる落語は歌舞伎、舞踊、音曲とは違って、最後は一人一人の個性と人間味が勝負を決めますから○代目なにがしの効用は低いと思うのが妥当な見識というものでしょう。

 私はかつて「落語博物史」という自著で「創名のすすめ」という項を記しました。昨年再編集、再刊行した「これで落語がわかる」にもこの項は入っています。

 つまり、○代目なにがしよりも、落語家はすべからく初代なにがしであるべし、と私は思い続けているのです。まあ、空席の名跡があれば襲名してもいいけれど、創名に目覚めるほどの者でなければ「創芸」は覚束ないと観念すべし。

 花ん謝改メ勧之助さんに今回の改名について聞いてみました。師匠・花緑からは自分で考えて新しい名前を名乗れと言われたそうです。「創名」の精神ですね。私が「創名」にこだわる原点には「花緑」があるのです。新しい時代の言語センスにあふれたこの名前を旧派の大御所・5代目柳家小さんが創名したことが素晴しい。師匠・花緑と大師匠・小さんから1字ずつ貰う形で「花ん謝」を創名した新・勧之助は「花」も「ん」からも離れて、しかし「かん」の音を残して自分の真打名を創名した、ということでした。

「勧進帳」の勧の字が落語家の名前に使われるのは、おそらくこれが初めてです。「雀家翫之助(すずめや・かんのすけ)」という古い名前があって、少なくとも五人くらいはいたが長いこと廃絶している、という文献的事実はあるのですが、翫の字は今となっては古風にすぎるでしょう。

「いやいや翫之助から初代三遊亭遊三になった大物もいるんだぜ」

「その遊三の『火焔太鼓』があの志ん生の傑作の原型なのだそうだね」

 そんな問答もなかなか乙ではありますけれど――。


第九十一回 「改めて創名のすすめ」
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京須偕充・著(弘文出版)


著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。