西寺郷太 It's a Pops

NONA REEVES西寺郷太が洋楽ヒット曲の仕組みや背景を徹底分析する好評連載

第11回 ビリー・ジョエル 「素顔のままで」(1977年)【後編】

第11回 
ビリー・ジョエル
「素顔のままで」(1977年)【後編】



―― (【前編】からの続き) ビリー・ジョエルがビリー・ジョエルたる所以のひとつはあの“英語の発音”……どういうことですか?

西寺 ビリー・ジョエルは歌う時の英語の発音がハッキリしているんですよ。歌詞もシンプルで聴き取りやすい。そのことには何となく昔から気付いてはいたんですが。僕自身がNONA REEVESでビリー・ジョエルをカヴァーするようになった10年くらい前からはそれは確信に変わっています。ストリーミングでも聴ける、カヴァー・アルバムのシリーズ『CHOICE』でマイケル・ジャクソンやジョージ・マイケルやプリンスらを自分なりに咀嚼して歌ってきて。元々、カヴァーが大好きなんですよね。で、どうやったら上手に英語が伝えられるのかなってアーティストごとにいろいろ試行錯誤を重ねていますが、やっぱりオリジナルな歌唱を聴き込むわけです。その時、特にビリーはめちゃくちゃハッキリ英語を発音して歌っていることがよくわかります。だからビリー・ジョエルの曲は、ネイティヴではない人間にも非常に歌いやすく、逆に発音のお化粧がない分冷静になると無茶苦茶ヘタな英語に聴こえてしまうんです(笑)。

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―― カタカナ英語でしっかりと歌っちゃう感じですか?

西寺 それに近いかもしれません。一番自信がなくなるのがビリー・ジョエルです(笑)。「素顔のままで」は世界中のカラオケで大人気の歌なんですけど、ビリーの歌唱に関してネイティヴな知人に尋ねたら「そうなんだよね。彼はめちゃくちゃハッキリ歌うんだよね」って。あ~やっぱりそうなんだ、と。で、その時にパッとアタマに浮かんだのが槇原敬之さんとかKANさん。素直に口を大きく開いて、言葉の意味が伝わるように歌われますよね。90年代初頭に登場したピアノを弾き語るシンガーソングライターの皆さんは、時代的にもビリー・ジョエルの影響は大きいと思われるんですよね。♪ドンナときも~とか♪サイゴにあいはかつぅ~とか、多分、海外の日本語を覚えたての方にも聴きとったり、歌ったりしやすいと思うんです。それに比べて、例えば初期の吉川晃司さんとか、桑田佳祐さんのような崩した発音の日本語を詰め込むそれぞれオリジナルな歌唱法は、それこそマイケルとかに近いのかもなぁ、と。槇原さんや、KANさんの歌い方は、ビリー直系なのかなぁ、ってカヴァーしてみて気づいたんです。♪オーネスティー!サッッチャロンリーワード、とか日本人でもよくわかるというか。♪モウこいないんてしないなんてーいわないよぜったいー、は歌詞としては何周もヒネられてますけどね。


第11回 
ビリー・ジョエル
「素顔のままで」(1977年)【後編】

BILLY JOEL「Just The Way You Are」

Release:September 1977
Songwriter:Billy Joel
Producer:Phil Ramone
Label:Columbia
Record&Mix:A&R Recordings,NY

Piano,Vocals:Billy Joel
Acoustic Guitar:Hugh Mccracken
Percussion:Ralph Mccdonald
Alto Sax:Phil Woods


1977年9月に発売されたビリー・ジョエルの5thアルバム『ストレンジャー』(全米2位)からの1stカットシングル。’78年2月18日付ビルボードHOT100で3位(年間18位)を記録した。1979年発表の第21回グラミー賞の最高栄誉Record of the YearおよびSong of the Yearを受賞しアメリカを代表するシンガーソングライターとなった。アルバム『ストレンジャー』収録時の初回5000枚出荷時の邦題は「そのままの君が好き」。シングル盤発売に「素顔のままで」と改名されたがカッコ内はその名残。



―― ビリーは詞とメロディはどっちを先に作っているんですかね?

西寺 それは同時なんじゃないですかね。これもカヴァーして感じたことなんですけど「素顔のままで」は歌っていて本当に気持ちがいいんです。具体的に言うと、ブリッジが特に素晴らしい。ブリッジとは、伝統的ポップスのだいたいのパターンに登場するんですが主に二度目のサビが終わった場面に訪れる別の展開のこと、その後のまたサビに戻るクライマックスにつなぐ大事な部分です。「素顔のままで」に関して具体的に言えば、歌っていて一番気持ちいいのが2分経過した瞬間に訪れる、♪I Need to Know~からの流れであれがブリッジ。歌っていても聴いていていても演奏していても多幸感がガーンと来るというか、震えるというか。

―― でもそれってロック、ポップスの基本なんじゃないですか。

西寺 この当時は、ですね。ブリッジが、アメリカンポップスのソングライターの腕の見せどころっていう時代が確かにあったんです。ただこのブリッジ文化って今はちょっとなくなっていて。ちょっと説明過多というか、はいはいブリッジ来るんでしょみたいな食傷感は正直あって。今の楽曲の多くはめっちゃ盛り上がる短いイントロがあって、Aメロがあってサビがあって、またイントロ的な歌がないリフで盛り上がって終わりというのがけっこう主流。ギターソロもない。今の世の中は当時よりも情報量が多いし、やっぱりスマホで音楽聴いたりするとすぐ飽きたら飛ばしたり変えたりしちゃうんで、仕方がない部分はあると思います。若いリスナーが1曲に求めていることは、そんなに多くない。例えばよく新幹線で食べる崎陽軒の「シウマイ弁当」で言えば、シュウマイとご飯だけでいいという発想ですね。

―― あ、出た。以前、ホイットニーを味噌煮込ウドン、TOTOを定食の味噌汁に例えていましたが(笑)。

西寺 でも僕はかまぼことか卵とか、何より右上に詰まってる茶色いタケノコ煮が大好きで、あの弁当トータルで大好物なんです(笑)。あのコリっとしたタケノコ煮こそ究極のブリッジみたいなもんですよ(笑)。もちろんシュウマイがサビです。自分でも言っていて、意味がわかりませんけど(笑)。要は3分とか4分間の使い方の中で、メインディッシュとその他をどう配置するのか。一番大事なもの以外を排除する美しさもあるけれど、ビリーの楽曲は違います。すべての言葉やコード、パートが有機的に作用して、シンプルな言葉をわかりやすく歌う。普遍的なメッセージも相まって我々のようなアジア人にも届いた、と。

―― 「素顔のままで」の素材としてのメロディと歌詞はどっちが先に生まれたんですかね。

西寺 「素顔のままで」は、♪Just The Way You Areの言葉がやっぱり先だったんじゃないでしょうか。メロディを作った後にあの言葉が出てきたとは思えないですね。あくまでも妻エリザベスに正直な想いをプレゼントしようと思った時に、あの有名な歌い出し♪Don’t Go Changingが出てきたと思うんです。

―― その手順のほうが、さっきおっしゃった言葉をはっきりと発音する歌になる。そんな傾向もあるんですか?

西寺 多少あるかもしれませんね。昔も今もよく比較されるイギリスのエルトン・ジョンとの違いは、エルトンは歌詞を書かないということです。「Your Song」ではエルトンが書いたメロディに作詞家バーニー・トーピンがこちらも有名な歌い出し♪It’s a Little Bit Funny~を付けたわけです。あれは素晴らしいプロの在り方です。一方でビリーの凄みは本人が描くその実直な言葉。ビリーの母方の祖父はアマチュアだけど脚本家だったんですよ。それでお父さんはお坊ちゃんでクラシック育ち。ポップスをバカにしていたピアニスト。脚本家の血とピアノ・マンの血が両方混じっているのがビリー・ジョエル。






Billy Joel - Just the Way You Are (Audio)

―― ビリー・ジョエルのクラシック傾向はお父さんの影響なんですね。

西寺 ビリーの父方ルーツでいうと、おじいちゃんのカール・ジョエルっていう人がドイツのユダヤ人。ものすごく商売の才能があった方で、洋服の通信販売を始めるんです。ずばりジョエル洋服店っていうんですけど、それが今でいう、Amazonの走りみたいな商法で。服を買ってもらったら、家まで送り届けるっていうサービスを考案してね。そしたらそれが大ヒットしてめちゃめちゃ儲かるんですよ。カールおじいちゃんの代で大富豪になったジョエル家は大邸宅に住むようになって。それがちょうどナチス・ドイツが出てくる5年くらい前のこと。国中に名前を響かせるほど大成功したんですけど、でもそれが結局ナチスに目を付けられて、ユダヤ人がずるい金の儲け方をしているって汚名を着せられ、財産を全部奪われて命からがらスイス経由でNYに逃げてきたっていう家族なんですよね。この時にビリーの父親になるヘルムート(のちにハワードと改名)も一緒にアメリカに亡命しています。

―― 教科書に出てくる歴史の話ですね。

西寺 父のハワード・ジョエルはドイツとスイスで物心つく頃からお坊ちゃまとして育てられ、上流階級的な生活のなかでピアノも習っていたんですね。ただクラシックの教養はあるんだけど、彼は青年期に故郷のドイツを追われるという激動の運命に翻弄されるわけです。結局、第二次世界大戦が起こって、ハワードはアメリカ兵として故国ドイツと戦うことに。皮肉ですよね。戦場から帰ってきて、彼は人が変わってしまったようです。多くの帰還兵がそうだったと思いますが、彼の場合は敵地が出生地だったわけで。それで、お母さんはロザリンドっていうんですけど、美人で有名で、やはりイギリス系のユダヤ人の家系。ふたりは結婚1年後に1947年に長女ジュディを出産。さらにその2年後の1949年に長男ウィリアム・マーティン・ジョエルが誕生します。ビリー・ジョエルです。

―― 幼少期のビリーはどんな環境で過ごしていたんですかね。

西寺 ハワードは戦争に行って身も心もズタズタになって帰ってきたけど、素敵な奥さんを一応つかまえて、平穏な世界に戻ってきた。だけどもともと15年くらいは豊かな暮しをしていたから、彼自身の欧州貴族主義と現実の新興国アメリカでの貧しい世界がまったく合っていないわけですよね。クラシックが好きだから家にはピアノが置いてあるけれど生活は苦しい。一家はマンハッタンのブロンクスからNY郊外の新興住宅地帯ロングアイランドのヒックスヴィルに引っ越します。結局7歳8歳の時に、お父さんがちょっとひとりで生きていきたいとマンハッタンのほうにひとり暮らしに行っちゃうんです。結局ビリー・ジョエルから見れば、自分が生まれた環境というのは、おじいちゃんは大金持ちだったけど今自分はめっちゃ貧乏。親父もいなくなった。母親はアルコール中毒になって、父の帰りをずっと窓の外を見ながら一日中待っている。家にはピアノしかない。お爺ちゃんはアマチュアだけど脚本家。





Billy Joel - Just the Way You Are (Live 1977)

―― あ、舞台は整ったような。

西寺 ビリーは1949年生まれ、日本で言えば団塊の世代のビリー・ジョエルはアメリカン・ポップスの歴史の正当な継承者、って感じがします。ただ彼の家族にフォーカスしただけでも第二次世界大戦前の激動と、移民によって急速に力をつけたアメリカ合衆国の歴史、文化の集積が見えてきますよね。1971年に『コールド・スプリング・ハーバー』っていうタイトルのデビューアルバムを発表しますが、Cold Spring Harborはロングアイランド島内に実在する高級リゾート地。いまだに5000人くらいし人が住んでいないW.A.S.P.、いわゆる、お金持ちの白人が住んでる街ですね。ビリーが暮らしていたヒックスヴィルからコールド・スプリング・ハーバーまでは割と距離があって、車じゃないと行けないらしいです。お母さんにボーナスが入った時とかは、家族でBBQに出かけたりもしたようで、想い出の場所なんでしょうね。僕の好きなエピソードに、才能があったビリーがバーのピアノ弾きのアルバイトを始めたために、ヒックスヴィル高校の出席日数が足りなくて退学することになったときの話があります。悲しんでいるお母さんに「僕はもうコロンビア大学には行けないけど、コロムビア・レコードに行くんだから高校の資格は要らない!」って(笑)。でも、その苦し紛れの予言通りに2ndアルバム『ピアノ・マン』から、彼のレコードは本当にコロムビア・レコードから発売されるわけですから、スゴイですよね。にしても、けっこうアメリカ人のソングライターって、『コールド・スプリング・ハーバー』もそうですけど、地元推しがすごいですよね。

―― コロムビア・レコードのほぼ同期のブルース・スプリングスティーンの1stアルバム名も故郷ニュージャージーからの命名で『アズベリー・パークからの挨拶』でした。

西寺 あ、うまい具合に次回のテーマ・アーティストを出してきましたね(笑)。彼も名曲が多いアーティストですが僕にとってのブルース・スプリングスティーンの1曲といえば……。お楽しみにしてください。あ~、それにしても今年の夏は暑すぎますよ。夏よりもブルース・スプリングスティーンのほうが熱いですけど(笑)。[終わり]


聞き手/安川達也(otonano編集部)
取材:2018年夏・都内“イタリアン・レストランで”




第11回 
ビリー・ジョエル
「素顔のままで」(1977年)【後編】

ビリー・ジョエル
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第11回 
ビリー・ジョエル
「素顔のままで」(1977年)【後編】

ビリー・ジョエル

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プロフィール

西寺郷太
西寺郷太 (公式サイト http://www.nonareeves.com/Prof/GOTA.html)
1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成しバンド、NONA REEVESのシンガーとして、’97年デビュー。音楽プロデユーサー、作詞・作曲家として少年隊、SMAP、V6、KAT-TUN、岡村靖幸、中島美嘉、The Gospellersなど多くの作品に携わる。ソロ・アーティスト、堂島孝平・藤井隆と のユニット「Smalll Boys」としての活動の他、マイケル・ジャクソンを始めとする80年代音楽の伝承者として執筆した書籍の数々はべストセラーに。代表作に小説『噂のメロディ・メイカー』(’14年/扶桑社)、『プリンス論』(’16年/新潮新書)など。

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