西寺郷太 It's a Pops

NONA REEVES西寺郷太が洋楽ヒット曲の仕組みや背景を徹底分析する好評連載

第10回 ビリー・ジョエル 「素顔のままで」(1977年)【前編】

第10回 
ビリー・ジョエル
「素顔のままで」(1977年)【前編】



―― ソニー発の洋楽ヒット曲を70s~80s洋楽愛好家のリスナー視点とNONA REEVESの現役アーティストの視点から分析してもらう連載。今回のお題はビリー・ジョエルです。事前に郷太さんに選んでもらった曲は「Just The Way You Are」、邦題「素顔のままで」でした。

西寺 いいですね! あらためて……「Just The Way You Are」を「素顔のままで」って訳す、その絶妙な感覚こそ僕が「音楽好き」になった最大のポイントかもしれないと思います。いい邦題ですよね……。あ、ちなみにいまこの曲名を検索すると一番アタマに来るのはブルーノ・マーズの「Just The Way You Are」って知ってました?

―― え、そうなんですか。同名異曲ですね。(スマホ検索しながら)あ、ホントだ!!ビリーじゃない。ミドル世代の自分はちょっとショックかも。ブルーノの「Just The Way You Are」(2010年)は記憶にも新しい世界各国のチャートを席巻したスーパー・デビュー・ヒット曲ですからね。この前の来日公演でも本編ラスト曲として大合唱だったようです。

西寺 このことだけをとってもブルーノ・マーズはスゴイ。やっぱり大物だなぁ、と。「Just The Way You Are」は泣く子も黙るビリー・ジョエルの代名詞であり、アメリカン・ポップスの金字塔ですよ。恐れ多くもその同名異曲をデビュー曲のタイトルにするんですからね。例えば、日本だったらいきなり「贈る言葉」(海援隊)って曲で、デビューする新人がいたら、最初カヴァーと思いますよね(笑)。始まったら、「え?金八先生と違うんかい!」ってなると思うんですよ。この例えは、大げさじゃなくてビリー・ジョエルの「Just The Way You Are」は、時代と国境を超越したメジャー級の知名度、グラミー賞のRecord of the Year受賞曲ですよ。日本で言えばレコード大賞受賞曲。同じ時代で言えば「北の宿から」(都はるみ)とか「ルビーの指環」(寺尾聰)級。流石に「ルビーの指環」だったら「盗作」な気がしますけどね(笑)。でもそんなことはきっとブルーノだって分かっていたはずなのに、それでもこの言葉以外はあの曲に合わなかった、結果的にビリーへのオマージュになっているという気持ちがあったんだんでしょうね、きっと。


第10回 
ビリー・ジョエル
「素顔のままで」(1977年)【前編】

BILLY JOEL「Just The Way You Are」

Release:September 1977
Songwriter:Billy Joel
Producer:Phil Ramone
Label:Columbia
Record&Mix:A&R Recordings,NY

Piano,Vocals:Billy Joel
Acoustic Guitar:Hugh Mccracken
Percussion:Ralph Mccdonald
Alto Sax:Phil Woods


1977年9月に発売されたアメリカだけで700万枚のセールスを記録したビリー・ジョエルの5thアルバム『ストレンジャー』(全米2位)からの1stカットシングル。’78年2月18日付ビルボードHOT100で3位(年間18位)を記録した。1979年発表の第21回グラミー賞の最高栄誉Record of the YearおよびSong of the Yearを受賞。本曲のヒットでビリー・ジョエルはアメリカを代表するシンガーソングライターとなった。アルバム『ストレンジャー』収録時の初回5000枚出荷時の邦題は「そのままの君が好き」。シングル盤発売時に「素顔のままで」と改名されたがカッコ内はその名残。



―― 「Just The Way You Are」、直訳すると「今のままの君が」。ビリーは当時どんな気持ちでこの曲を書いたんでしょうかね。

西寺 よく知られているエピソードですが、ビリー・ジョエルが最初の奥さんエリザベスに捧げた曲ですね。もともと、エリザベスは、ビリーが十代の頃に参加したバンド「ハッスルズ」時代からの盟友で大親友、ジョン・スモールズの妻でした。ビリーの成功前のエピソードはかなり不運や失敗の連続で。バンドは空中分解して、結局、背も高いイケメン・シンガーのジョン・スモールズとふたりでハード・ロック・ユニット「アッティラ」を組んでリリースしたりもするんですが(笑)。

―― あ、複雑な関係ですね。

西寺 エリザベスは、若くしてジョン・スモールズの曲を身籠り、ママになるんですね。でも、三人で一緒にいる間に、エリザベスは「あれ? 実はジョンよりもビリーの方が才能があるし、スターになるんじゃないか?」って気づいてしまうんです。彼女は、その時、まだ若くて素人だったわけですが、今にして思えば「才能を見抜いて、人に伝える」っていう天性のマネージメント感覚を持っていたわけです。で、ビリーも次第に親友の妻であるエリザベスに惹かれてしまう。三角関係に陥ってしまった結果、バンド仲間でいちばんの親友を裏切った罪の意識でビリーは21歳の夏に自殺未遂をするんですね。

―― 知りませんでした。

西寺 結果的に機転をきかせて自宅に駆けつけたジョンに救出されるんですが、なんと驚くべきことにジョン・スモールズも親友のビリーを苦しめた、俺がいない方がうまくいく、と自殺未遂をしてるんですね、その後。どんな親友関係やねん、って話ですが……。というか、エリザベスという人がある種カリスマ的なパワーを持った女性だったってことがわかるエピソードです。結果、エリザベスはジョンと離婚。ビリーの妻になりますが、強調しておきたいのは、この時期のビリー・ジョエルは、その才能が全く認められず、様々な活動の万策が尽きていたタイミングだった、ということ。エリザベスが奮起してマネージャーになったことで、ビリーはその後の地位を確立出来たんです。

―― ビリーにとっては恩人ですね。

西寺 売れない絶望の時期を一緒に過ごし、途中から仕事のパートナーにもなってくれた恩人であり恋人であり夫人。妻のエリザベスの誕生日プレゼント用に作ったプライベートな曲。でも、作ってはみたものの、あまりにもストレートでファンに聴かせるのは恥ずかしいって(笑)。「ニューヨークの想い」あたりから急激に売れ始めたその忙しい中で作ったんですよね。きっと伝えるのは今しかないと思ったんでしょうね。「僕を喜ばせようと思ってイメージチェンジなんてしないでおくれ。今まで君が僕をがっかりさせたことなんてないんだから」と歌い出す奥様への究極ラブレター。だからこそ世の中に出すつもりもなかった。それなのに、同じフィル・ラモーンのプロデュースでレコーディングしていたフィービ・スノウがスタジオにやって来て、噂の新しい曲を私にも聴かせてよって言うから聴かせてみた。そしたら、こんないい曲をアルバムに入れなきゃダメよ!って。同じようにリンダ・ロンシュタットも大絶賛した、と言われてます。

―― 奥さんのエリザベスはフィービ・スノウのマネージャーですよね。だから噂を曲の存在を知っていたんですね。フィービは「Poetry Man」(’75年)がすでに全米チャートのトップ5入りする成功を収めていたから、まだ全米では無名に近いビリーとの関係は想像できますね。

西寺 そうですね。アンタね、恥ずかしがってる場合じゃないわよ。エリザベスにも楽させたいんでしょ。これを世に出さなかったらアホでしょ! アタシが歌うわよ!! ぐらいの勢いだっかもしれません(笑)。フィービやリンダが聴いたのはもちろんまだアレンジ前のピアノで軽く歌ったヴァージョンだったと思いますよ。あのサックスも。そしてあの有名なコーラスアレンジも、まだ存在しなかったはずです。最終的に仕上がってリスナーに届けられたサウンドは10ccの「アイム・ノット・イン・ラヴ」に通じるものでした。

―― 10ccの「アイム・ノット・イン・ラヴ」は’75年7月に全米最高2位を記録しましたね。たしか本国イギリスでは1位に輝きました。

西寺 今日も安川さんちょくちょくチャート情報を入れ込んで来ますね(笑)。その70年代のど真ん中で10ccの「アイム・ノット・イン・ラヴ」がソングライターとアレンジャーに与えた影響ってすごく大きいと思うんです。あんな良い曲ないでしょ(笑)。’75年当時のリスナーはあそこまで緻密で繊細なバックコーラスを聴いたことなかったはずですよ。レコーディングの技術革新です。60年代録音のように何本もマイクを立てる必要がなくなったんです。70年代に入りトラック数とチャンネル数が劇的に増えて、たくさんの数の音を、さらに良い音で録れるようになった。ディレクターやエンジニアは嬉しかったはずですよ。その前に起こった変化がフィラデルフィアソウルで、あの流行りの音はいろんな楽器が鳴っているんですよ。やれトランペットだ、やれバイオリンだ。やっぱりそのバイオリンが3本、4本は要りますっていう作業をコンソールで完結したんですね。

―― リスナーの聴き方にも変化があったんですよね。

西寺 その通りです。60年代はモータウンやビートルズやストーンズのサウンドを若者たちはカーステレオのモノラルで満足していたわけです。でも70年代に入りステレオラジカセが普及し音を左右一緒に楽しむようになっていくなか、優美なロックも市場を拡大していくわけです。そんな70年代に楽器を重ねるだけじゃなくて、声を重ねるっていう手法を発揮した「アイム・ノット・イン・ラヴ」で10ccはひとつの頂点を極めたわけです。





Billy Joel - Just the Way You Are (Audio)

―― この10cc発“マルチボックス・コーラス”を取り入れたのが「素顔のままで」だったというわけですね。これはプロデューサーのフィル・ラモーンの指示だったんでしょうか?

西寺 これは僕の憶測なんですけど、ビリーの“照れ隠し”ですね。ビリー・ジョエルは「素顔のままで」を世に出すのが最後まで恥ずかしかったんだと思うんですよ。何よりも妻に向けた歌詞が恥ずかしい。アレンジ的な観点で言えば、コーラスの防壁に守られたビリー自身が一番「素顔」じゃない、ってことが最大のポイントです(笑)。それまでのビリー・ジョエルはどちらかというと「ピアノ・マン」「ニューヨークの想い」のように「小説家」、ストーリーテラーとして歌詞を書いているんですね。あくまでも主人公が存在する物語として歌詞を書くことが多かった。それが三人称でなく一人称のバラード、他人に聴かせる予定のなかった妻への私信ですからね。

―― バンドのメンバーも大反対だったようですね?

西寺 そうなんですよ(笑)。当時の評論家はいわゆる「ロック」を絶賛し、「ポップ」を大衆迎合だと否定するのが基本でしたから、こんな曲出してしまえば、さらにピアノの弾き語りをする「軟弱なイメージ」を助長してしまうと。僕らネイティヴではない人間にはもうひとつそのニュアンスが伝わらないんですが、「髪の色を染めなくていいよ、そんなに一生懸命働かなくてもいいよ、I Love You Just The Way You Are」という歌詞は、手紙に近いというか、かなり直接的で照れくさいものだったんでしょうね。なんで、そんなにメンバーやビリーが嫌がったのかって考えたら「部屋とYシャツと私」を男性が歌うみたいな感じなのかな?と(笑)。だからこそ、アレンジはアーバンでおしゃれなものにしたかった。





Billy Joel - Just the Way You Are (Live 1977)

―― そういえば。「素顔のままで」だけアルバム『ストレンジャー』の中でも、『ビリー・ザ・ベスト』などの企画盤のなかでも前後に比べてボーカル部分の音量が小さいと思ったことがあります。曲全体の“照れ隠し”が無縁じゃない気がしてきました。

西寺 そうじゃないかな、と思うんです。10ccは冷徹に数学的にピッチを合わせてコーラスしている、その生身のマンパワーが浮遊感と躍動感、狂気につながっている。なんというか、単にピアノの弾き語りではなく「素顔のままで」というタイトルとは正反対に、シンセサイザーと生楽器と、あの浮遊した空間を時間をかけて作り上げてようやく他人に届けられた。そのAOR感、気の利いた感じが、ビリーの曲の中で僕に一番フィットする理由ですね。

―― 「素顔のままで」はストレートなバラードがこれまでの常套句でしたが、ちょっとイメージが変わってきました。

西寺 本当だったらいちばん得意なピアノの弾き語りで演奏してもいいわけじゃないですか。おそらく奥さんのエリザベスやフィービ、リンダは弾き語りヴァージョンを聴いているはず。でも、出す気がなくて女性陣に押し切られる形でリリースしたこの曲がビリー・ジョエルを本当の意味でのスターダムに導くわけですから不思議なものですね。そういえば、僕もNONA REEVESの『CHOICE』というアルバムでカヴァーしているんですけど、ライヴで歌う時、めちゃくちゃ盛り上がりますね。自分も(笑)。特にブリッジ部分の高揚感と多幸感は半端ないです。すごいメロディメイカーであり、作詞家だなぁと、「ビリー、半端ない(笑)」です。

―― アメリカを代表するポップシンガーの得点王(笑)!

西寺 あ!もうひとつ、自分がカヴァーしてわかったビリーの「シンガー」としての癖について話してもいいですか? それはビリー・ジョエルのファンなら気付いているかもしれません。一般リスナーは無意識に受け取っていることでしょう。……分かりますか?

―― ……分かりません。

西寺 ビリー・ジョエルがビリー・ジョエルたる所以はあの“発音”なのです。日本の中学生が聴き取ることができるあの“英語の発音“なんです。(【後編】に続く)



NONE REEVES『CHOICE』はストリーミングからお楽しみください!


聞き手/安川達也(otonano編集部)
取材:2018年夏・都内“イタリアン・レストランで”




第10回 
ビリー・ジョエル
「素顔のままで」(1977年)【前編】

ビリー・ジョエル
『ニューヨーク52番街』
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ビリー・ジョエル
「素顔のままで」(1977年)【前編】

ビリー・ジョエル

『ストレンジャー』(1977年)

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プロフィール

西寺郷太
西寺郷太 (公式サイト http://www.nonareeves.com/Prof/GOTA.html)
1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成しバンド、NONA REEVESのシンガーとして、’97年デビュー。音楽プロデユーサー、作詞・作曲家として少年隊、SMAP、V6、KAT-TUN、岡村靖幸、中島美嘉、The Gospellersなど多くの作品に携わる。ソロ・アーティスト、堂島孝平・藤井隆と のユニット「Smalll Boys」としての活動の他、マイケル・ジャクソンを始めとする80年代音楽の伝承者として執筆した書籍の数々はべストセラーに。代表作に小説『噂のメロディ・メイカー』(’14年/扶桑社)、『プリンス論』(’16年/新潮新書)など。

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