落語 みちの駅

第八十七回 久しぶりの志の輔さん――4月の朝日名人会
 4月21日PM2:00から第178回朝日名人会。三遊亭歌太郎「がまの油」、柳家花緑「井戸の茶碗」、入船亭扇遊「干物箱」、隅田川馬石「三年目」、立川志の輔「小間物屋政談」。久しぶりの志の輔さん登場ということもあって前売り券即完売でこの日を迎えました。

 このところ進境著しい歌太郎さんはしっかり噺をつかんで力演しましたが、「がまの油」はやはり難物で、酔態にまで力がこもってしまい、やや不自然を感じました。

 花緑さんは通常30分強の噺を25分ほどにスリム化しました。清正公境内の茶店での屑屋さんたちの会話をカットしたのです。笑わせどころをあえて捨てた勇気には拍手したいと思いますが、二階からの首実検の場面はのこすべきだったでしょう。「これ、どうなるの?」という足踏みのコーナーはやはり必要で、カットによる合理化も過ぎれば噺を単調にします。

 芸術選奨文科大臣賞受賞直後の扇遊さんにはゆとりが感じられました。志ん朝系の「大原女」の句のくだりがなく、文楽系の「褌置き忘れ」事件もあっさりしていて一見おとなしい「干物箱」でしたが、廓噺とお店噺の中間のようなこの噺の味わいがたっぷりありました。

 隅田川馬石さんはこのところテンポと語り口が他の誰とも明白に違う、落語的である以前に「馬石的」なワールドに入ってきていて、注目に値します。この日の「三年目」では、少し粘りが残って、清純な若夫婦の情愛が期待したほどなかったように思いますが、先が楽しみです。

 志の輔さんは、「やる人の少ない噺」から入って「つまらないから」と機先を制し、一件落着したかと思えそうなところで「これで終わったら『何なんだこの噺?』と言われるだろう、だけどこのあと」と気をもたせて、おもむろに大岡越前守を登場させる、いつものやり方でした。

 あざといばかりに段取りをつけた、志の輔流合点作戦で、お客もそれを承知で楽しむ40分でした。

 一見つまらない噺だからこその笑ワールドが築かれて、お客も演者も満足したようです。




第八十七回 久しぶりの志の輔さん――4月の朝日名人会
三遊亭歌太郎「がまの油」


第八十七回 久しぶりの志の輔さん――4月の朝日名人会
柳家花緑「井戸の茶碗」


第八十七回 久しぶりの志の輔さん――4月の朝日名人会
入船亭扇遊「干物箱」


第八十七回 久しぶりの志の輔さん――4月の朝日名人会
隅田川馬石「三年目」

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。