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落語 みちの駅

第八十五回 3月17日の朝日名人会で感じたこと
 3月17日14時から第177回朝日名人会。まずは二ツ目・柳家わさびさんで「佐々木政談」。高座をおりてきた演者に思わず言ってしまいました。「ありがとう」。付け加えて「(朝日名人会18年で)いちばんウケた『佐々木政談』だった」。

 この噺は“ほどのよさ”ゆえにそこそこ口演されていますが、派手でも突飛でもなく感動的でもありませんから、野心派の若手はあまり大事に考えてはいないようです。

 今回の口演は当方からの持ちかけではなく、わさびさんの側からの言い出しでした。

 朝日名人会でも過去にベテランから二ツ目まで数席の口演がありましたが、せいぜい穏やかな佳演という相場にとどまっていました。今回のわさび口演は、はっきりウケたのです。

 べつに変わったアプローチをしたとか、大量のギャグを投入して破壊的成功をしたというわけでもないのです。ただただ幼き主人公・四郎吉を型通りの子ども口調ではなく、いまの、どこにでもいるガキのように自然に、ただし個性的に表現しただけです。トンチの怪物にしなかったこと。これが最大の勝因だと思います。

 こういうアプローチがあること。そういう道に挑んでいる若手が健在だということ。それがうれしくて、思わず「ありがとう」と言ったのでした。

 ブーム以降、とかく前のめりの小うるさい高座が増大しているのを目撃するばかりで、中長期的危機の予感を持ち始めている老兵にとってはうれしい日となりました。

 桂文治さん「親子酒」、立川生志さん「猫の皿」は手の内に入った安定感いっぱいの口演。古今亭志ん輔さん「抜け雀」はキリッと引き締まったよい高座でしたが、ご本人はもっとゆったりやりたかった由。現状に安住しない姿勢には敬服します。

 前回に引き続く柳家さん喬さん「ちきり伊勢屋・下」は堂々大真打の出来ばえ。地語りをいちいち文法的に言い納めずに場面転換を進める「さん喬レトリック」が鮮やかでした。



第八十五回 3月17日の朝日名人会で感じたこと
古今亭志ん輔「抜け雀」


第八十五回 3月17日の朝日名人会で感じたこと
立川生志「猫の皿」


第八十五回 3月17日の朝日名人会で感じたこと
柳家さん喬「ちきり伊勢屋(下)」

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。