落語 みちの駅

第八十ニ回 新春の朝日名人会
 1月20日・土曜日PM2時から有楽町のマリオン朝日ホールにて第176回朝日名人会。

 今回は重鎮の柳家さん喬・五街道雲助の御両所に加えてエース柳家三三、真打昇進が見えている柳家さん若、そしてこの会としては珍しく色物登場で昨年2枚目のCDをリリースした柳家小菊という、手前味噌ながら豪華な顔ぶれで新年を寿ぎました。チケットは1ケ月前にソールドアウトでした。

 さん若さんは「棒鱈」。師匠のさん喬さんが楽屋入りしている時間帯にその師匠の十八番をお客に問うのは立派な心構え。しっかりした口演でお客にもウケました。この会のお客はパワフルな個性派にだまされない見識を持っていますので、今回の成功を昇進へのはなむけと思ってほしいものです。

 三三さんは、すっかり手の内に入った「三味線栗毛」。構えもテンポ、リズムも安定し、若さと風格の両面が備わって、話芸の醍醐味に浸らせてくれました。細部に粗いところがありましたが秀演でした。

 なお、5高座がスタンダードのホール落語ではこの第2高座が公演全体の基調をつくる大事なポジションだと私は考えています。どうせ仲入り前やトリが中心人物なんだから、と遠慮されたり、好き勝手に暴れられては、お客もそれるし、自分も損をするのです。

 さん喬さんは取っておきの「ちきり伊勢屋」連続口演の前半戦。この会での実現は数年来の懸案でした。何年か前の落語研究会での口演より全体が清々しく引き締まっていましたが、これはここ数年のさん喬さんの芸格の著しい向上と純化によるところでしょう。次回がますます楽しみです。この日に次回のチケットの会場販売がいつもよりずっと好調だったのも、この日の「上」がよかったからです。

 かつての落語研究会での口演のあと、さん喬さんに、待乳山聖天からの眺めを述べるとき、筑波山を加えてはどうかと提案したことを思い出しました。むろん、今回はそうなっていました。

 じっくり聴かせた二席のあと、仲入り後のくいつきは小菊さんの「粋曲」です。ホール落語に色物が入るのもたまにはいいものではないかと思ってのことでして、ただし、明るく陽気でまろやかな芸の持ち主に限るのは当然のこと。落語の邪魔にならず、しかし爽やかな存在感を残す、ということが肝心。小菊さんはごく自然にその役割をこなしてくれました。

 粋曲が会場に春の風を吹かせたあとは、この日いちばんの浮かれのお噂さで雲助さんの「明烏」。師匠の十代目金原亭馬生から受けついだ黒門町――八代目桂文楽の系統を伝える口演でした。文楽とは声の色も芸風も違う雲助さんなのに「黒門町」が聴こえてくるのは、雲助さんの人物造形が、とくに日向屋の大旦那、源兵衛、太助の3人において、用意周到に黒門町の真髄をつかんでいるからでしょう。

 この噺の真の主役は実はこの3人だからです。




第八十ニ回 新春の朝日名人会
柳家さん若「棒鱈」


第八十ニ回 新春の朝日名人会
柳家三三「三味線栗毛」


第八十ニ回 新春の朝日名人会
柳家さん喬「ちきり伊勢屋(上)」


第八十ニ回 新春の朝日名人会
柳家小菊「粋曲」


第八十ニ回 新春の朝日名人会
終演後には柳家小菊サイン会も行われました。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。