西寺郷太 It's a Pops

NONA REEVES西寺郷太が洋楽ヒット曲の仕組みや背景を徹底分析する好評連載

第1回 ジョージ・マイケル 「アイ・ウォント・ユア・セックス」(1987年)【前編】

第1回
ジョージ・マイケル
「アイ・ウォント・ユア・セックス」(1987年)【前編】
―― さて、郷太さん。ソニー発の80年代の洋楽ヒット曲を今の視点から分析してもらう新連載です。記念すべき第1回のお題に用意して頂いた曲は……。

西寺 「80年代」「ヒット曲」という、僕から見ればあるようでないような束縛ですから(笑)、いや~悩みましたが、第1回目はジョージ・マイケルの「アイ・ウォント・ユア・セックス」ですね。ワム!~ソロ時代を通じてジョージが作った曲は好きなものが本当にたくさんあるけれど、そんななかでも、楽曲としてはやっぱりこの曲には惹かれるものがあります。

’87年夏の大ヒット・シングルということで、今からちょうど30年前。振り返るにもちょうどいいか、と。

―― 過激な歌詞による放送禁止曲という印象が強いですが。

西寺 世間一般としてはそういう認識だと思います。ま、実際に家族で乗ってるカー・ステレオのラジオで「セックスしたい」なんて歌詞の曲かかったら気まずいですもんね(笑)。英国BBCはじめ、各種メディアで放送禁止の憂き目を見ることになります。「アイ・ウォント・ユア・セックス」は、その’87年秋に発売されたアルバム『フェイス』の先行シングルで、日本でもその年の夏に公開されたエディ・マーフィ主演映画『ビバリーヒルズ・コップ2』挿入歌としてサウンドトラックにも収録されていました。

第1回
ジョージ・マイケル
「アイ・ウォント・ユア・セックス」(1987年)【前編】
George Michael「I Want Your Sex」

Producer:George Michael

Songwriter:George Michael

1987年6月20日付全英チャート最高3位(年間62位)

1987年8月8日付全米チャート最高2位(年間24位)

「ケアレス・ウィスパー」(’84年)、「ディファレント・コーナー」(’86年)、「愛のおとずれ」(’87年/アレサ・フランクリンとのデュエット)に次ぐジョージ・マイケル通算4枚目のシングル。’86年6月のワム!解散後としては純粋な初のソロ・シングルとして世界中が注目するなか、強烈なタイトルと過激な歌詞の内容からセンセーショナルな話題を巻きおこした。当時イギリスのBBC国営放送や日本の一部FM局でも放送禁止となっている。

(ジャケットは日本盤アナログシングル/EPIC/07.5P-476)



―― チャートマニアの自分としては、’87年夏のランキングが浮かんできました(笑)。ボブ・シーガーが歌う主題歌「シェイクダウン」が’87年8月1日付Billboard Hot100で1位を獲得した翌週には、ジョージ・マイケルが歌う挿入歌「アイ・ウォント・ユア・セックス」が2位まで昇り、同じく挿入歌だったジェッツの「クロス・マイ・ブロークンハート」もトップ10入りし、ちょっとした『ビバリーヒルズ・コップ2』現象みたいなことになっていましたよね。

西寺 ちょうど30年前になるんですね。当時「アイ・ウォント・ユア・セックス」は、論争を巻き起こしながら全米チャート2位まで上昇しました。セールスでは2週連続1位だったけれど、各州放送禁止のためラジオでの放送回数がカウントされず総合チャートにあたるHOT 100では2位に甘んじてしまうんですね。

●1987年8月8日付 Billboard HOT 100
01 I Still Haven’t Found What I’m Looking For / U2
02 I Want Your Sex(from“Beverly Hills Cop Ⅱ”)/ GEORGE MICHAEL
03 Shakedown(from“Beverly Hills Cop Ⅱ”)/ BOB SEGER
04 Heart And Soul / T’PAU
05 Luka / SUZANNE VEGA
06 Rhythm Is Gonna Get You / GLORIA ESTEFAN & MIAMI SOUND MACHINE
07 Who’s That Girl / MADONNA
08 Cross My Broken Heart(from“Beverly Hills Cop Ⅱ”)/ THE JETS
09 Alone / HEART
10 Wot’s It To Ya / ROBBIE NEVIL


色々騒がれていましたが、ジョージがこの曲に込めたメッセージは、強烈なインパクトを残したミュージック・ビデオのなかでも発見することができたんです。当時の恋人であるキャシー・ユングの背中に「MONOGAMY(一夫一婦主義/一対一)を追求しろ」と口紅で書いた通り、「本当に愛する相手たったひとりと愛し合うこと」を追求するべきだ、真実の愛の歌なんだって切々と繰り返していましたね。その後の男子トイレで逮捕されたりするジョージ・マイケルの人生を眺めてみると、いろんな意味で完全に言行不一致ですけど(笑)。


「I Want Your Sex」George Michael(1987年)

が、この曲の過激さもワム!時代のアイドル扱いを払拭する劇薬というか、大人の危険な香りのするソロ・シンガーとしてのジョージのブランディングだったんでしょうね。カルチャー・クラブやデュラン・デュランなどの栄華を極めた第2次ブリティッシュ・インベイジョン勢は’86年以降急激に勢いを落とします。それに反比例するような、その後の『フェイス』大躍進を考えると、この時期のジョージの自己プロデュース能力はまさに”ポップ神”だな、と。
 
とはいえ実はジョージ自身は後にこの曲、特にシングル・ヒットした最初のヴァージョンをあまり自分で評価していなかったんです。ベスト盤からも何故か漏れていますし。全米2位の特大ヒット曲が外れるなんて(笑)。

でもその理由を考えてみるとジョージって、今でいう“炎上商法“の名手みたいなところがあって。出だしで力むんですよね。例えばワム!の最初のシングル3枚の“悪ガキ、不良路線“とか。特に3枚目の「バッド・ボーイズ」はチャート的には受けたんですが、日本人の僕がカヴァーするのも恥ずかしい歌詞でしたし(笑)。俺は若くてハンサムで背が高いとか。本人は多少のギャグも含めてるとは思うんですが、彼の場合わかりにくいんですよね。真面目に捉えた世間が受けちゃうと、自分が引いちゃうところがある。「バッド・ボーイズ」も決定版的なベストに入ってないですし、この「アイ・ウォント・ユア・セックス」も自分で騒動になるような歌詞を書いておいて恥ずかしくなったのかも、と。こういう時、歌詞がストレートに伝わらない日本人洋楽ファンのネイティヴではない“強み“を感じますね。純粋にサウンドに溺れられる。例えば、ラーメン屋さんで店員さんがよく着ている日本語の文章が書かれているTシャツとかもインパクト強すぎるじゃないですか(笑)。

―― いろんなヴァージョンが存在していましたよね。

西寺 そうですね。そもそも「アイ・ウォント・ユア・セックス」は3部構成だったんです。Rhythm 1「Lust」、Rhythm 2「Brass In Love」、Rhythm 3「A Last Request」から成っていてトータルで14分くらいの楽曲でした。Rhythm 1がいわゆるシングル・ヴァージョンで、完璧な純シンセサイザーサウンドで、テンポも遅くて太い。でもスタジオで偶然出来た音でもあるんですよね。

―― 偶然?

西寺 というか、これは80年代スタジオの“あるある”みたいな話なんですけど(笑)。エンジニアの失敗が採用されるっていうパターンが結構あったんですよね。代表的なのが、80年代を制したフィル・コリンズの”ゲート・リヴァーブ”スネア・ドラム。「ドワッーッシ!」て聴こえる過激なサウンドで、特徴的なだけに90年代には逆に敬遠されましたが。このサウンドもプロデューサーのスティーヴ・リリーホワイト、エンジニアのヒュー・パジャムとともに盟友ピーター・ガブリエルのドラムを録音していた際、ノイズをカットするためのノイズゲートっていうエフェクターの使い方のミスから生まれたと言われてますね。エンジニアはそういう時「すみません!間違えました!」って言ったりするんですけど、「あれ? 今の何? めっちゃカッコよくない?」みたいな場面は実は、今でもよくあります。

―― 面白いですね。

西寺 プリンスのスタジオでも同じようなエピソードがたくさんあります。例えば、エンジニアがレコーディング時に新しい機材の電圧がまだ安定していないのに、クリエイティヴの塊のプリンスがどんどん曲作りに没頭しちゃって。エンジニアは「機材がまだおかしいです」と言い出せなくて、どうしよう、と。異様に潰れた音になった「ドロシー・パーカーのバラッド」(’87年『サイン・オブ・ザ・タイムス』収録)。結局、プリンスが「かっこいい!」と採用したことで彼のコアなファンが愛する代表曲になりました。狙って作れない不思議な音質で。

ジョージの「アイ・ウォント・ユア・セックス」も、元々は誰かに作曲依頼された明るい感じのアップ・テンポの曲だったのに、それをエンジニアが回転数を間違えてゆっくり太いリズムで鳴らしちゃって。でもその瞬間にジョージが「あ、こっちの方がかっこいいじゃん!」で採用。それで自分の曲にした、と。


「Everything She Wants」Wham!(1985年)

―― ジョージの先見ですよね。

西寺 ですね。ほんの数年前まではデュラン・デュランやカルチャー・クラブやポリスやスタイル・カウンシル、ブロウ・モンキーズもそうですが、生ドラムのサウンドが英国ミュージシャンの主流だったんですよね。でもジョージはいち早くマシンのリズムに切り替えた。ワム!がドラマーのいない実質ワンマンに近い不思議なユニットだったこと。そのワム!時代の代表曲にジョージがひとりでシンセサイザーで作った「エヴリシング・シー・ウォンツ」が全米ナンバーワン・ヒットとなったことも軸にあったと思います。「エヴリシング・シー・ウォンツ」はアメリカの黒人層にも受けましたから。

―― 「アイ・ウォント・ユア・セックス」は不思議なサウンドですよね。

西寺 異様なまでにデジタルで、ストイックに繰り返されるサウンドなんだけど、そこにボーカルだけがめちゃくちゃソウルフルで熱い。逆の言い方をすれば、「アイ・ウォント・ユア・セックス」の素晴らしさは、あれだけエモーショナルに歌っていて、大胆で、性的なことを直接歌っているわりに、演奏が完璧に抑制されているんです。それまでのバンドサウンドだと後半に従って個々のミュージシャンの演奏も熱くなり、テクニカルな見せ場が生まれるのが当たり前だった。

ジョージがサウンド面で、そこまでコントロール、抑制できた理由はふたつあると思っています。話が長くなってしまうんですが、知りたいですか(笑)?[後編に続く]


聞き手/安川達也(otonano編集部)



第1回
ジョージ・マイケル
「アイ・ウォント・ユア・セックス」(1987年)【前編】

『フェイス』 ジョージ・マイケル(1987年)
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第1回
ジョージ・マイケル
「アイ・ウォント・ユア・セックス」(1987年)【前編】

『リッスン・ウィズアウト・プレジュディス+MTVアンプラグド デラックス・エディション
ジョージ・マイケル 2017年10月18日発売




第1回
ジョージ・マイケル
「アイ・ウォント・ユア・セックス」(1987年)【前編】

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プロフィール

西寺郷太
西寺郷太 (公式サイト http://www.nonareeves.com/Prof/GOTA.html)
1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成しバンド、NONA REEVESのシンガーとして、’97年デビュー。音楽プロデユーサー、作詞・作曲家として少年隊、SMAP、V6、KAT-TUN、岡村靖幸、中島美嘉、The Gospellersなど多くの作品に携わる。ソロ・アーティスト、堂島孝平・藤井隆と のユニット「Smalll Boys」としての活動の他、マイケル・ジャクソンを始めとする80年代音楽の伝承者として執筆した書籍の数々はべストセラーに。代表作に小説『噂のメロディ・メイカー』(’14年/扶桑社)、『プリンス論』(’16年/新潮新書)など。

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