落語 みちの駅

第七十三回 小菊さんは寄席音曲の花
「近頃はお座敷にカラオケが入ったでしょ。三味線に合わせてうたうお客さんなんていないのよ。あたしたち、水割りばかり作ってるのよ、お座敷で」

 神田明神下の花街に生まれ育って端歌(はうた)の名手として知られた芸妓からこんな話を聞いたのは、もう三十年以上前のことでした。なるほど宴席で都々逸や俗曲をうたう客は絶滅に近い状態ですが、寄席の色物芸として音曲はまだ健在です。鑑賞芸として確立していれば、素人の宴席でうたわれなくたってもいい。いま落語でよく聞く素人芝居をやる酔狂な人はほとんどいないけれど、本体の歌舞伎興行は盛況なのですから。

 と安心していられるのは柳家小菊さんがいまを盛りに華やいでいるからです。7月13日PM14時から日本橋・三越劇場で2枚目のCDアルバム発売にちなむ、「粋曲~江戸のラブソング~」が開催され、CDサイン会もあって満員の盛況となりました。

 前倒しでやってきた暑さのため、主催者は気を揉んだようでしたが、ゲストが春風亭小朝さんだったこと、予告記事が朝日新聞に載ったこともあって、寄席音曲健在なりを高らかに告げるひとときになりました。掘り起こせば、寄席音曲の愛好者は三越劇場のロビーを混雑させるほどにいる、ということでしょう。

 小菊さんは芸者さんではありませんから、手がける曲種も、演奏・歌唱のスタイルもちがいますが、器量よしで愛嬌があり、トークがますます上手になってきて、今が、いや向こう十年ほどが旬ではないかと思われます。

 三味線を弾き、うたい、トークもするのですから、なかなか大変です。この日の小菊さんは最初少し緊張気味でしたが、ミスをなごやかな笑いに換えてしまうエンターテイナーのスピリッツも存分に示してくれました。多くの落語家に学んでほしいプロの姿がありました。




第七十三回 小菊さんは寄席音曲の花
演奏・歌唱・トークでなごやかな笑いを演出。


第七十三回 小菊さんは寄席音曲の花
会場は日本橋・三越劇場。


第七十三回 小菊さんは寄席音曲の花
公演終了後にはサイン会も。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。