落語 みちの駅

第六十九回 朝日名人会の報告――一朝さんのこと
 4月15日(土)PM2:00より有楽町マリオンの朝日ホールにて第168回朝日名人会。

 春風亭朝太郎(前座)「転失気」、桂三木男「三方一両損」、三遊亭歌武蔵「試し酒」、立川生志「寝床」、春風亭一朝「芝居の喧嘩」、柳家権太楼「花見の仇討」。

 一朝さんの「芝居の喧嘩」は手慣れた演目だけあってツボを心得た秀演。これで、一昨年からの音源が4席分ストックされましたので、近々にCD2枚組アルバム「春風亭一朝・1」をリリースさせて頂きます。いずれも芝居や音曲にゆかりの演目ばかり。

 ベテランの一朝さんなのにCDシリーズが「1」とはなぜか、と思われるでしょうね。

 その理由はほぼ100パーセント、私の考えにあります。つまり客観性に欠けるところがありますので、言わぬが花かとも思うのですが、ここで口を閉ざしてしまうと、それっきりのことになりますので、誤解をおそれず率直に申し上げてしまいましょう。

 一朝さんなら、まずは芝居や音曲にゆかりの噺から入りたい。そのためにはもう少し、いや、あとわずか、声が渋く落ち着くのを待とう。声が変わるのを待つのではなく、高音の成分がイメージとして一割方減るのを待つという、いわば些細なこだわりだったのですが、一朝さんは健康体とみえて、思惑よりタイミングがずれてしまったというわけです。

 高音のチャラチャラした発声で芝居ぜりふを張り上げる高座をよく見かける時代になってしまいましたが、衣装を着けない噺の「芝居ぶり」は極力地声で演じないと歯が浮いてしまいます。一朝さんの大師匠・八代目林家正蔵は芝居噺の大家でしたが、サビの利いた地声に徹していました。

 振り返ってみれば、一朝さんは若手の頃から高い声に頼った芝居ぶりをしていたわけではなかったので、もう十年早くお願いすべきだった思っていますが、ここまで待ったのだから、の想いが道草を食った最大の理由でした。



第六十九回 朝日名人会の報告――一朝さんのこと
トリで登場の柳家権太楼師匠は「花見の仇討」を好演。


第六十九回 朝日名人会の報告――一朝さんのこと
仲入り前は立川生志師匠。「寝床」で爆笑の渦に。


第六十九回 朝日名人会の報告――一朝さんのこと
三遊亭歌武蔵師匠は「試し酒」を。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。