落語 みちの駅

第六十八回 喬太郎さんの「錦の舞衣」完結
 3月18日・土曜日のPM2時から第167回朝日名人会。あと3日で真打・春風亭三朝になる朝也さんの二ツ目最後の高座は「粗忽の釘」。妙な力みがなくリズミカルな口調で楽しく聴かせてくれました。近頃あまりやられない「我れ忘れ」のサゲまで聴かせてくれまた。

 桂文治さんは「お見立て」。廓噺のカラーにこだわらず、自分自身のカラーを太く、強くした口演。いわゆる大調子(おおぢょうし)の芸がこのところツボにはまってきて、この日も大いにウケました。この人が大名跡を継いで本当によかったと思います。

 柳亭市馬さんは「御神酒(おみき)徳利」。数年前にいちどこの会で演じたネタですが、そのとき「東下り」の道中付けに少し乱れがあったので再演してもらいました。三代目柳家小さん以来の「占い八百屋」系「御神酒徳利」が大勢を占める今日、この大坂まで行く版は貴重です。こちらのほうが超現実の部分も含めて噺が格上だと思います。

 後半は柳家喬太郎さんの長演一人舞台。前回に続いて圓朝作の翻案噺「錦の舞衣」下。少し硬く、粗いところもあった前回よりもゆとりがあったように思われます。お客様の満足度も高く、アンケートの回答にもそれがよく表れていました。

 喬太郎さんの「錦の舞衣」は次にいつ聴けるのでしょうか。高齢者にとっては少し心細い思いです。

 圓朝は怪談噺を含む人情噺の大作家で、滑稽噺にも名作が多くある――。このあたりが常識的な相場ですが、「錦の舞衣」などは(原作がフランスの戯曲だからでもあるのでしょうが)、人情噺というよりは「物語」だと思います。喬太郎さんはそうした側面をくっきり描いてくれました。

 同じ原作から生まれたプッチーニ作のオペラ「トスカ」は激情型の女性が主人公ですが、圓朝の描いた「お須賀」は強いけれど淑女。このあたりが「洋の東西」というものでしょう。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。