落語 みちの駅

第六十六回 第166回朝日名人会
 第166回朝日名人会が1月21日PM2:00から有楽町朝日ホールで開催されました。

 春風亭朝太郎「子ほめ」、三遊亭時松「ねぎまの殿様」。時松さんはまもなく「三遊亭ときん」で真打に昇進します。

 柳家喬太郎「錦の舞衣(圓朝作)上」。仲入り後は桃月庵白酒「居残り佐平次」、三遊亭円楽「ねずみ」。いつもより一高座少ないのは大ネタが3席あるからです。終演は5時15分。平均終演時刻ぴったりの結果になりました。

 この日の第一のポイントは次回3月18日にかけての「錦の舞衣」上下連続口演でした。チケットの前売り開始が歳末の時期だったのに日ならずして完売になったのは、大きな会場ではまたいつ聴けるかわからない、このネタにしてこの演者――への期待の表れだったと思います。

 さてその結果は――

 私は、以前に聴いた口演より硬く、伸びが小さかったかと思いましたが、一般的な聴き手、つまりマジョリティには端正でわかりやすい仕上がりだったと確信しました。この種の噺は一部の人が陶酔するようでは、かえって先々の語り草にはならない、というのが私の経験則です。

 ご当人はしかし、ひどく否定的でした。もっとも、自分で「いい出来」などと口走った演者なんか一人もいない、というのも、それがし40年の経験則であります。

 仲入りにロビーへ出て何人かの客に打診してみましたが、反応すこぶる良好でした。次回のチケットが仲入りでこんなに売れたことはない、とホールでも言っていました。まあ、“その当日”には若干の波乱は付き物です。

 会の後半はガラリ気分が変わり“ここからは笑おう”という客席の本能の助けもあり、「居残り」は成功でした。いまどきの世の中に照らすと空々しくなることもあるこの噺なのに、地に足のついた口演になりました。演者の持ち味の勝利かと思います。

 この噺は初代の柳家小せんが随所に手を施し、ほとんどの演者がそれに従って、時代背景は江戸期と大正期を浮遊します。

 この日の公演は、たとえば人力車を駕籠にして小せん色がかなり薄まっていました。大正期にはウケたくすぐりがそのままでは博物館的だし、むろん現代にはできませんから、いっそ江戸期に戻したほうが、かえって新鮮になるということでしょうか。

「ねずみ」は多くの人が演じますが、この日の口演の特色は、ねずみ屋主人・卯兵衛の回想の核心部分が回想から脱して現実の会話になっていたことです。この手法は映画などではごくふつうに多用されてきましたが、話芸では少々タブー視されてきたところです。

 そう違和感なく納まって人情噺の性格を強めたのは、度胸ある演者の才覚でしょう。

 この日は結果的に落語らしい落語と物語的落語が交互に聴けた、新年のよき例会になったかと思います。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。