落語 みちの駅

第六十三回 雲助音曲噺の夏と冬
 11月23日に「朝日名人会」ライヴシリーズ118・五街道雲助12「汲みたて」「掛取萬歳」を発売しました。「汲みたて」は音曲の女師匠をめぐってモテる男とモテない連中とが涼み船で対決する音曲入り噺。

「掛取萬歳」は大晦日の借金取り、勘定取りを各自の趣味道楽の土俵に上げてごまかす噺。これにも義太夫などの音曲が入ります。

 どちらも「音曲噺」に分類される落語。かつては「音曲噺」という音曲噺専門の落語家がいて、ふつうの落語、つまり素噺(すばなし)の演者は音曲噺に手出しをしなかったのだそうです。

 昭和戦後以降はただ音曲と言えば自分で三味線を弾きながら端唄や俗曲をうたう色物芸のことですが、かつての「音曲噺」はふつうの落語と同様にストーリーも登場人物もあって、ただし要所で下座に三味線をひかせて演者自身がうたう、つまり演者の一人オペラ、いや一人アリアで噺が進んだのです。

 しかし明治後期には音曲噺は衰退に転じて音曲師も減り、初代三遊亭圓右のような素噺の超大物が音曲噺をやるようになりました。

 昭和の前半で本来の意味の音曲師は絶滅、音曲噺は素噺に姿を変えて今も演じられているのですが、数は多いとは言えません。

 今回の雲助さんの2席の他では、「後家殺し」「豊竹屋」「包丁」あたりでしょうか。ほぼ音曲噺のままに演じられているのは「浮世風呂」「植木のお化け」「紙屑屋」「稽古屋」など。

 音曲の素養が不足の演者では骨折り損のくたびれもうけが落ちです。さすがに雲助さんは小細工をせず、どっしりと、しかし味わい豊かに演じてくれました。「汲みたて」は真夏の噺、「掛取万歳」は大晦日の噺、季節感ウラオモテのアルバムですが、江戸の遊びごころを存分に、朗らかに演じた「雲助音曲噺・夏の陣&冬の陣」をどうぞお楽しみください。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。