京須偕充氏 特別寄稿

「雲助さんおめでとう」
 五街道雲助さんに紫綬褒章が授与されるとのこと。一昨年の芸術選奨文部科学大臣賞に続いての慶事で、おめでとうございます。


 いつだったか――1年も2年も前ではなく。たしか今年、雲助さんの芸について“江戸の闇を感じさせる”云々と記した覚えがあります。雲助さんについて真っ先にイメージするのが江戸の闇です。


 といってもホンモノの江戸で暮らしたわけではありませんから、ズバリ「江戸の闇を描く第一人者」とご託宣するのはおこがましく、“感じさせる”と逃げを打っておきましょう。


 ただし、その“させられた”感じが私の内部でかなり絶対的であることは憚りなく申し添えておきます。


 雲助さんの声はズシリと深く響きます。そのサウンドにとらわれて重く渋い芸風に分類したがる人が多くいます。テンポがゆったりしていてリズミカルではありませんから、そうイメージされるのも無理はありません。


 でもそういう見方は表面的です。テノールの音域でペラペラッとまくし立てるのだけが江戸前じゃない。江戸前の男伊達・幡隨院長兵衛の芝居を見てごらんなさい。長兵衛はバリトンで骨太で肝に銘じるようなガッチリした物言いに徹しているではありませんか。


 江戸っ子は一見ぶっきらぼうでニヤニヤせず、イザというときにのみ、重みあることばを吐き、決して社交的でもお調子者でもありません。


でも秘めたる色気はあって、それは雲助さんの場合、女せりふに色濃く表れています。


 雲助さんの希少な存在感に注目したのはその二ツ目時代からのことです。CD「朝日名人会」ライヴシリーズではそんな雲助さんの真髄を刻印すべく努めてきたつもりですが、続き物人情噺を除いては、かなり雲助ワールドの核心を特集しえたかと思います。


 「お笑い」にニアミスすることがない筋金入り江戸前落語の守護神・五街道雲助さんがこうして悠々王道を歩める現代の落語界。まだまだ捨てたものじゃあございませんね。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。