落語 みちの駅

第六十一回 立川生志の聴きどころ
 10月26日に立川生志さんの新しいCDを発売しました(「朝日名人会」ライヴシリーズ117立川生志4「道具屋」「品川心中」)。2演目ともに軽やかで活き活きとした語り口がなかなか魅力的です。

 早いもので年齢的には熟年に差しかかった生志さんですが、珍しく芸の成人病に感染していないのは生志さんのよいところだと私は思っています。

 熟年になると語り口のスピードが落ち、それを風格や貫禄に転化しようとして、態度は大きくなるけど生み出す笑いは鮮度が落ちてくる。それが今ひとつの熟年落語家諸師に共通の症状ではありませんか。

 生志さんが今後もそんな病気にかからずに歩み続けるのなら、彼をあえて昇進の別枠に押し込んだ亡師の戦略はさすがだったということになるのかもしれません。

 生志さんにはやはり亡師の申し子だと思わせる「憎まれ口」のセンスと、亡師とは眞逆に近い「お人好し」の側面とが共存しています。そこが生志という噺家のかけがえのない存在感を生み出しているのだと思います。

 亡師のような破格のカリスマ性の保持者ならまかり通るきわどい風刺や一刀両断発言をミニ亡師の演者がもてあそぶと反感を買うリスクが生じますが、生志さんのように自分を心得てうまく立ち回れば爆笑の導火線に火がつくということでしょう。

 このCDの二席のマクラにはそんな生志落語の“接客態度”が実に鮮やかなのです。

 民進党の細野氏のパーティで司会を頼まれた生志さんが、今は民進党の代表になっている蓮舫氏を紹介した際の心境と、思いがけない蓮舫氏の反応にとまどった話は広く客席の共感を得る内容で、憎まれ口と良識がうまくミックスした、見事な高座ぶりだと思います。自民党麻生氏のエピソードも“さもありなん”でした。

 噺家はヘリ下る必要はないが、客席を見下してはいけない。生志さん、気骨を円(まる)みに包んだ大人の噺家になってください。ただし、健康のため、体はあまりまるくしないように。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。