落語 みちの駅

第六十回 第163回朝日名人会
 10月15日PM2:00からマリオン朝日ホールで第163回朝日名人会。

 柳亭小痴楽「粗忽長屋」は、かつての王道、つまり5代目柳家小さんの行き方とは無縁の現代流。「粗忽」を微妙な間(ま)の操作で表していません。これは今はやるやり方で、間を操る腕がないからでもありますが、こちらのほが現代の聴き手向きなのも確かです。意識の混乱にリアリティが加わる上に、今の小痴楽さんにぴったりです。ただし、「芸」として小さんの王道はやはり王道であり続けるのでしょう。

 桂やまと「夢の酒」。若夫婦プラス老父というトライアングルの構図を描きこなすには、演者の年齢が不足で老父がまだまだ。結末を少し複雑にしたアイデアはいいけれど、夢の話なのだからシンプルに仕上げたほうが得策でしょう。現実から夢にかわる転換点「大旦那がいらっしゃいましたよ」を遠い彼方からの声のようにやったのは大収穫。すぐれたセンスの持ち主であることの証明です。

 柳家花緑「真二つ(山田洋次作)」はまだ3回目の高座だそうですが、だいぶ調ってきました。やはり高名な作者への遠慮もあってか、こってり“花緑味”になったとは言えません。江戸・成田間の2つのルート、つまり海路で行徳(5代目小さんは浦安にしていましたが)に上陸して陸路をたどるAルートと、終始陸路で利根川沿いに行くBルートとが入りまじってしまったのは残念。

 桂歌丸「お化け長屋」は予定の「廿四孝」に替えての一席。いったん高座に上がれば気力が体力を大幅に上回る、芸人魂みなぎる30分でした。古狸の杢兵衛にしては「怪談噺」がうますぎるというのも歌丸師匠ならではのことでしょう。

 柳家権太楼「井戸の茶碗」。ご本人も言っていましたが、朝日名人会としても、全く久方振りに演者と客席が一体となって爆笑街道を突っ走った、見事な40分でした。勢いのある高座に限って発音上のケアレスミスもあるものですが、そんなことは問題ではありません。

 講釈発祥のネタなので、かの5代目古今亭志ん生にしてもどこか紋服を着ていた噺でしたが、権太楼さんは「正直清兵衛」という講釈の設定にこだわらず「人間清兵衛」を二人の武士の間で縦横無尽に働かせ、メッセンジャーの役から解放したのでした。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。