京須偕充氏 特別寄稿

『落語研究会 古今亭志ん朝名演集』の見どころ
今週の「木戸をくぐれば」は京須偕充氏のスペシャルインタビューを掲載いたします。




--新しく発売になったDVD7枚組『落語研究会 古今亭志ん朝名演集』の見どころについて教えて下さい。

今回の『名演集』には、30代から40代の若い志ん朝さんの口演が多く収録されています。名実ともに若手の高座なのに、改めて観て、聴いてみると、熟成感はまだとしても完成度はすでに高く、若さと完成の両立という、少し大袈裟に言えば、奇跡に接しているような気になります。






--すでに『落語研究会 古今亭志ん朝全集』上下巻をお持ちのお客さんも大勢いらっしゃると思います。

新作『落語研究会 古今亭志ん朝名演集』は、『落語研究会 古今亭志ん朝全集』上下巻をお持ちのお客様にとりまして、同演目を見較べていただくことで、志ん朝さんに対する認識が変わるんじゃないかと思います。芸の見方というものもわかるんじゃないかと。






志ん朝さんの若い頃、真ん中、晩年と、どう演じ方が違うか、志ん朝さんという人はきちっとした芸だからあまり変わっていない、ただその生理的若さと老いの違いがあるだけだと思うと大きな間違いです。即興的な人ではなかったけれども、この噺はこういう風にもっていったほうが良いんじゃないかなと、いつも考えて演じていましたから。それがCDだけだとわからないところがあるんですよ。




如実な例は「文七元結」で、長兵衛が佐野槌の女将を訪ねる場面、身なりがみすぼらしいので裏口からご内証に入ってくるということは、落語の上下かみしもでいえば、上手のまた奥から入ってくることになるわけです。その上手の奥から廊下を通って、つまりは女将さんの前を廻るようにして下手につくというのが芝居の場合の位置関係になりますが、落語では誰もそんなことまでやりません。圓生師匠も正蔵師匠も今回収録した1983年版の志ん朝さんもやっていません。けれども『全集 上』に収録した1997年版「文七元結」では、上手から下手に廻って着座するまでの長兵衛を、女将さんが何か言いながら、こう目で見送っているんですね。これはいかにも芝居なんです。その"間"を持たせるなんてことは並みの芸人にはできることじゃない。凄い「文七元結」になったと、とても話題になった口演です。




ただし、これも圓生、正蔵なんていう、芸の出来あがった師匠にたまたま見られたりすると「なんだよ、お前、あれは」などと言われかねない。話芸に徹している、今回収録の1983年版のほうが良いということにもなるわけです。見方、好みによって評価は変わるということです。




他の重複演目につきましても、解説書の演目解説にその演じ方の違いについて書きましたので、見較べの参考になさってください。






--もっと志ん朝さんの映像を観たいというお客様もいらっしゃると思いますが

今回、古い映像については画質修正技術の問題がクリアできたので収録することができました。ただ、残念ながら「明烏」「幾代餅」などの映像は残っておりません。また、映像が残っていたとしても、「お見立て」のように、大きなミスのあった口演につきましては、志ん朝さんの遺志でもありますし、おかみさんも芸に厳しいかたですから、今後とも発売されることはないでしょう。落語研究会での映像集はこれで最後かもしれません。






--この貴重な映像の数々、たくさんの方に観ていただきたいですね。どうもありがとうございました。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。