アーカイヴ配信スペシャル 伊藤銀次のPOP FILE RETURNS

第67回 「音楽プロデューサー」特集その1~あの時のジュリーの笑顔が忘れられない編~
ゲスト:プロデューサー 木崎賢治さん
2014/08/08 配信

第67回 「音楽プロデューサー」特集その1 放送後記 from 土橋一夫

「POP FILE RETURNS」第67回放送、お楽しみ頂けましたか?

今回からの2週は、音楽プロデューサーの木崎賢治さんをお迎えしてお送り致します。

銀次さんのファンには木崎賢治さんと言えば、ポリスター・イヤーズのプロデューサーとして、また沢田研二さんに銀次さんをアレンジャーとして起用した方として有名ですが、今回は初めて木崎さんと銀次さんがやりとりした松原みきさんの話に始まり、佐野元春さんの「Vanity Factory」を沢田研二さんが取り上げることに端を発して、沢田さんのアルバム『G.S. I Love You』を丸々1枚、アレンジを依頼された時のこと、そのレコーディングのことなど、今回も現場の当事者ならではの貴重なエピソード満載でした。この時のレコーディングでの経験が銀次さんに与えた影響がいかに大きかったのか、ということが今回の放送で改めてお分かり頂けたのでは、と思います。

デビュー間もない佐野さんの曲を沢田さんのアルバムに起用したり、理想のサウンドを実現するために銀次さんを登用したり、銀次さんの歌い方にポール・サイモンのように歌うという提案をした木崎さんのプロデューサーとしての優れた手腕と感覚は、銀次さんのみならず後に音楽シーンで多くの人たちにも影響を与えました。

特に歌い方とその人の体格、そして響き声の抜けとの関係のお話は、すごく勉強になりました。

やはり現場で音楽作りを楽しむ、その姿勢が貫かれているお二人ならではの対談になったと思います。

さてこの番組のセカンド・シーズンでは、皆様のアイディアを元にした特集をどんどん考えて行きます。

皆様からのご意見やご要望、採り上げて欲しい内容、ゲストのアイディアなどをお待ちしておりますので、是非番組ホームページの「投稿フォーム」からお寄せ下さい。

「POP FILE RETURNS」は、リスナーの皆様からのリクエストやお便りで成り立っております。

また過去の放送の再配信も期間限定ですがスタートしておりますので、是非チェックしてみて下さい(スマートフォンにも実験的にですが対応しております)。

それでは次回の放送もどうぞお楽しみに。次回も木崎賢治さんをお迎えしてお送り致します。

出演者プロフィール

伊藤銀次
伊藤銀次(いとう ぎんじ)
1972年、バンド"ごまのはえ"でプロ・デビュー。プロデュース依頼が切っ掛けで大瀧詠一と出会い、はっぴいえんどの解散コンサートに"ココナツ・バンク"として出演するが、ほどなく解散。その後一時期、"シュガー・ベイブ"に在籍し、名曲「DownTown」を山下達郎と共作、また大滝詠一、山下達郎と共に『Niagara Triangle Vol.1』に参加。1977年に初のソロ・アルバム『Deadly Drive』をリリース。その後はアレンジャー/プロデューサーとして沢田研二、アンルイスなど数々のアーティストを手掛ける傍ら、佐野元春のバンド"The Heartland"のギタリストとしても活動。
ソロ・アーティストとして『Baby Blue』『Sugar Boy Blues』『GET HAPPY』『LOVE PARADE』等を発表。1990年代以降はプロデューサーとして手掛けたウルフルズが大ヒットを記録。2007年からは、「I STAND ALONE」という弾き語りライヴを各地で開催し好評を得る。また杉真理らとの"マイルドヘヴン"や、L⇔Rの黒沢秀樹との"uncle-jam"など新たなバンド/ユニット活動も開始。
そしてデビュー40周年を迎えた2012年、ベスト・アルバム 『伊藤銀次 GOLDEN☆BEST~40th Anniversary Edition~』をリリース!
オフィシャルブログ:「SUNDAY GINJI」
RIO
RIO(リオ)
1974年 三重県生まれ4人姉妹の末っ子
1983年 小学校3年生の時、お絵描き教室の先生にANDY WARHOLの作品集を見せてもらい衝撃を受ける。
1989年 中学校を卒業し、ようやく念願のアメリカへ単身渡る。
1992年 The Cambridge school of Westonを卒業。
東海岸の芸術大学への奨学金制度をもらうが、寒さのあまりカリフォルニアへ。
西海岸カリフォルニア、サンフランシスコのThe Academy of Art college入学
1994年 大学を修了 / オーストラリアへ
1995年 帰国し大阪で輸入の仕事や営業ウーマンを経験
1998年 アルバイトをしながらバンドを組み、ライブをやっていた時にラジオ関係者に声をかけられラジオの世界へ。
大阪を中心に名古屋のZIP-FM、JFN全国ネットなど、FMラジオのDJやMCとして順調に活動していたが
2014年 大阪を離れ、上京。
現在は画家の活動を中心にラジオの番組も続けている。
ラジオDJやMCなどメディアの仕事ではRIOとして活動。
画家としてはRIO UMEZAWAとして活動。
Rio Umezawa Official Web Site
--アーカイブ配信 パーソナリティ紹介--
土橋一夫(どばし かずお)
テイチク等を経て(有)シャイグランス代表となり『Groovin'』を創刊、また"Surf's Up Design"を設立しアート・ディレクターとしてジャケットや書籍等を多数手掛ける。ディレクターとしては杉真理、村田和人、玉城ちはる等の新作、細野晴臣、伊藤銀次、杉真理、須藤薫、村田和人、フィル・スペクター関連やA&M等の再発を担当。著書に『ジャケガイノススメ』、編・監修書に『ザ・ビーチ・ボーイズ・ダイアリー』等がある。K-MIX「ようこそ夢街名曲堂へ!」のパーソナリティ/構成を担当中。FLY HIGH RECORDS主宰。
能地祐子(のうじ ゆうこ)
東京生まれ。大学時代から音楽ライターの仕事を始め、現在に至る。音楽誌を中心に、ロックからJ-POP、アイドル歌謡までジャンル問わず評論、紹介記事を執筆中。音楽以外の趣味は、野球観戦。

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