Special Talk Session
with Masataka Matsutoya × Satoshi Takebe

松任谷正隆×武部聡志
<スペシャル対談>

2月27日に国際フォーラムホールAで開催さた『武部聡志 ORIGINAL AWARD SHOW~Happy 60~』。日本を代表する音楽プロデューサーやアーティストが集い、武部聡志の功績をアワード形式でお届けした、一夜限りのプレミアムコンサート。その主役である武部聡志と、本公演の総合演出を務める松任谷正隆。日本を代表する名アレンジャーが向き合う、スペシャル対談をお届けする。

―― お二人の年齢差が6歳なんですけど、この差というのは大きいですか?

松任谷  あとで考えると、意外に大きいと思います。

武部  そうなんですよね。

松任谷  日本の音楽のなかで、フォークが出てきたり、歌謡曲が変わっていったり、ニューミュージックが出てきたりといった時代との関わり方がその6年でぜんぜん違うような気がしますね。

武部  プロとして実際にやっていた松任谷さんと、それを憧れで見ていた僕、という立場にその年齢差が現れてくるので、それはやっぱり----。

松任谷  意外に大きい(笑)。本当に微妙というか、絶妙な差なんだよね。その、たとえばビートルズが日本に来たタイミングとか、ベースにどんな音楽があるかということにおいてもそれは言える。

―― ‘66年のビートルズ初来日時は、松任谷さんが中学三年生で、武部さんが小学校三年生。

武部  だいぶ違う(笑)。

松任谷  だからそういうことだよね。底辺に詰まってる音楽が違うということは。

―― 面白いのは、プロとして仕事を始められたのが、松任谷さんは’71年で武部さんは’77年と、ここもちょうど6年空いてるんですよね。

武部  お互いに20歳の頃にキャリアを始めたということですね。

松任谷  たしかに面白いですね。

―― 松任谷さんが武部さんの存在を知ったのはいつ頃だったか憶えてらっしゃいますか?

松任谷  きっかけは由実さんの仕事だと思うんだけど、はっきり憶えてるのは、武部がうちに遊びに来たこと。そこだけははっきりしてるんだけど、最初にどこで会ったのかは定かではないね。たぶんリハーサルか何かのスタジオだったと思うんだけど

武部  『Brown’s Hotel』のツアーに参加したのが’80年だったので、たぶんそのあたりでしょうね。その頃バンドのメンバーとよく松任谷さんのお宅に遊びに行ったりしてましたよ。

松任谷  ただ雑談の延長で集まってたというよりは、これからこのメンバーでやっていくぞっていうような感じだったんですよ。でもそれからバンドメンバーは変わるんだけどね。武部もどんどん偉くなっていくし(笑)。

武部  松任谷さんとの関係性だけは変わりませんけど(笑)。そこは最初に出会った時のままです。

松任谷  体育会系みたいなものでね。先輩はずっと先輩なんだよ(笑)。

――  お互い、日本を代表するアレンジャーとしてご活躍されますが、松任谷さんは先輩としてアレンジャー武部聡志をどのようにご覧になっていたんでしょうか?

松任谷  自分の得意なことも不得意なこともちゃんと知っていて、でもそれをすこしも感じさせない。しなやかなんですよ、武部は。ビートルズで言うと、ジョン・レノンよりもポール・マッカートニーという感じかな。由実さんのコンサートの音楽監督をやってもらってるってことは、僕のアレンジしたものを武部は構造から何から解析して知っている。安心感がある一方で、僕のことは全部バレてるということになるんです。それなのに僕は武部のことをあまり知らないという不公平はありますよね(笑)。

武部  アレンジャーを目指そうと思ったそもそものきっかけは、高校時代にユーミンのアルバムを聴いて、そこに【編曲/松任谷正隆】というクレジットを見つけたところからなんですよ。どうやらこの曲のいいムードはこの人が作っているに違いないと(笑)。音の質感とか空間とか、そういうことはこの人がやってるんだなと。松任谷さんのサウンドには、映像だったり、温度だったり、音だけではないサムシングがあるんですよね。

松任谷  光栄なことですよ。

武部  まさかそんな人と一緒に音楽ができるなんて思っていませんでした。

―― では、最初に松任谷さんからお声がかかった時は緊張されたんですか?

武部  というか、かまやつさんのバンドにいたことが本当に大きくて、だから自然と由実さんとも松任谷さんとも交わるようになっていったんですよね。

松任谷  かまやつさんは由実さんの初代のプロデューサーだからね。由実さんがグループ・サウンズのファンだったというところもあって。それにしても偶然にしては出来すぎてるような巡り合わせだよね。

武部  かまやつさんのバックバンドだった我々と、雲母社(※松任谷さんが代表取締役を務める会社)のスタッフは親交があって、だから最初にユーミンのツアーのバックをやる時は、かまやつさんのバックバンドと一緒に入ったんですよ。その時はT-SQUAREの安藤(正容)くんっていうギタリストが音楽監督的立場でいました。

松任谷  ああ、そうだったね。その当時は、新川博ってキーボード・プレーヤーがいたんだけど、新川、武部でどっちかの都合が悪かったらこっちっていうような感じだった。

武部  ダブル・キャストで(笑)。

松任谷  タイプのまったく違うプレーヤーでね。考え方もぜんぜん違ったもんね。僕の印象では、新川はピアノ・プレーヤー、で、初期の武部はどちらかというとオルガン・プレーヤーというイメージが強かった。だからアレンジャーとしての要素はその頃から強かったんだと思いますね。

武部  たしかに、そうだったかもしれないですね。ピアノを軸に何かやるというよりは、当時シンセサイザーとかいろんな機材が出てきていたので、そういうもので音を組み立てていくのが好きでしたね。(続く)

●この対談は2017年2月27日・東京国際フォーラムホールAで開催された『武部聡志 ORIGINAL AWARD SHOW~Happy 60~』での会場販売の公演公式パンフレットからの抜粋です。続きは公演公式パンフレットを購買してお楽しみください。wowshopにて販売中。wowshopはこちらから▶

日本の音楽と、武部聡志。~Happy 60~
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