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ソニー・ミュージックダイレクトの落語 来福
来福ロゴ木戸をくぐれば

第88回「文楽と野球」

 八代目桂文楽はいつ何を演じても一字一句に寸分の違いもない〝完璧な″名人芸の人だといわれた。それは多分に世間の貼るレッテルというもので、ひとつの噺に複数残る録音を聴きくらべれば、細部のひとこと、ふたことにはその都度のことばの差し引きや言い換えがあった。

 そうでなければ、昭和戦後のラジオ落語の隆盛に乗って一段と第一人者の地位を固めることなど不可能だったはずだ。ラジオ出演に備えて自宅で何度もその噺を試演して口演時間を計測していたという話が伝えられている。

 つまり、『寝床』を二十五分に納めてほしいというときと二十分まで結構という場合とでは当然対処が変わるはずで、核心部分は一定不動でも細かいところは少しばかりやりくりをする。マラソンではないから、テンポの緩急によるペース配分だけで噺を進めればかえって芸が危なくなる。

 そういう小さな、それだけに神経を痛める調整を重ね、その痕跡を全く感じさせずに朗らかな高座を全うすること。それが桂文楽の芸の真骨頂だった。それだけに、一字一句違わないという評判と伝説は桂文楽にとって大きな勲章ではあった。

 だがそのために変化する魅力と芸の幅に、そして無限にひろがる伸びに欠けると見なされ、年齢に伴うパワーの衰えが芸の鋳型を露わに見せる結果になったのは名人の悲劇だった。

 人物の名前を思い出せずに絶句し、「勉強し直して参ります」と高座を下りたという名人最期のシーンばかりが語り継がれてるが、文楽は悲劇の似合う人ではない。どの噺にも如実に表れているように、他人をそらさない明るく磊落で愛嬌のある人柄だったようだ。

 大御所でありながら若手落語家の軟式野球チームに進んで参加し、ユニホーム着用で打席に立った。四球で一塁に出る。ベースを指差して「ここィ座るのかい?」とみんなを笑わせた――、などは高座では発揮しなかったアドリブのエピソードだ。

京須偕充(きょうす ともみつ)
1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。
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